竜の都に迷い込んだ女の子のお話

第二章 竜の文化、人の文化

四十七話

「……あのさ、聞いてもいい？」

　昼を食べ始め、暫くして。ゾンプがパンをちぎりながら、ヘイルを見上げた。

「昨日、なんかあった？」
「？　どういう意味だ？」

　こちらへと顔を向けたヘイルを見つつ、アイリスへと一瞬目を向けたゾンプは、

「いや、だってさ。……ヘイルとさ、先生、仲直りでもしたのかなーって」

　その言葉に、隣にいたアイリスの動きがピキンッ、と止まる。

「……仲直り……」

　ヘイルは思案でもするように、顎に手をやり、

「ゾンプ。バカ。ごめんなさいヘイルさん、先生。ゾンプの言った事なんて全然気にしなくていいから」

　と、モアが言う。ついでにゾンプの頭を小突き、「え？　な、なんで？？」とゾンプを混乱させた。

「……んむ、んぐ、……いえ、その」

　ややあって動き出し、口の中のものを飲み込んで、アイリスは少し視線を彷徨わせながら、言う。

「その……、私、昨日、健康診断を受けたと言ったじゃないですか」
「うん」

　ゾンプがそれに頷く。

「その、それをした理由がですね……。その、私、竜になってしまったからでして……」
「え？」「は？」

　モアとゾンプが同時に声を上げ、

「……なんて？」

　一拍置いて、ケルウァズも疑問の声を上げる。
　ドゥンシーも、首を傾げた。
　食べかけのキッシュを皿に置き、アイリスは深呼吸する。

「……えっと、言葉そのままなんです。皆さんが歩行時と飛行時に見た目を変えるように、私も、飛行する姿に──人の言う、竜の姿に、なってしまったんです」
「そんな事、出来んの？」

　ゾンプが、アイリスとヘイルを交互に見る。

「……ああ、出来ていた。あれは変身の類いではない。俺達の翼有りの姿と、同じようになっていた」
「……だ、大丈夫だったの……？　先生……」

　ドゥンシーの不安そうな顔と声に、アイリスは慌てて笑顔を作る。

「あ、はい、それは全然。それがあって、健康診断を受けさせてもらったんです。それで、痩身な事以外は問題は見当たらないと。……ですが……」

　言い淀んだアイリスに変わって、ヘイルが口を開く。

「またどうなるか分からない。それに、そもそも人間の資料が少なすぎる。だから定期的に健診を受けてもらう事にした。……後半は、既に言ったな」

　そんな話を聞いて、深い事情を知らなかったゾンプ達は、あ然とした様子で手を止めてしまった。そして、頭に情報が浸透し始めたのか、めいめいに色々と言い始める。

「ひ、人が、翼有りになれる？　なんで？　どして？」

　ゾンプはアイリスをまじまじと見つめる。

「すごい……これは、大発見」

　そしてモアはニヤリとしながら、呟くように言った。

「えっと、大丈夫……、……だったんだ、よね……。健康診断、受けたんだもんね……」

　と、少し安心したように息を吐くドゥンシー。

「…………じゃあ、それならさ。問題ないなら。ここでそれ、見せてくれない？」

　そんな、興味津々といった様子のケルウァズの言葉に、アイリスは迷いを見せる。

「え？　そ、……それは、良いんでしょうか……？」

　それらを見ていたブランゼンが、口を開こうとして。

「良いんじゃないか？」
「ちょっと、ヘイル！」

　それは非難の声となって、ヘイルへと向かった。

「昨日の今日よ？　何があるか分からないじゃない。アイリスだって大変な思いをしたのに……！」
「いや、だからこそ、と思ってな」

　ヘイルは目を細め、その金剛の眼差しをアイリスへと向ける。

「また、同じ事が突発的に起きるとも限らん。そしてその時、昨日のように俺が助けられるかも分からない。なら、いつでもどこでも、翼有りの姿になれるよう、そしてその姿で不便なく動けるよう、練習した方が良いんじゃないかと、俺は思うんだが」