翡翠の令嬢と黒薔薇の騎士

王都を包む朝陽が、白亜の街並みを金色に染めていく。
レイシア・フォン・アルベルトは、窓辺に立ったまま深く息をついた。

今日もまた、令嬢として完璧でいなくてはならない—
そう自分に言い聞かせながら。

「レイシアお嬢様、そろそろご支度を」

侍女の声が背後から響く。
レイシアは微笑んで振り返ると、静かに頷いた。

アルベルト公爵家の一人娘として生まれた彼女は、幼いころから「模範」であることを求められてきた。立ち振る舞いも、言葉遣いも、表情さえも。

だが、心の奥底ではずっと別の何かを求めていた。

——自由に生きたい。
——自分の意思で未来を選びたい。

そんな淡い願いを誰にも言えないまま、今日もまた豪奢なドレスの袖を通す。

鏡の中の令嬢は完璧に微笑んでいた。
けれど、その瞳の奥に宿る影は誰にも気づかれない。

その日、王宮で開かれる夜会で、レイシアは“運命の出会い”を果たすとも知らずに。
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