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第二幕

クラス交流会

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俺がイコリスに戻れなくなって
どのくらい経ったか……
ひと月……はまだ経っていないか。

元婚約者のリトレイジ嬢に
ニコルに自由恋愛をすると言った事を
抗議しに行った時、
衝撃的な事実を突きつけられた。

国王父上とリトレイジ家を含む有力諸侯が
俺を立太子させるべく動き出していると。

第二王子マイセルの不甲斐なさと
王妃側諸侯の余りにも行き過ぎた振る舞いに対抗する策に打って出るために、
再び俺を担ぎ上げようとしていると。

今更はっきり言って迷惑だ。

学園での俺の評価がモルトダーンまで
届いたのだそうだ。

やはり後継には秀でた人物を……
という声が多数上がり、
もともと俺を手放したくなかった父がそれを全面的に支持した。

やめてくれ。
そんな事のために今まで頑張って来たわけじゃない。

俺にとって今やイコリスが自国と呼べる国になっているというのに。

そのおかげマイセルの実母、
現王妃側から再び命を狙われるようになってしまった。

どこに暗殺者がいるかわからない。

暗殺方法は物理的なものばかりとは言えないし、

学園内は決して安全ともいえない。

巻き混んでしまうかもしれないので、

ニコにもアルノルトにも近づけない。

でもそれでいい。

あいつらは何も知らない方がいい。


モルトダーン実家と俺の問題に
イコリスを巻き込むわけにはいかない。

俺ひとりでなんとかせねば……。

従者のジュダンには連絡を取り、

秘密裏に動いて貰ってはいるが。


第二王子マイセルの婚約者である
リトレイジ嬢がマイセルから情報を受け取ってくる。

王妃側の動きが分かれば
行動を決めれる。

全面的信用なんてしないが、
多方向から思考するひとつの材料になる。

そのためにリトレイジ嬢との接触が増えたのだが……。




そんな事をまだ寝ぼけている頭で
考えていた時、

突然背中をバシッと叩かれた。

一瞬目から火花が散ったかと思うくらい強い力で
一気に目が覚める。

「っ……!?」

俺が訳もわからず目を白黒させていると、
元気な声が俺の横を通り過ぎて行った。

「おはようシモン!今日も一日頑張ろー!」

婚約者のニコだった。

声を聞いたのはいつぶりか。

そんな微妙な距離感を全く感じさせない、
昔となんら変わらない笑顔を俺に向けていた。

俺の背を叩き挨拶をして駆け抜けて行くニコ。

相変わらず王女らしくない行動に
只々呆然と見送るしかなかった。

その時後ろから不意に声をかけられる。


「まぁ元気なお方ね。
ガサツ、と言った方がいいのかしら。
あんな方が次期女王?
イコリスの将来も思いやられますわね」

元婚約者のルチア=リトレイジだった。


「イコリス国民もみんな元気だから
あいつはアレでいいんだ」

そう言って俺は先に歩き出す。


「んもう、待ってよシモン様」

リトレイジ嬢は足早に追いかけて来て、
俺の隣を歩き出した。

「マイセル様から
伝言をお預かりしてますわ、お二人が直接会うわけにはいきませんものね」

リトレイジ嬢が微笑む。


ニコを遠ざけ、こんな事をしているから周りには
俺たちが自由恋愛をしていると思われている。

俺は日に日に心が冷えていく感覚がしたが、
敢えてそれには気付かないフリをしている。

そうでないと心が折れそうだったから。



放課後、
例の如く執行部の仕事をしている時の事、

書類にペンを走らす俺を見て
リトレイジ嬢が言った。

「随分安っぽい万年筆を使われていますのね、
今度もっと良い品を贈らせていただきますわ」


俺は今使っている万年筆に視線を落とした。

15歳から愛用している万年筆を。

「……いや、これが気に入ってるんだ」

「そんな安物を?」

リトレイジ嬢は訝しげに俺を見る。

安物でもいいんだ。

俺はこれがいい。


「そういえば、一年は明日が
クラス交流会の日だったな?」

生徒会長を務める二年生の先輩がそう言うと、

「ええそうなんです。晴れるといいのですが」

と同じ一年の執行部役員が返事をした。

クラス交流会とは
A.B.Cクラス対抗で競技や球技、
年によっては剣技の試合をして互いに親睦を
深めようという学園の恒例行事の一つだ。
こういうのがなければ、
それぞれのクラス、学力の差があり過ぎて
なかなか交流がない。


「今年の交流会は何をするんだ?」

副会長の先輩が言った。

「なんと……今年は剣技です!」

「珍しいな」

「毎年投票で種目を選ぶんですが、
今年はダントツで剣技の票が多かったんですよ」

「今年は腕に自信アリの生徒が多いという事か、
これは楽しみだな。見学に行くよ」

会長がそういうと、皆が「おおっ!」と感嘆の声をあげた。

「シモンはかなり使えそうだなぁ。
俺、シモンとだけは当たりたくないなぁ」

同じ一年のヤツが言う。

俺はふっと笑うだけに留めておいた。

「うわっ、余裕か!」



明日のクラス交流会、

剣技となればやっぱりアイツ、

出るんだろうなぁ……






◇◇◇◇◇



今日は楽しみにしていた
クラス交流会の日だ!

なんで楽しみにしていたかと言うと……


今年の種目が剣技だから!

うふふ、こう見えてもわたし、

剣技の腕にはかなり自信アリなのだ。

だってイコリス騎士団仕込み、

しかも最強の騎士と謳われた熊ックスこと
バックス=デューダー仕込みなのですよ。

今年の女子の部の優勝はいただきましたよ!

とはいえ、やはり剣技だから女子の参加率は低くてほとんどいない。
なので女子の部は無くなってしまった。

だから、どうしても参加したい女子は
男子生徒の一人とダブルスを組んで、
二対二の対抗試合に出場するのだ。

コレットは
「私、スプーンよりも重いものは持った事が
ございませんの!」
と言い、見学の方に回った。

じゃあフォークは?
と言いたくなったけど
怒られそうだったからやめた。


わたしは
こう見えてもトレリア帝国の公子であり、
トレリア騎士団の準騎士として籍を置いている
ダズ=ワーダーにタッグを組んでもらい、
試合に参加している。

わたしの剣の腕前を全く信用していなかったダズ。

第一試合でわたしが
ダズにほとんど手を出させずに相手二人を負かした時の彼の驚いた顔といったら見ものだった。
ウチの宮廷画家に描かせて居間に飾りたい
ほどだったわ。

でも試合が進むにつれ、
やはり相手の腕前も相当なものに
なってくる。

でもダズのナイスアシスト、
そしてダズ自慢の見事な剣技により
わたし達は決勝まで勝ち進んだ。

ダブルスの決勝の前に
男子のシングルの試合の決勝が行われる。


決勝戦には
もにろんシモンが出場する。

シモンは14歳からわたし以上に
騎士達と鍛錬してきたし、
入学前には熊ックスの手を煩わせるほどの腕前になっていた。

わたしは試合が行われる
競技場へとやって来た。

遠くにシモンの姿が見える。

近くにはもちろんルチア様の姿が。

ぶすくれシモンが無表情なのは標準装備だけれども、
ルチア様の蕩けきった表情には殺意が湧いた。
……ほんの少しだけよ、少しだけ。


そしていよいよ試合が始まる。

シモンの対戦相手はCクラスの男子生徒だった。

ホントに16歳?と目を疑うくらい、
大きな体躯の持ち主だ。

間違いなくパワータイプね。

試合開始の火蓋が切って落とされてみれば、
やはり相手の剣は重くて、
一撃一撃に体重が乗っていて厄介だ。

ちょっと掠っただけでも
ダメージをくらいそう。

でもシモンはもっと熊みたいに大きな男の、
もっと重くて、
しかもスピードもあるというとんでもない剣を受けて来たのだ。

こんな相手に負けるシモンではない。

わたしは他クラスというのも忘れて
つい大声で叫んでいた。

「行っけーー!
シモーーン!ぶちかませっーー!!」

その瞬間、
シモンが激しく地面を蹴った。
そして一瞬で相手の間合いに入り込み、
ボンメル(柄頭)で相手の顎を下から突き上げた。

顎を打たれ、脳を揺さぶられたであろう対戦相手はそのまま気絶した。

「それまで!勝者、ジリル=シモン!」

教師が判定を下す。

その瞬間、シモンの優勝が決まった。

「やったーー!」

わたしは嬉しくて
思わずダズの手を握ってピョンピョン跳ねた。

ダズが呆れた口調で言う。

「お前なぁ……他クラスの優勝を喜ぶなよ」

「だって、残念ながらBクラスは関係なかったもの。だから少しくらいいいじゃないですか、ワーダー卿?」

「ったく……」

そう言ってダズはわたしの鼻を
デコピンならぬ鼻ピンした。

その様子をシモンが見ていた事など
わたしは全く気付いてなかったけど。



そしていよいよわたし達の試合だ。

今のわたし、
なんだか誰にも負ける気がしない。

まずは速攻で女子の方を潰す!(無情)

そしてその後一人残った男子を
ダズとわたしとで寄ってかかって
叩きのめす。(鬼畜)

ふふふ……勝ったな、わたしは勝利を確信した。


「はじめっ!」

審判役の教師により試合開始の合図が告げられる。

わたしは予定通りに
先手必勝で女子の方へ向かい、
相手に反撃の隙を与えないうちに沈めた。

そのわたしへ相手側の男子が
上段から払って来る。

それをダズが剣で受けた。
さすがダズ!
来てくれると思ってましたよ!

その後はこれまた計画通りに
ダズと交代で相手を攻め、追い詰める。
しかしこの相手、相当使えるわ。
是非イコリス騎士団にスカウトしたい。

でもこちら側の執拗な攻撃にイライラの限度を超えたのか、
男子生徒がポニーテールに結っていた
わたしの髪を掴んだ。

「!!」

急に髪を掴まれ頭が首ごと後ろに持っていかれる。

その瞬間、わたしの髪から髪飾りが外れて飛んだ。

「あっ!!」

わたしは変な体勢のまま髪飾りの方へ飛ぶ。

「っ……!」
足が変な方向へ曲がった気がしたけど、
構わず髪飾りを掬い上げた。

そのわたしに相手側の男子生徒が襲いかかる。

髪を掴むなんて許せない行為だが
戦場ではそうではないし、
まだ剣を握ったままのわたしが
攻撃対象なのは仕方ない。

わたしは衝撃を覚悟した。

でも危機一髪、ダズが間に合ってくれた。

相手の剣を受け、
受けたまま己の剣ごと絡めて回し、
相手から剣を奪い取った。

そして相手の首筋に剣を突きつける。

「それまで!」

試合の勝敗は決まった。

我がBクラスの優勝だ!


良かったぁぁ……!

最後危なかったけど勝てて良かったぁ。

ダズ、グッジョブ!

わたしは試合よりも髪飾り捕獲を
優先させてしまった。

だってとても大切な髪飾りだから。

15歳の誕生日にシモンから貰った
大切なわたしの宝物。

試合が終わったけどダズは
わたしの髪を掴んだ抗議を相手の男子生徒にして
いた。

わたしは立ちあがろうとしたが
そうはいかなかった。

「痛っ!」

足を捻ったらしい。

痛みが酷すぎでとても立ち上がれなかった。

ど、どうしよう……。

困っているとダズが戻って来た。

「どうした!?足を傷めたのか!?」

「痛た……う、うんそうみたい、ゴメンね最後、
足手纏いみたいになっちゃって……」

「それは気にするな。
こりゃあ捻挫か骨折か?とにかく医務室で処置しないと……体に触れてもいいか?」

ダズが少し照れ臭そうに話す。

「へ?なんで?」

「その足じゃ歩けないないだろ?
横抱きにして運ぼうと思うんだが……その……体に触れる事になるから……」

な、なんだかそんな恥ずかしそうにされると
意識してしまう!

やめて!

赤面してしまう!

「う、うん……大丈夫。
よろしくお願いシマス……」

わたしが俯いで言うと、

不意にダズと反対方向の視界に影が落とされた。

「?」

そちらの方向を見ると
いつの間にか側に来ていたシモンが
わたしを抱き上げた。

「俺が運ぶ」

「シ、シモン……」

「俺のパートナーだけど」

何故かダズが食い下がる。

「俺の婚約者だ」

「!」

シモンのその言葉にわたしは驚いた。

みんなの前でそんな事言ってもいいの?


周辺の生徒からざわめく声が聞こえる。

シモンはそれ以外何も言わず、
そのままその場を立ち去った。


その様子を
ルチア様が歯軋りをして見ていたなんて
知りもしなかった。


わたしは今起きている事が信じられない気持ちで
いっぱいだけど、たまらずシモンの首に縋り付く。


だってこんなに近くにシモンがいる。

絶対に逃したくなかった。


情けないけど涙が出て来る。

……ずっ…ぐずっ


シモンが押し殺すような声で言った。

「ごめんニコ。ホントにごめん」

それは何に対するゴメンなの?

わたしを置いてモルトダーンに
帰るという意味?

わたしが認めないって言ったら迷惑?


「俺は今、命を狙われている。
近くにいると巻き込んでしまうから
ニコと距離を取ったのに、我慢出来なかった」

「何を我慢出来なかったの……?」

「他のヤツがお前に触れること」

「~~~~シ"モ"ン"……!」

ぶわわっと音を立てそうなほど
わたしの涙が溢れ出す。

「……でもやはり迂闊だった……
アルノルトの事を責められないな……
これでニコが目を付けられてしまったかもしれない」

「シモン、どうしてちゃんと説明してくれなかったの?わたし、その事はマイセル殿下から知らされたのよ?」

「マイセルに会ったのか?何を言われた?」

「……シモンがモルトダーンに戻ったらルチア様と婚約を結び直すだろうから、今のうちから交際を
認めろとか、イコリスに婿入りするのは自分になりそうだとか、わたしとは上手くやっていけそうだとか……」

「ちっ、アイツ……」

「ねぇシモンは本当はどうしたいの?
モルトダーンに戻って立太子したいの?」

わたしはイヤだけど
ホントにイヤだけど

シモンがそう望むのなら諦めるしかない。

「………今はまだ、俺自身がどうなるかわからないから、はっきりした事は言えないが……俺がモルトダーンに帰ると、その後マイセルがイコリスの次期王配になるんだよな?」

「そう……なるわね」

「……お前が女王でマイセルが王配?
イコリスの先には滅亡しか見えないな」

「ひどい!」

「だから……俺がお前を支えるんだろ」

「え?」

「お前が女王になった時、
俺が王配になってお前を公私共に支えるんだろ」

今の言葉の意味がわからないほど
わたしの頭は悪くないつもりだ。

わたしは震える手でシモンの頬に触れようとした。

「それって……シモン、それって……

「それは一体どういう事ですのっ!?」



わたしの声は

わたし達の後を追って来ただろう

ルチア様の大きな声にかき消された。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



いつもお読みくださりありがとうございます。
そして感想もありがとうございます!

ひとつひとつにお返事出来なくて
申し訳ないです。

でも全部拝読させていただき、
更新の励みにさせていただいております。

本当にありがとうございます。


も一つひとり言

昨日のひとり言で、
「シモンを信じる……」をご存知の方かお二方いらっしゃって、
ちょっと嬉しかったです☆




































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