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宴①
しおりを挟む会場に着くと、既にほとんどの出席者が席につき、宴の始まりを待っていた。
今夜の宴は着座式だ。身分の順に席が設けられているので、王弟である父の名代の私は当然国王の隣。この席次なら、万が一にもフランツと接近することはないだろう。
残念なような、ほっとしたような、なんとも言えない気持ちだ。
真っ白なリネン生地のテーブルクロス。
その上にずらりと並ぶ、目にも鮮やかな料理の数々。
王宮の、しかも着座式の宴ともなると、料理への力の入れ具合が半端ではない。
贅沢には慣れている私でも驚くほど、どれも高価な食材が使用されていた。
──あら?隣は誰の席かしら……
国王が着席する時間だというのに、私の隣の席は空いたまま。欠席者だろうか。
「伯父さま?私の隣はどなたなの?」
「ん?ああ、そこはね……おっ!今宵の主役がようやく来たか!さあさあ、君の席はここだよ」
突如、伯父が声を弾ませ手招きして呼び寄せた人物に息を呑む。
──嘘でしょ……!!
会場の中央を気品ある佇まいでこちらに向かって歩いてくるのは、黒髪の男性。
なんと、隣の空席の主はフランツだったのだ。
明らかにおかしい席次に作為的なものを感じ、即座に隣の叔父に目を向けるも、いっそ清々しいほど爽やかに無視された。
顔を戻すと近づいてくる彼と目が合う。
どくどくとうるさい心臓の音。
私は理性を総動員して平静を装った。
「あの……先ほどはありがとうございました」
着席し、背の高い彼を見上げる体勢の私に気を遣ったのか、フランツは腰を屈め、耳の近くに顔を寄せて礼を述べた。
近くで見ると、彼の顔はまだ赤い。
ゲオルクは本当にちゃんと診てくれたのだろうか。
そしてフランツは本当に私の隣に座る気なのか。
「失礼します」
騎士とはいえ、さすが貴族の令息。
椅子に座る際の所作も優雅だ。
それにしても顔がいい。
泣けるくらい顔がいいわフランツ。
どんなにいけないとわかっていても、細部まで舐め回すように盗み見てしまう自分が嫌になる。
やっぱりまだ好き……愛してるのよ。
──やだ、視界が滲む……駄目よ泣いちゃ……
「あの……大丈夫ですか……?」
フランツは様子のおかしい私に気づいたのか、心配そうに声をかけてきた。
まさか、あなたの口から私を心配する言葉が聞けるなんて、思いもしなかった。
走馬灯一周目は本人そのものの無口さだったのに、二周目バージョンはやけに喋るし優しいのね。
まるで、二周目は私へのご褒美みたいだ。
決してそんな素敵なものをもらえるような立場じゃないのだけれど、くれるなら素直に受け取ってもいいよね。
だってここは、誰にも迷惑をかけることのない走馬灯なんだから。
「ええ……シャンデリアが眩しくって。ふふ、きっと今夜のために、使用人のみんながとても頑張ってお掃除してくれたのでしょうね……あの、ロイスナー卿。もうお加減はよろしいの?」
「ええ。ゲオルク医師にも診ていただきましたが、人の熱気にあてられたのだろうということでした」
「そうですか……それならよかった」
ゲオルクの診断の怪しさはともかくとして、私は、今こうやってフランツと普通に会話できていることに、自分自身信じられない気持ちだった。
そんな些細なことにも感動してしまうくらい、現世では、顔を合わせることも避けられていたような節があったから。
私さえ彼を好きにならなかったら、せめて友人くらいにはなれたのだろうか。
──そんなの、今さらよね……
「ローエンシュタイン嬢がゲオルク殿を呼びに行ってくださったのだと聞きました」
「いえ、そんなことありません。たまたま行き会ったのですわ」
だからどうか気にしないで、と続けるはずだったのに、私は言葉を失ってしまった。
なぜならその時、フランツが口元を綻ばせたからだ。
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