上 下
2 / 3

2話

しおりを挟む

 ◆


「……か、……ですか」

 声が、聞こえる。

 小さな声。
 聞いたことのない質の声だ。

「あ、気がつかれたようですね」

 目覚めた時、目の前には知らない男性がいた。

「ここは――あの世ですか」
「え?」
「私は死んだはずです。だとすればきっとここがあの世、なのですよね。きっとそうだと思います」

 すると彼は笑う。

「ああ、そうでした。飛び下りられたのですものね。ですが残念ながら……ここはあの世ではないですよ、死後の世界ではありません」

 優しい笑い方だった。
 見ていて癒される。

 だが問題もあった。

 私は死ねなかったというのか……。
 あそこでならきっと上手く死ねるだろうと信じていたのに……。

「貴女は僕が助けました」
「あ……」
「怪我は軽いものでしたので、恐らく、神にでも護られていたのでは」
「……嬉しくないです、そんなの」
「まぁそうですよね。願い叶わず、ですものね。すみません、不愉快にさせてしまったかもしれません」

 彼は謝罪した。
 罪なんてあるわけがないのに。

 罪なき謝罪を聞くと急に申し訳なくなってきて、私は思わず「こちらこそ、助けていただいたというのに……すみません」と返した。

 その後、私たちは、しばらく何も話さなかった。

 けれどもなんだかんだで彼の家に住むこととなったのだった。

 でも、まぁ、それでいいのかも――そんな風に思っている私もいた。だって帰る場所なんてないから。実家へ帰れば妹と婚約者であった彼の幸せな姿を見ることになる――そんな屈辱、耐えられない。それに、屈辱とか何とか以前に、辛すぎるではないか。実妹の幸せだとしても、だ。あんなことになってしまった後では素直に祝えるわけもない。

 だから当分ここに滞在することにしたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ドラゴン☆マドリガーレ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,034pt お気に入り:673

【完結】これからはあなたに何も望みません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:3,121

モラハラ王子の真実を知った時

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:583

処理中です...