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 ラザフォード侯爵邸は突然の王太子の訪問に騒然とした。

 「こ、これは王太子殿下!」

 小走りでやってきたラザフォード侯爵の声は上擦っている。

 「ああ、突然すまないね。昨夜のことも含め、侯爵と少し話がしたくてね」

 「そ、それはありがたいお言葉でございます!王太子殿下も昨夜のことについては納得いかないご様子でしたから、じっくり話しましょう!さあ、どうぞこちらへ」

 「もう一人の子息はいないのか?」

 「え?あ、ああヴィンセントのことでございますか。あやつなら部屋にいると思いますが……なにかございましたでしょうか?」

 「ああ。彼にも話があるのでね。呼んでもらえるかな?」


 ローレンスが応接室へ通されてから十分ほどして、慌てて支度をしたのだろうヴィンセントが、息を切らしてやってきた。

 「王太子ローレンス殿下にお出でいただけるとは……光栄の至りでございます!」

 優雅に礼を取る様はさすが名門侯爵家の令息だ。
 
 ────だが、気に入らない

 朝風呂でイアンから聞いたラザフォード侯爵家の内情は驚くべきものだった。
 当然この家の歪な事情はローレンスも聞き及んでいたが、イアンから聞いた内容はその何倍もひどいものだった。
 でっきりローレンスは、不遇な身の上のアーヴィングが、偶然知り合う機会を得たアナスタシアの地位と権力目当てで近づいたのだとばかり思っていた。
 しかしそれが勘違いだったのだということを、今朝イアンからこってりたっぷり言い聞かされた。
 父親であるラザフォード侯爵は、貴族らしい貴族というべきだろう。
 価値を見出した途端アーヴィングの扱いを変えた。人を優劣と損得で判断するのが貴族の間では当たり前だからだ。
 それは王宮内でも当たり前に行われるていること。
 ローレンスの父と母はそのような人間ではなかったが、歴代の王族が時に血に塗れた歴史を刻んだのもそのせいだ。
 だから、父親の方は逃してやってもいい。アーヴィングの実家を潰せば、アナスタシアもいい顔はしないだろう。
 だがこの男ヴィンセントは逃しはしない。

 「やあヴィンセント。急に悪かったな。堅苦しい挨拶はいいから座りなさい」

 「はい!」

 名前を呼ばれたヴィンセントの瞳は高揚を隠しきれていない。ここまであからさまになにかを期待するような様子の人間に会うのは久し振りだった。

 「今日は君の弟であるアーヴィングのことについて、少し聞きたいことがあってね」

 「あいつはとんでもない詐欺師です!今すぐアナスタシア殿下から引き離すべきです!」

 「詐欺師?それは穏やかじゃない言葉だな」

 「お、おいヴィンセント!」

 突然喋り始めたヴィンセントを止めようと、ラザフォード侯爵が割って入る。
 
 「いや、いい。どういうことか説明してくれるかい、ヴィンセント」

 しかしローレンスはそのまま続けるよう促した。ヴィンセントは目を爛々とさせ、やや早口でまくし立てた。

 「そもそもあいつは、生まれた時点で既にアナスタシア殿下に近づく資格がないのです!なぜなら卑しい血が混じっているから!それも平民の血が!
 だがなにせ父を誑かした女の子どもですからね。見た目がまあまあいいでしょう?きっとその顔を使ってアナスタシア殿下に取り入ったんですよ!あることないこと話を作って盛って……アナスタシア殿下はあいつに騙されているんです!」

 「ほう、そうか……それは実に興味深い話だね……」

 「ええ!ですからローレンス殿下!このヴィンセントがあの卑しい異母弟からアナスタシア殿下をお救いいたします!!」

 身を乗り出すようにして訴えたヴィンセントに、ローレンスは優雅に微笑んだ。

 「そうか……ではヴィンセント。まず、アナスタシアの病について、君がどこから情報を得たのか教えて貰おうか」

 「え……?」



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