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お引越し・ご挨拶

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 自分の荷物は、大体運び終えた。お店の仕入れもほぼ済んでいる。後は………。

 ふむ。引越しといえば、ご近所さんにご挨拶よね。

 引越しの際に思いついたこと。それは生まれて初めて自宅を出て一人暮らしを始めるわたしにとっては未体験の“挨拶回り”。

 まずは何かご挨拶の品を用意しなきゃ。何がいいかなー。

 ネットで『お引越しの粗品ランキング』なるものをチェックしていたら、お茶が四位にランクインしている。うちの県は、日本有数のお茶の産地。お嫌いな方がいないといいけど、と思いつつ、これにしてみることに。

 百グラムずつの個包装になったお茶にのし紙を付け、新しい住所に配送して貰う。滞りなく引越し作業が済んだら、叔母から預かったご挨拶リストを元にいざご近所へ!
 うう、母と一緒なら心強いんだけど、これから住むのはわたし一人なんだから、しっかりしなきゃ!

 まずは両隣りからね。
 えーと、『JazzBar 黒猫』さん。えーと、なになに、『根小山ビルヂング』さんの地下で営業……?
 こ、ここで合ってるんだよね。でも、看板出てなくない……?
 と、地下への入り口でウロウロしていたら、地下からまさにその看板を持った男の人が上がってきた。


「……あの。どうかされましたか……?うちに何かご用でも?」
「あっ、こ、この度隣りで雑貨屋をさせて頂くことになりまして。澤山 璃青りおと申します!えっと、こちらの黒猫さんの方ですか?!あの、引越しのご挨拶に……」


 ひー。挙動不審だぁ。
 は、恥ずかしいっ。


「……ああ、お引越しされて来た方なんですね。こちらこそよろしくお願いしますね。といっても僕はマスターではないので、ちょっと下まで一緒に来て頂けますか?今ならママがいますから」


 うわあぁ、ほわんとした優しそうな人だなぁ。
 それに、なんていうか、とっても綺麗なひと。

 にっこりと微笑まれて何故か顔が赤くなりながらお店に入ると、ママさんを呼んで頂けるということでカウンターの近くで立って待たせていただいた。

「あら、お隣に入る方?まぁ、お一人で雑貨屋さんを?頑張ってね!ちなみに私は根小山ねこやま すみ。夫はちょっと手が離せなくて、ごめんなさい。で、この子が甥っ子の東明とうめい ゆき。よろしくね」


 ママさんも優しそうだけど、東明さんの微笑みにドキドキ。いや、こんな綺麗なひとに微笑まれたら誰だってボーッとしちゃうと思うわ。


「早速だけど、よかったら今夜飲みにいらっしゃいな」
「あ、あの、お酒、すっごく弱いんですけど。それでもお邪魔しちゃっていいですか?」
「平日は大学生でJazzサークルの子たちが演奏しているの。だから気楽に、ね。商店街の人も結構集まるし、親睦が深められるかもしれないわよ?強いお酒を無理に勧めたりなんてしないから、是非どうぞ!」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて、また夜に来ますね」


 ママさんとの会話を聞きながら、東明さんに優しい眼差しで、しかも至近距離で見られたら、ずっとおひとり様でいいや、のわたしでもきゅんとなってしまう。

 どうにか持ってきたお茶を渡し、『JazzBar 黒猫』さんを後にする。
 今夜はここでお夕飯をいただくことになるのかな。


 お次は『民宿 ゆめくら』さん。


「こんにちはー。お邪魔しまーす」
「いらっしゃいませー」


 あら、可愛い。


「今度隣りに越して来ます、澤山といいます。雑貨屋を始めるので、ご挨拶に伺いました。あの、これつまらないものですが……」


 わたしがお茶を差し出したこの人は、もしかして女将さんなのかしら。


「ご丁寧にありがとうございます。ゆめくら女将の倉島です。よろしくお願いしますね」


 やっぱり女将さん!もしかして、もしかしなくてもわたしより若い?


「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します。あの、ご主人にもよろしくお伝え下さい」


 お仕事中に長居は良くないので早々に失礼する。
 それにしても可愛い人だったな。ここの人もいい人そう。歩きながら、知らないうちにニマニマしてしまう。
 あとはここの商店街でも『JazzBar 黒猫』さんとも特に仲良しさんのお店の数々から。わたしは商店街のマップを手に、次に挨拶するお店を目指した。

『居酒屋 とうてつ』。ここだ。なんでも女将さんの籐子さんは、この商店街の情報通、だとか。どんな人なんだろう。


「こんにちはー。失礼しまーす」
「はーい、いらっしゃいませー!」


 中から元気のいい、女の人の声。この人が籐子さんかな?


「あの、今度この商店街に雑貨屋をオープンします、澤山 璃青といいます。よろしくお願い致します!(よし、大分慣れてきた)」
「あらそういえば、黒猫さんのお隣りで作業されてる所をお見かけしたわ。もしかしてそちら?」
「そうです。ご存知だったんですね」
「ええ、雑貨屋さんらしいってことも、ちょっと小耳に挟んだりしてたのよね。そう、あなたの事だったのね。あ、私のことは籐子、って呼んでちょうだいね。それからこちらが板前の徹也さん。で、こちらは嗣治さんね。この人は魚屋『魚住』の息子さんなのよ。こちらはアルバイトでフロア担当の大空だいすけくん。ええと、他にもいるんだけど、シフトが色々だから、それはまたおいおい紹介するわね」
「あ、よろしくお願いします」
「ところで雑貨屋さんって、何を扱われるの?」
「和雑貨と、天然石を少々。すみません、元々は和雑貨だけの予定だったんですが、天然石はわたしの趣味で……」
「あら、いいじゃない!ならそうね、お店で使うお皿とかお願いする事になるかもしれないわね。うふふ、私のかんざしとかもあったりするかしら」
「はい、是非!お皿の方も、もし数が足りないようならお取り寄せもできますので、よろしくお願い致します」


 籐子さんは、初対面のわたしに気さくに話しかけてくれた。
 素敵な美人さんだなぁ。何故か徹也さんと、とってもお似合いに見えてしまうのは、わたしだけかなぁ?
 それからええと、嗣治さん?は、わたしと同年代くらいなのかしら。
 そして、この商店街の方々ならもっといいものを飲まれているであろうと思いつつ、わたしの地元のお茶を籐子さんに渡して、この店を後にした。

 それにしても、いい匂いがしていたな。自炊も大事だけど、わたし、ここのお店常連になってしまうかも……。確かこれからご挨拶するお店の中に、中華料理のお店もあったよね。楽しみすぎる。

 わくわくして足取りも軽くなる。この調子でご挨拶、頑張ろう!


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