不夜島の少年～兵士と高級男娼の七日間～

57．不器用

「きみは、どうして兵士になったんだい？」

　不意に尋ねられ、アデルジェスは思わず動きを止めて考え込んでしまった。
　撫でる手が止まったことで、ミゼアスが抗議するようにアデルジェスの手を軽く叩いてくる。

「あぁ……ごめん。兵士になった理由か……何となく、かな」

　手の動きを再開しながら、アデルジェスは答える。

「何となく？」

「うん、俺はとりたてて何かの才能があるわけじゃなかったけど、昔から体格だけは良かったから。学校を出た後、兵士になれば食いっぱぐれないと言われて、じゃあそうするかって」

「流されているねぇ」

　ミゼアスは軽やかな笑い声をたてる。

「優柔不断だとか流されやすいっていうのは、昔から言われている……」

　記憶にある最も古い思い出では、幼馴染のあの子にもよくそう言われていたものだ。

「じゃあ、育った町で兵士になったのかい？」

「兵士になったときはね。でも、その後いくつかの町を転々としたよ」

「流されて？」

「うん、流されるがままに。もともと生まれたのは小さな村で、俺がまだ小さい頃に一家そろって引っ越したんだよ」

「へえ」

「昔はそれなりに暮らせていたらしいんだけれど、大不作の年があってそこから狂ってしまったって聞いた。作物は枯れ、獣も少なくなって、村は一気に貧しくなってしまったらしい」

　そうしてあの子は売られていってしまったのだ。アデルジェスの胸に苦い思いが広がる。

「俺の一家は村に見切りをつけ、別の町に引っ越したんだ。幸い、父さんは手先が器用で細工物なんかが上手だったから、仕事も見つかって一家は飢え死にしなくてすんだ。母さんも働き者で、お針子やったりしながら俺を育ててくれた」

「いいご両親だね」

「うん……二人とも、流行り病であっさり亡くなっちゃったけれどね。兵士になって町を転々としたのは、それも理由のひとつかな」

「そうか……」

　ミゼアスが軽く俯き、アデルジェスの服の裾をきゅっと握る。アデルジェスのことを案じてくれているのだろう。
　売られてきたというのだから、ミゼアスはもっと辛い思いをしただろうに。
　不謹慎かもしれないが、ミゼアスに案じてもらえるのはくすぐったいような幸福感があった。

「まあ今はそれなりにやっているよ。俺、手先は不器用だけれど腕力や体力はあるから、兵士は向いていると思うよ」

　アデルジェスはミゼアスを抱く腕に力をこめ、あえて明るく言う。

「……きみ、別に不器用じゃないだろう」

　訝しげな顔をして、ミゼアスが見上げてくる。

「え？」

　何を言っているのかよくわからず、ミゼアスの顔を見返す。するとミゼアスは自らの髪を撫でるアデルジェスの手に、そっと自らの手を重ねた。

「きみに撫でられると、気持ち良い……」

　目を細め、うっとりとミゼアスは呟く。

「……昨日の夜だって、きみに触れられてあんなにはしたなく感じちゃった。きみは不器用なんかじゃないよ」

　ミゼアスの言葉に、アデルジェスは顔に血をのぼらせる。
　やはり夜のことをまだ明るいうちに聞かされるのは気恥ずかしい。

「僕は夜に仕事が入っている。また花月琴の演奏だけだけれど、二時間くらいかかるかな。その間、勉強熱心なきみはまた勉強するんだろう？　そしてその成果を僕に試してくれるんだよね？」

　淫蕩な笑みを浮かべ、ミゼアスはアデルジェスの首筋をつつ……と指先でなぞった。