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第一章 異世界転生と新天地への旅立ち

1-10 深夜の魔法実験 in 川原

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 ──あらゆる文明において、火には神話がつきものである。

 ギリシャ神話のプロメテウス。日本神話の火之迦具土神ひのかぐつちのかみ。インド神話アグニ。例を挙げれば枚挙まいきょいとまがない。地球上のあらゆる土地で、人類は火に惹かれ焦がれてきたのだ。

 そんな例にもれず、俺も火の信奉者だ。その熱さに心を焼かれ、その揺らめきに美しさを見出した。とはいえ、実際には魔法的なモノだったら火に限らず何でも興奮するミーハーだが。

 さておき現在、川原で精神統一中である。魔法の実験を行うためには万難ばんなんを排さねばなるまいて。

「よっこらせーっと」

 大きな岩や尖った石を動かし、周辺の安全を確保。

 魔力による身体強化の度合いを若干落とし、余剰となった魔力を突き出した腕へと集中させる。

 想像するのは火の小爆発。

 爆発物による爆発現象を肉眼で見たことはないが、フィクションでならば幾らでも経験している。

 たかが虚構とあなどるなかれ。妄執もうしゅうにも似た信念によって作り出された実物の似姿は、時に本物をも凌駕りょうがする存在感を発するのだ。つまりは俺の想像も、本物を超え得る可能性を持つ!

 カッと目を見開き凝縮した魔力を解放する瞬間、思い描く。ある少年漫画のワンシーン──全身に火傷を負った男が放つ、爆炎の業だ。

「いざ──ファイヤー!」

 そうして小爆発──否、爆発が発生した。

((んなっッ!?))

 音速を超えた衝撃波が鼓膜を叩き、万物を焼く熱波が身体をあぶる。

 次いで、腹の底に響くような轟音。

「ほべぶッ!?」

 そして、ぶっ飛ばされる俺。

 河原から大きく吹っ飛び、盛大な飛沫しぶきを上げ川へ着水。投げ込まれた石の如く川底へ到着。

 つまりは、盛大な自爆であった。

「──ぶはッ、がはッ……くっそっ……いってぇ……」

 しばらくゴボゴボとのたうち回った後水面に顔を出し、生を実感する。

 深さがそれなりにあったおかげか、吹き飛ばされた際の衝撃は大分緩和されたようだったが……爆発による爆風は当然軽減できていない。

 要するに痛えッ!

(おい、無事か?)
(ロウ、ご無事ですか?)

「ぶっ飛ばされて無事なわけねーだろ!」

 安否を気遣う曲刀たちへ絶賛逆切れ中。どう考えても俺が悪いんだけど、身体が痛くて頭があまり回らない。

(申し訳ありません、ロウ。あの爆発で無事なわけがないですよね)
(はあ。まあ五体満足だし、無事ってことでいいだろ)

 理不尽な怒りに曝されてもへそを曲げない曲刀たち。いい奴等だ。へそが曲がる曲刀がいるのかどうかは知らんが。

「いや……スマン。どう考えても逆切れだし、俺が悪いのは明白だし」

 河原へ泳いで上陸しつつ謝罪。岸から上がって確認すると打ち身や切り傷が多少あるものの、驚くほど軽傷だ。爆心地の手の平に火傷すらないのは、我ながら唖然とする。

「うはー。丈夫だな、俺。普通だとバラバラ死体になってそうな爆発だったけど。やっぱり魔族って丈夫なんかね……うへぇ」

 ぼやきながら戻ってみれば、爆破地点辺りが熱と爆風で整地されて黒ずみ、爆撃に見舞われたような様相を呈していた。魔法マジやべぇ。

(どう見ても火系統の中級魔術以上の破壊力ですよ。幸い、爆風による物理衝撃が主で、熱による被害はそれほどでもなかったようですが)

 ほうけているとギルタブによる分析が届く。

 爆発の時、一瞬でぶっ飛ばされたから逆に助かったということか。なんとも因果な話である。

(というかロウよ、初めての魔法の挑戦で、何故こんな破壊的な想像をしたんだ?)

「想像しやすいのがさっきの爆発だったんだよ。俺の中じゃあんな規模じゃなくて、小爆発って感じだったんだけどな」

 ボンッって感じでイメージしていたのにドゴォーン! である。そりゃ逆切れしたくもなりますよ。

(あれが小爆発だと?)
(恐らく、込められた魔力が大きすぎたのだと思うのです)

 曲刀たちの話によれば、俺のオーラは質自体も上位らしいし、その辺りも影響しているのかもしれない。

「火は実験には向いてないな。とはいえ、服乾かさなきゃならんし、次は蝋燭の灯りくらいの想像で行ってみるか」

(まだ魔法を試すのか。魔力は大丈夫なのか? 身体強化を長く使っていたし、無理は禁物だぞ)

 助言を受けて魔力の総量を確かめてみる。が、探ってみても総量が減っている感覚はない。

(まるで底なしですね)

 感心したようなあきれたような、なんとも言えない雰囲気が滲む黒刀である。

「多い分には問題なかろうよ。まずは枝を集めて……と思ったけど、折角だ。これも魔法でやってみるか」

 魔力の加減は使っていくうちに慣れるしかない。ならば細かい作業も魔法で行うべきだろう。

 断じて魔法が使いたいがための行動ではない。ほ、本当なんだからね!

(これなら確かに、お前さんには生活魔術なんぞ要らんな)

 魔法陣への憧れもあるが、意のまま望むまま好き勝手にできる魔法が湯水の如く使える以上、魔術の出番は今後も無さそうだ。

 河原から駆けあがり近くの木々へと腕を構える。想像するのは風の刃だ。

 この想像は、実は難しい。

 というのも、創作物での風の刃はそれ単品で描かれるのではなく、何らかの対象を切断した現象として扱われることが多いからだ。

 まして現実ともなると、風の動きは不可視の事象である。人間の想像力は視覚情報を起点としている以上、想像が困難となるのは当然ともいえる。

 故に、別の事象で風の刃を補完する。それが何かといえば竜巻である。

 竜巻、トルネード、サイクロン。風の暴威の象徴。

 地球の北半球と南半球で回転方向が違うだとか、遠心力、周囲との気圧差による力、星の自転による力、それらの循環により竜巻が維持されるとか、そんな説明がなされる現象。

 そんなことより今重要なのは、その見た目であり、その力である。

 天を突かんばかりの威容。進路上の木々を、建造物を、大地を飲み込む暴食の体現者。飲み込んだものを等しく捻じ切り削っていく天然の研削盤けんさくばん

 その姿を想像し、その力を思い描き、風の刃として練り上げる。

「……よし」

 構えた腕を一気に振り抜き、凝縮した魔力を同時に解放。魔力量は、先ほどの半分ほどだろうか。

「せいやッ!」

 解放された魔力は爆発的な空気の流れとなり──渦巻く豪風が乱れ飛び、木立ちを蹂躙じゅうりんする。

 風魔法の暴威に晒された木々は木っ端の様に薙ぎ倒されていった。その切断面は鋭利というよりは捻じ切ったようにいびつで、範囲は軽く見積もって百メートル以上先にまで及ぶ。

 …………やり過ぎじゃねーかッ!

(お前! ちょっとは反省しろよッ!)

 思わずといった感じの突っ込みがサルガスから入る。奇遇だな、俺もそう思うわ。

「いやね、込める魔力はあの爆発の半分くらいにしたんだけどね」

 大体想像通り、といった感じだけど、貫通力はともかく威力は想定よりやや落ちるか。風の刃って感じの切れ味じゃないし。

(先ほどの半分でこれですか? これだけの破壊を成すとは……もはや戦略兵器といっても過言ではないですね。ロウが全力で魔法を使えば、複数人で行う大規模儀式魔術に匹敵することでしょう)

 城壁破壊用の投石器や破城槌はじょうついみたいなもんか。小回りの利く兵器ほど恐ろしいものはない。

「一応聞くけど、魔族一般がこんな魔法を無造作に放つ種族ってわけじゃないよな?」

 もしそうなら、かつて起こったという魔族との大戦で人間族に勝ち目はなかったはずだから、そんなはずは無いだろうとは思っているが。

(ないない。さっきの風の魔法くらいの規模だって、一般の魔族なら一回撃てば消耗して連発は出来ないだろうさ。魔力ってのは一気に消耗すると欠乏症が表れて、肉体の機能が低下するからな)

 ホッとする反面、連射は出来ずとも何度かは可能なのかと驚く。さすがは魔族だ。

「放てるのは放てるんだな。ちなみに、個人の魔術で同規模の現象を引き起こすのは可能なのかな?」

(風系統の中級魔術で十分可能ですが、魔法陣の構築に時間がかかるため、即座にというのは難しいでしょうね)

 その辺りが魔術と魔法の大きな差異になるのだろうか? 薙ぎ倒された木から枝を回収しつつ、続く言葉に耳を傾ける。

あらかじめ魔法陣を構築し、発動待機状態で術を保持しておくという遅延魔術というものもありますが、これは魔術に精通し魔法陣の書き換えが可能でないと出来ません)

「マジ? 準備しておくことも出来るのかー」

 何だか消耗が激しい魔法よりずっといい気がしてきたぞ。

(遅延魔術は発動時機任意で調整できますが、保持に少なくない魔力を消耗します。といっても、長時間保持したとしても、同程度の魔法に比べると十分の一にも満たないくらいですが。逆に、普通に魔術を用いた場合は魔法の三十分の一から五十分の一程の消費量で済みます。外部の魔力を利用して現象を起こしているので当然と言えば当然ですね)

 などと説明するギルタブ氏。魔法、燃費悪過ぎない?

(魔力量に優れた魔族以外が魔法を使わない理由だな。あまりにも費用対効果が悪過ぎる)

 同程度の規模の現象を起こすのにコストが五十倍なんていわれりゃ、そりゃ使うやつも限られるものだろう。

 講義を聞きつつ集めた枝一か所に積み上げ、手ごろの枝を使い衣類を干していく。

 当然、今の俺は真っ裸、裸族再びである。しかし、前とは異なり腰には曲刀を二振り佩いている。裸族から蛮族へと進化していた。

「そうなると、人間族みたいに魔術の研究が進んでいない種族は、消去法的に精霊魔法を頼るようになる、のか?」

(そうですね。といっても、精霊魔法にも制約や制限があるのですが)

 蛮族状態のまま黒刀に話の続きを促すと、大方考えていた通りの答えが返ってきた。

 精霊魔法にデメリットが無いなら、人間族が長い間魔術の研究に明け暮れる、ということにはならないはずだ。

 というより、魔術大学にあたるようなものが精霊魔法にもあってしかるべき、という感じか。俺が知る限りそんなものはない。まあ、俺が常識知らずって可能性もあるが。

(精霊魔法は魔法の十分の一ほどの魔力消費量で同程度の現象を引き起こせます。しかし、精霊魔法を使うためには精霊と契約する必要がありますし、先ほど少し触れましたが、精霊には得意とする属性や精霊の格があり、どこまで世界へ干渉できるかは各精霊と契約者の魔力、精神の力に依存するのです)

 ギルタブは明瞭な声で解説を続けているが……少し混乱してきたぞ。精神の力が必要なのはどれも同じじゃなかったっけ。

「ええと、魔力や精神の力がいるのは、魔法も精霊魔法も同じってことだよな?」

(はい。しかし、魔術はそれらに依存しません。無論、発動する際に魔力は要求されますが、魔力を多く注いだからといって、引き起こされる現象が変化するわけではないのです)
「なるほどなー」

 魔術と聞いたら、どこかの大魔王が「今のはメ〇ゾーマではない。〇ラだ」と言っていたみたいに、術者の能力に依存する印象があったが。そういったものは魔法や精霊魔法の領分となるようだ。

 チラッと話に出ていたけど、こいつらを打った鍛冶師は複数の精霊と契約していたみたいだし、魔法の使い手が少ないのも納得だ。精霊とそんなにポンポン契約できるのか? という疑問こそ残るが。

 サルガスの話だと人里にも現れたりするって話だったけど、魔力を見極められる俺はその姿を見たことがない。

 見逃していたのか、それとも非常に稀なのか。あるいは俺には見えないのか。

 考えながら作業していたら、いつの間にか火を起こす準備が終わっていた。

(今度は加減しろよ?)

「火を起こすのに爆発なんて想像しないって。小指一本分くらいの火をイメージして魔力を注げば、仮に調整に失敗しても火柱程度で済むだろう」
(火柱程度て。まあいいか)

 呆れ声が脳内に響くが仕方があるまい。二連続で大破壊を撒き散らしたし、俺の信用はストップ安だ。

 脳内での自己批判を切り上げ、再び頭の中に火を立ち現す。

 身体強化は強力に、しかし指先に集める余剰魔力は風の魔法の半分ほどに。

 準備万端、覚悟完了。人差し指の先へ魔力を凝縮させ、脳内のバーナーを点火する!

「ファイヤー!──おおッ」

(おぉ!)
(少し勢いが強いですが、大分抑えましたね)

 点火は無事に成功し指先から火が噴出している。ゆらゆらと揺らめいてはおらず、勢いよくほとばしっている火柱だ。大きさは俺の頭二つ分だろうか、大型の花火のようだ。

「これくらいなら気軽に使えそうだなー」

 火は持続しているが、発動の際に使用した魔力のみで発火現象が続いているようだ。消えてしまわないうちに集めた枝へ火をつけていく。生木なので燃えづらいが、そこは火力でごり押しさ。

 折角だしこの状態から更に魔力を追加して、魔法がどのように変化するかの実験を行ってみよう。

「おぉ~?」

 少しずつ魔力を指先へ注いでいくと、火の勢いが強まり魔法が強化されたようだった。既に発動している魔法でも、後から操作できるということだろう。

(魔法の勢いが強くなってきてるぞ。焚き木を吹き飛ばすなよ?)

 ルンルン気分で実験するも、銀刀からイエローカードが飛んできた。心配性な奴である。

 生木にも火が十分に行き渡り、フレイムフィンガーを上に向ける。

 噴出音を出し続ける人差し指の炎。全裸でそれを見つめる俺。深夜の川原で生まれた珍奇な光景である。

(もう止めてもいいんじゃないか?)
(風邪をひきますよ?)

 野生児を心配する曲刀たち。流石の俺もそう思うんだけどさ。

「もう魔力の供給は断ってるんだよコレ。いつ終わるか分からん」
((……))

 呆れる曲刀たち。またまた奇遇だな、俺も同じ気分だ。

 とはいえ、これも実験のチャンスと言えばチャンスだ。後から魔法を強化できるのは先ほど確かめたが、逆に加減することはできるのか?

「そおりゃ! ……おぉ!」

 脳内で花火の勢いが弱まる場面を想像しつつ魔力を集め、人差し指へかざすように魔法を放つ。すると、見る見るうちに火勢が弱まっていき、たちどころに鎮火した。

(おお。器用なことをする)

 サルガスが感心したような声が心地いい。ドヤ顔をキめたいところだが失敗を取り返しただけとも言えるし、調子に乗るのはやめておこう。

「想像さえできれば魔法への干渉もできるってことだな。自分の魔法だからできたのか、あるいは何にでも干渉できるのかは分からないけど」

(魔法現象に干渉しているというより、魔法現象を上書きしたという方が正しいように思うのです。火の勢いを弱めたのではなく、消火のイメージを魔法で上書きしたといった具合に)
融通ゆうづうが利くんだか利かないんだか」

 魔力さえあれば文字通り何でもできそうだが、魔力量に相当な余裕が無いと簡単に自滅しそうな気さえする。魔力が完全に尽きると意識が途絶えるらしいし、迂闊うかつに使えないだろう。

 そんな魔力量の問題とは無縁の俺は、寝床の準備を行う。

 バックパックから寝具を用意しようとして、妙案が閃く。寝床も魔法で作ってみればいいじゃんと。

 昨日会った冒険者が魔術で快適な寝床をこしらえると言っていたし、魔法で出来ない道理はない。……はずだ。

 爆発魔法により発生した更地の周りを軽くならしつつ、巨大の岩の塊を思い描く。

 魔力制御も準備よし、いざ発動ッ!

「そおりゃぁッ!」

 こういうのは掛け声が大事だ! と声を張り上げ魔力を解放。

 直後、巨大な岩石が更地の上空に出現し、にぶい音を河原に響かせ落下した。

「想定より大分デカいが、大は小を兼ねるし良いか」

 巨岩の上部を平たくすれば地面で寝るより快適で安全だろう──そう考えての土魔法。これほどの岩の質量なら川が増水しても問題なさそうだ。

(本当にどうなってんだよお前さんの魔力量は)
(ロウ、無理していませんか?)

「大丈夫だって。今回のは最初の火の魔法より多めに魔力を込めたけど、それでもオーラが減って身体がだるいってこともないし」

 南へ向かっている間に、一度くらいは限界まで魔法を使ってみる方がいいだろう。己の限界値を知ることは大切だ。彼を知り己を知れば百戦危うからずってね。

 見上げるほどの巨岩の上部へと駆けあがり、黒刀を閃かせて岩を削る。黒刀の切れ味の前では俺の岩もあっさり削れ、あっという間に寝床が完成だ。

 就寝準備が完了し曲刀に魔力を食べさせて、素早く寝具へもぐりこむ。何だかんだで爆発の余波により消耗していて休息を欲していたのだ。

「それじゃあ、おやすみ~」

(おう、おやすみ。魔力旨かったぜ)
(おやすみなさい、ロウ)

 二人へ挨拶をすれば、すぐにまぶたが重くなる。火魔法で爆死しかけて興奮状態だった反動か。

 睡眠など不要らしい武器たちへ警戒を任せ、俺は一人旅一日目を終えたのだった。
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