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3話 変わった子

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 えーとこの子は、ミリアで聖女の力ってのを持っているらしい。
 聖女ってのは何だっけ、聞いたことある気がするけど……。
 いやそんな事より。

 預かる? この子を? 俺が?

 いやいや、一応言っておくけど、俺子守なんてしたことないぞ。
 まともに子供と触れ合ったという経験も皆無だ。
 預かれったって、そんな俺が……。

 でも師匠の頼み事だしな。
 俺を信頼してお願いしてくれているんだろうし……。

 師匠は、こんな突拍子もない頼み事するよう人ではなかった。
 ちゃんと常識を知っている人だった。
 そんな人がこんな事を、頼んでくるという事は、よっぽど切迫詰まった状況なのだろう。

 師匠に世話になったし、ここは頼みを受けた方がいいんじゃないか?

 俺はミリアという女の子を見る。
 不安げな表情をしている。
 まだ七歳だから当たり前か。
 ここで頼み事を断るなら、この子を別の人に預けないといけないが、そんな宛はない。

 ……これは、師匠の頼み事を聞いて、しばらく預かるしかないようだな。
 冒険者生活でそれなりに金はたまっているので、経済的には大丈夫だ。
 家は狭いけど、子供一人住まわせるくらいのスペースはある。
 あとは、俺が子供と正しく接することができるかだな。

「えーと、君はミリアって言うんだよな」

 コクリと頷く。

「君は師匠……メダロスから事情を聞いているのか?」
「メダロスは……、リストって人のところで、しばらく暮らすって」

 初めて喋った。子供らしい声だ。

「俺がリストだ。君はしばらく俺が預かることになった。よろしくな」

 握手を求める。
 しかしミリアは手を見るだけで、握手に応じない。

 あれ? 対応間違えた?
 人見知りするタイプって奴?

 場に気まずい沈黙が流れる。
 耐えかねて俺は手を引っ込めた。

「とりあえず中に入ってくれ」

 扉を開けて家の中に入る。
 ミリアは黙ってついてきた。

 しかし、喋らない子だなぁ。
 子供ってもっと喧しいイメージだが、こんなもんか?
 まあ、子供によって違うんだろうけど。
 こうも喋らないと、どう接していいのかが分からん。
 騒ぐ子だったら、何とかなるとは思うんだけどな。

 ぐー。

 ん? 今、腹がなる音がしたな。
 俺じゃないし、ミリアか。

「腹減ってるのか?」
「へってません」
「いや、さっきぐーって」
「気のせいです」

 聞き間違えか?
 確実に聞こえたと思うんだけどな。

 本人が減ってないっていうから、それ以上の言及はよすか。

 ただ、俺も腹は減っているから、何か食べるか。

 パンといちごジャムがあったな。
 取ってきて食べよう。

「ちょっとパン取ってくるから、その辺のイスに座っててくれ」
「お腹はへっていないといいました」
「俺が食うんだよ。腹減っててな」

 俺は食料庫から、パンといちごジャムが入った瓶を持ってきた。
 ジャムをパンにつけて食べる。

「うまい」

 ムシャムシャと食べていると、

 グー。

 再び腹の音が聞こえてきた。
 俺ではない。
 ミリアの腹が音の発生源のようだ。

 顔を少し赤く染め、ミリアはもじもじしている。

「やっぱ腹減ってんのか? 結構あるから食っていいぞ」
「へってません」
「いや、グーって聞こえたし」
「聞きまちがえです」
「二回も聞き間違えんよ」
「……」

 ミリアは顔を赤らめながら、視線を逸らす。

 すると、もう一度、グーとミリアの腹の音が鳴り響いた。

「三回目だ」
「聞きまちがえ! わたし、おなかへってない!」

 強情な奴だなぁ。
 何でここまで頑なに否定するのか。
 俺は立ち上がって食料庫に行き、パンを取って来る。そして、いちごジャムを付けミリアの前に置く。

「子供が空腹を我慢しちゃいかんぞ。成長の妨げになるからな。食え」

 ミリアはパンが目の前に置かれて、口からよだれを垂らす。
 そして、手を伸ばして取ろうとするが、途中で首をブンブンと勢いよく横に振りながら、手を止めた。

「た、食べちゃダメ……きっと毒が入っている」
「入ってねーよ! 入れるかそんなもん!」

 この子、頑なに食べないと言っていたのは、毒が入っていると思っていたからなのか!?

「毒を入れているのに、入れてますという人はいません」
「そりゃそうだが、俺は入れてねーよ。今日あった子供に、何で毒食わせにゃならんのだ。俺がことするような奴に見えるか?」
「……見えない……けど……わるい人はわるくない人みたいにしているものです」

 本当に子供かと疑ってしまうくらい猜疑心の塊だなこの子は。
 過去に毒を盛られたことでもあるのか?

「流れで家に入ってしまいましたが、これからもう流されません。それは毒です」
「おいおい……」

 毒と断定しやがった。

 ん?
 でも、何だろうな。
 さっきからチラチラと、パンに視線を送っている。
 何かちょっと小刻みに震えているし。

 ……もしかして食いたいは食いたいのか?

 そりゃそうか。
 腹なりまくってたし、空腹状態なのは間違いないだろうからな。

「本当はそれ食いたいんだろ」
「食べたくありません」
「じゃあ俺が食っちまうぞ」
「……! か、勝手にしてください」

 プイと、ミリアは顔をそらすが。
 横目でチラチラとパンを見ている。
 俺がパンに手を伸ばすと、やめてくれと言わんばかりに、表情をゆがませる。

「やっぱ食いたいんだろお前……」
「……」

 今度は肯定も否定もしなかった。

「匂いを嗅げばいい。毒なら変な匂いがするはずだぞ」

 提案すると、ミリアはハッとする。
 そしてパンの匂いを嗅ぎ始めた。
 普通こういう時に盛る毒ってのは、無味無臭だと思うがその辺の知識はないらしい。

 ミリアは丹念に匂いを嗅ぎ、

「……普通の匂いです。毒は入ってないのですか?」
「最初からそう言っているだろ」

 ミリアは恐る恐るパンを口に入れ始める。
 一口食べて毒は入っていないと分かったのか、次からは勢いよく食べ始めた。

 よほど腹が減っていたのか、一心不乱にパンにかぶりつく。

「うまいか」
「まずいです」

 ミリアは食べながら返答した。
 まずいものこんな一生懸命食べないだろ。

 どうやら、ミリアはかなり変わった子のようだな。

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