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モコモコの術

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婚約者のクロードから感知し匂った香りが禁術の魅了ではないのかと推測しているチェルカ。

古い文献を調べても王宮内を探索してみても、これといった確証は得られなかった。
それどころか相変わらず婚約者であるクロビスにおざなりにされる日々が続いている。

王宮を歩けばそこかしこから聞こえる話し声。

「ほら、あの人よ。王女殿下の騎士である婚約者に相手にされない女性魔術師って」

「ぷっ、ラビニア殿下に比べたら見劣りどころじゃない地味さじゃない?そりゃあ婚約者に見向きもされないわよ」

「ラビニア様はお綺麗だものねぇ」

と、チェルカを蔑む声をちょくちょく耳にするようになり、今ではすっかりチェルカは婚約者に捨てられた可哀想な女魔術師の称号を欲しいままにしているのだった。

『べつに捨てられたわけじゃないんだけどな~』

なんて、心無い王宮での噂話に晒されながらもチェルカは我関せずと職務に没頭し、季節はいつの間にか初冬を迎えていた。


「きゃー寒いぃ……おかしいなぁ、昨日まで紅葉が綺麗だねぇって言ってなかったかしら?」

チェルカの言葉に同僚のマリナが呆れたように返す。

「紅葉なんてもうとっくに地面に落ちたわよ」

「え~ほんとう?じゃあその落ち葉で焼き芋を焼かなきゃ。えっと……落ち葉で上手くお芋を焼ける術式はどれだったかな~♪」

どこかにメモしてるはずだと、お気に入りのマイ手帳をパラパラとめくって術式を探すチェルカにマリナは言った。

「というか、あなたのそのローブを見ると、今年もモコモコチェルカの季節が来たんだなぁと感慨深くなっちゃうのはどうなのかしら?私、かなり感化されてる?」

「ふふふ。じゃあマリナのローブもモコモコにしましょうか~?冬は全てモコモコにすると温かいわよ~」

冬になるとチェルカは自ら考案した魔術、‘’モコモコの術”で王宮から支給される王宮魔術師の証であるローブの内側をモコモコのボア仕立てで肉厚にするのだ。
ブーツの中もモコモコに。
研究室の椅子の座面もモコモコに。
自宅アパートの中もありとあらゆるファブリックをモコモコにするのであった。

「でもそれならそろそろ男爵家実家から呼び出しがかかるんじゃない?」

マリナがそう言いながら温かいココアの入ったマグを手渡してくれた。
チェルカはそれを嬉しそうに受け取る。

「わ~いマリナのココア大好き♡ありがとう
~あ、ちょっと待って」

チェルカはそう言って口の中で何やら唱えた。
するとココアの中に入っていたミルクが泡立ち、マグの中でモコモコのホイップになって表面を覆った。
これもモコモコの術を応用したものだ。

「わ、ミルクフォームのココアになった。便利な術ね~」

マリナが嬉しそうに自分のマグを手にしてココアを飲んだ。
チェルカもココアを飲んで、モコモコのミルクフォームが付いて口髭みたいになった口元で言う。

「そうね。明日あたり連絡が来るかも。冬支度に来いって」

「あなたも律儀ねぇ。成人して家を出たんだから放っとけばいいのに。仕送りまでしちゃってさ」

「うーん……でもわたしにお金がかかったのは確かだし。ローウェル家は領地がないから貧乏だし、異母弟はまだ学生だし、ね」

チェルカがそう言うと白いモコモコの口髭をたくわえたマリナが「チェルカのお人好し」と言った。

チェルカの予想通り、次の日には一応実家であるローウェル男爵家から連絡が入った。
継母のレイシェルから直々のお達しだ。

「今年も家中をモコモコにしなさい」と。


◇◇◇


そうして次の非番の日に、チェルカは久しぶりにローウェル男爵家の小っさな屋敷へと行った。

モコモコの術で、ローウェル男爵家のカーテンや絨毯、衣服からクッションカバーまでありとあらゆるものをモコモコにするために。

久々に顔を合わせた継母のレイシェルはチェルカの顔を見るなりこう言った。

「相変わらず芋くさい子ね。年頃なんだから少しはオシャレに気を使いなさい」

「え?朝食に焼き芋を食べたのわかります?やだ無意識にオナラをしちゃったのかしら?」

「まぁもうホントにどうしようもない子ね。私のお古だけど若い時に来ていたワンピースを仕立て直しているから持って帰りなさいっ。お古でも無いよりマシでしょ!」

「は~い。ありがとうございます」

「ふん!さっさと家中モコモコにしちゃって頂戴。寒くて仕方ないわ」

「じゃあまず……」

チェルカはそう言ってから、レイシェルが肩から掛けているショールをモコモコにした。
これでまずは暖を取れるはずだ。

「……ふん、ありがとう」

レイシェルはツンツンして自室へと入っていった。

「あれぞツンデレというのね。お継母かあさまの場合はツンツンデレかしら?」

チェルカの存在は、継母のレイシェルにとっては晴天の霹靂であったと思う。
結婚して十数年経ってからいきなり、じつは認知していない娘が居たと知らされて。
夫が結婚前に関係を持っていた女性が生んだ子供。しかもそれを急に引き取るから面倒を見ろと夫に押し付けられたのだ。
その上家計が厳しいというのに夫は引き取った子供をアラバスタ伯爵家に嫁がせるために高額な魔導書を買い与えて勉強をさせた。
息子には国が保証する義務教育課程しか受けさせてやれないというのに。
レイシェルにしてみればたまったものではないし、
チェルカに対して当たりが少々キツくても仕方ない。チェルカはそう思っていた。
それでもレイシェルは決して嫌味は言えどもチェルカを虐げはしなかったし、嫌味は言えどもきちんと継母親としての責任を果たしてくれていた。

成人して、家にお金を入れるようになってからは少し関係が改善されたような気もする。
チェルカの仕送りで、異母弟であるナイジェルが貴族院学院の高等部に上がることが出来、寄宿生活を送れるようになったのだから。

まぁでもレイシェルはチェルカに対しなかなか素直になれないらしく、ツンツンした態度は相変わらずだけれども。

そんな事を思い出しながら、やがてチェルカは屋敷中をモコモコにし終えた。

「お継母かあさま、終わりましたよ~」

チェルカがそう告げるとレイシェルはトレイにお茶と焼き菓子を用意して居間に入ってきた。

「ふん、ご苦労さま。それを食べて飲んだらさっさとお帰りなさい。旦那さまが帰ってきたらまた煩くてかなわないわっ。ご自分のことを棚に上げてっ……まったく男ってどうしようもないわね!」

とぷんすかと怒りながら。

「は~い。いただきま~す」

チェルカはそう告げて用意してくれたお茶と焼き菓子を美味しく戴いた。
お茶は安物の茶葉だけどレイシェルが丁寧に淹れてくれたのがわかるし、この焼き菓子もきっとチェルカが来るからと朝から焼いてくれたのだろう。

それに今のチェルカが父親であるゲスタンとは顔を合わさない方がいいとレイシェルはそう思ってくれているようだ。

王女に夢中になったクロビス。
その心変わりともいえるクロビスの行動を全てお前の所為だとゲスタンはチェルカを責め立てるのだ。

チェルカに魅力がないから婚約者の心を繋ぎ止めていられないのだと。
仕事ばかりして色気のイの字もないからこうなるのだとチェルカを責める。
どちらも言われて仕方ないことなのに。

「は~美味しかった。ご馳走様でした」

お茶とお菓子を戴き終わると、レイシェルが追い払うように言った。

「食べたなら旦那さまが帰宅される前にさっさとお帰りなさい!仕立て直したワンピースを忘れるんじゃありませんよ!」

「はい。あ、お継母かあさま、これをどうぞ」

チェルカはそう言って鞄から小さな小瓶を取り出した。
それを受け取りレイシェルが怪訝そうに言う。

「……なんですかこれは?」

「わたしが調合した香油です。研究室の余りもので作ったのでタダですよ。ローズの香りに近づけるように苦心しました。髪や乾燥した肌に使ってくださいね」

「ふん!またあなたは研究室の備品でこんな物を作って……!見つかって叱られても私は知りませんからね!」

「ふふ、大丈夫ですよぅ。もう捨てるというものの中身を少しずつ集めて作ってますから」

「まったく!浅ましいこと!仕方ないから使ってあげますよ!」

口では不遜なことを言いながら、レイシェルは大切そうに小瓶をポケットに入れた。
それを見てチェルカは笑みを浮かべてレイシェルに礼を言う。

「ありがとうございます」

「ふん!」

その時、ローウェル男爵家の唯一の使用人である下男が告げてきた。

「旦那さまのお帰りですっ」

「っ!大変!ほらさっさと帰りなさい!あれ、あれよ!あれが使えるんでしょっ?あの魔法でパッと帰れるやつ!」

「転移魔法ですね。はい使えますよ」

「それならそれを使って早く消えなさい!男爵さまに捕まってまたネチネチとお小言をくらうわよ!」

「はい。それではお継母かあさま。失礼しますね。今度はモコモコの術の解術かな?それまでお元気で~」

「ふん!あなたもへらへらして風邪なんて引くんじゃありませんよ!」

「は~い」

チェルカはそう返事をして、転移魔法にてローウェル男爵家を後にしたのであった。

あと一分でも帰るのが遅れていたらゲスタンに捕まっていただろう。

危機一髪、助かって良かったぁ~と思うチェルカであった。


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