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第二章 竜の文化、人の文化
ジェーンモンド家の人々 4
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「……ねえ」
何も用意されなくなり、ただ座るだけの休憩時、一人が小さく声を発した。
「何?」
「皆、このままここで働く?」
返事をした者以外も顔を上げる。
「……何言ってんの」
咎める声に、その瞳が揺れた。口を噤みかけ、けれど思い切ったようにまた開く。
「っ……だってさ。アイリスさんが居なくなって、あの二人だけになって」
使用人を下に見る奴らだけが残って。
「あたし達これじゃあ、死にに行くようなもんじゃない」
「ちょっと。それは大袈裟じゃない?」
周りに気にしながら、一人が言い返す。こんな所に二人が来るとも思えないが、万が一が怖いのだ。
「この前一人倒れたじゃないの。……目を付けられて、虐め抜かれて」
それがアイリスの代わりであると、皆言わなくとも理解していた。彼女が自分達を守ってくれていた。
それに甘んじていたと、今更に痛感する。
「お金もどんどん減らされるし、仕事は増えるし、あの二人は馬鹿みたいに遊びまくるし」
「遊んでたのは元からじゃない」
その言葉に思わずといった風に、何人か忍び笑いを零す。
「けど、アイリスさんが色々やってくれてたのだってそうじゃない。あたし達がやってこれたのも、あの子のおかげでしょ?」
貧乏人と見下さず、出来る限り環境を整え、自分達の負担を減らしてくれた。時折手伝いまでしてくれた。
『私は、別に偉くありませんから』
止めようとすると、いつもそう言われたけれど。あの子なら身分が高くとも、同じ様に接してくれるだろうと、皆が思っていた。
「それなのに……惑いの森に置いてかれるなんて……!」
使用人は顔を覆う。周りの顔も沈み込んだ。
「ちょっ、誰が聞いてるか分かんないんだから……!」
一人が慌てたように手を振った。
「……〈置いてかれた〉んじゃなくて〈迷い込んだ〉って事になってんだから。聞かれたらクビよ?」
「皆そんなの見抜いてるに決まってるでしょ! あんただって自分で言ってんじゃない!」
最初に〈その事〉を聞かされた時から。ここの使用人達は皆、ねじ曲げられた真実をすぐに推測出来た。
「っ……あんた、少し落ち着きな。気持ちは分かるけどさ」
「何よ?!」
「クビにされてから職を探すより、時期を見て自分で離れる方が、苦労は少ないよ」
「……!」
見開かれた目に、彼女は言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「皆、あんたと同じ思いさ。人を人とも思わないあいつらに、もううんざりしてんのよ」
それに周りも頷いた。
「あの優しい子は惑いの森に……もう、多分……」
言った本人も、聞いた者達も、その顔が悲痛に歪む。
「……けど、私達は生きてるんだ。あの子の分まで生きなきゃって、私は思ってるよ。だからあんたも」
泣きそうな顔へ、その肩を掴んで。
「ここでクビになりそうな事言うより、道を切り開いていかなくちゃ。そうでしょ?」
「…………うん…………」
堪えながら頷く顔を見て、使用人は立ち上がる。
「さ、休憩も終わりよ。さっき座ったばっかだけど」
「ほんとそうね」
「休憩って気がしないのよ」
周りも口々に言いながら、それぞれの持ち場へ戻っていく。
一人、始めに口を開いた者だけが、まだ座ったままだった。
「……ほら、行きましょ」
「…………うん……そうね」
手を引かれ、立ち上がる。そして顔を上げ、幾分か明るい声を出した。
「ね、あたし達がいっぺんに辞めたらあの人達、どんな顔をするかしら」
彼女はそれに目を丸くし、
「っあはは! 良いわねそれ!」
何も用意されなくなり、ただ座るだけの休憩時、一人が小さく声を発した。
「何?」
「皆、このままここで働く?」
返事をした者以外も顔を上げる。
「……何言ってんの」
咎める声に、その瞳が揺れた。口を噤みかけ、けれど思い切ったようにまた開く。
「っ……だってさ。アイリスさんが居なくなって、あの二人だけになって」
使用人を下に見る奴らだけが残って。
「あたし達これじゃあ、死にに行くようなもんじゃない」
「ちょっと。それは大袈裟じゃない?」
周りに気にしながら、一人が言い返す。こんな所に二人が来るとも思えないが、万が一が怖いのだ。
「この前一人倒れたじゃないの。……目を付けられて、虐め抜かれて」
それがアイリスの代わりであると、皆言わなくとも理解していた。彼女が自分達を守ってくれていた。
それに甘んじていたと、今更に痛感する。
「お金もどんどん減らされるし、仕事は増えるし、あの二人は馬鹿みたいに遊びまくるし」
「遊んでたのは元からじゃない」
その言葉に思わずといった風に、何人か忍び笑いを零す。
「けど、アイリスさんが色々やってくれてたのだってそうじゃない。あたし達がやってこれたのも、あの子のおかげでしょ?」
貧乏人と見下さず、出来る限り環境を整え、自分達の負担を減らしてくれた。時折手伝いまでしてくれた。
『私は、別に偉くありませんから』
止めようとすると、いつもそう言われたけれど。あの子なら身分が高くとも、同じ様に接してくれるだろうと、皆が思っていた。
「それなのに……惑いの森に置いてかれるなんて……!」
使用人は顔を覆う。周りの顔も沈み込んだ。
「ちょっ、誰が聞いてるか分かんないんだから……!」
一人が慌てたように手を振った。
「……〈置いてかれた〉んじゃなくて〈迷い込んだ〉って事になってんだから。聞かれたらクビよ?」
「皆そんなの見抜いてるに決まってるでしょ! あんただって自分で言ってんじゃない!」
最初に〈その事〉を聞かされた時から。ここの使用人達は皆、ねじ曲げられた真実をすぐに推測出来た。
「っ……あんた、少し落ち着きな。気持ちは分かるけどさ」
「何よ?!」
「クビにされてから職を探すより、時期を見て自分で離れる方が、苦労は少ないよ」
「……!」
見開かれた目に、彼女は言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「皆、あんたと同じ思いさ。人を人とも思わないあいつらに、もううんざりしてんのよ」
それに周りも頷いた。
「あの優しい子は惑いの森に……もう、多分……」
言った本人も、聞いた者達も、その顔が悲痛に歪む。
「……けど、私達は生きてるんだ。あの子の分まで生きなきゃって、私は思ってるよ。だからあんたも」
泣きそうな顔へ、その肩を掴んで。
「ここでクビになりそうな事言うより、道を切り開いていかなくちゃ。そうでしょ?」
「…………うん…………」
堪えながら頷く顔を見て、使用人は立ち上がる。
「さ、休憩も終わりよ。さっき座ったばっかだけど」
「ほんとそうね」
「休憩って気がしないのよ」
周りも口々に言いながら、それぞれの持ち場へ戻っていく。
一人、始めに口を開いた者だけが、まだ座ったままだった。
「……ほら、行きましょ」
「…………うん……そうね」
手を引かれ、立ち上がる。そして顔を上げ、幾分か明るい声を出した。
「ね、あたし達がいっぺんに辞めたらあの人達、どんな顔をするかしら」
彼女はそれに目を丸くし、
「っあはは! 良いわねそれ!」
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