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しかしやはり、幸せな時間とはあっという間に過ぎてしまうもので。
「では、私はここで失礼いたします」
王族の暮らす宮殿へと通ずる入り口まで来ると、ユーインはリーリアに向かって軽く頭を下げた。
「あ、あの、ユーイン様」
「……なにか?」
「いえ……今日は色々とありがとうございました。また次の講義を楽しみにしています」
本当は自宮でお茶でもどうかと誘いたかった。
けれどただでさえ迷惑をかけたあとに、そんな図々しいことを口に出す勇気がリーリアにはなかった。
来た道を戻っていくユーインの後ろ姿を名残惜しく見送っていると、姿を消していた護衛がどこからかひょっこりと目の前に現れた。
「なんでお誘いしないんですか!?絶好の機会でしょうに!」
「アーロン!あなたどこにいたの?」
「気を利かせて離れてたんじゃないですか。殿下があのいけすかない野郎に絡まれてるのを見て、すぐさま駆け付けようと思ったんですが、私よりも早くユーイン殿が割って入っていたので……こりゃお邪魔だなと思って」
そばかす顔のアーロンは、得意気な顔でまるで“どう?俺って偉いでしょ?”とでも言いたげだ。
アーロンは、ドニエの森での一件以来ユーインとも顔見知りだ。
近衛騎士と魔導師では気が合わないかと思いきや、意外にもアーロンはユーインの飾らない人柄に好感を持っているらしい。
そしてやはりと言うべきか、クレイグのことは気に入らないのだとか。
「アーロン、我が国の筆頭魔導師に対して“いけすかない野郎”なんて、誰かに聞かれたら大変よ?」
「誰も聞いてやしませんよ。万が一聞かれたとしても、あいつを好きな奴なんてそうそういませんから大丈夫です。……それにしても、殿下も厄介な男に好かれて大変だ」
「クレイグ様の態度はあなたの言う“好き”とは違うと思うけれど……」
「そうですかねぇ」
アーロンは納得していない顔だ。
クレイグはその功績をもってして、政治に関して口出しすることもあるのだという。
このアルムガルドでは、これまで宮廷魔道師が政治に介入することは皆無だった。
いや、国がそうさせないようにしていたのだ。
宮廷魔道師はあくまでも王国の考えに付き従うものとされている。
だからこそ身分の隔てなく教育や衣食住に関することが充分に保証されてきた。
手懐けるための対価といえば聞こえは悪いが、厄介な一大勢力である教会の他に、宮廷魔道師団にまで権力を持たせることは得策ではないと考える者が多いのは事実。
しかし、魔物の力が勢いを増す昨今の情勢から、宮廷魔道師たちの意見を無下に扱うこともできないのだろう。
そんな上の者たちの心の揺れを上手く突いたのがクレイグだ。
野心家な一面を持つ彼が、王女であるリーリアに取り入ろうとするのはごく自然なこと。
権力に擦り寄ろうとする人間は、なにもクレイグだけに限らない。
リーリアだって、そういう人間はこれまでにたくさん見てきた。
「心配しすぎよアーロン。さ、中に入りましょう。きっとパティがお茶を用意してくれているわ」
宮殿の奥からは焼き立ての菓子だろうか、甘い匂いがほのかに漂ってくる。
ユーインをお茶に誘えなかったのは残念だったけれど、ここまで話をしながら一緒に歩けたことだけでも、リーリアの胸は幸せでいっぱいだった。
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