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第二部
24.私のリディアお嬢様③ ローレッタ視点
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しかし、昨日ぶりに見たお嬢様は、ベッドの上で丸まり、すっかり沈みきっている様子だった。
具合が悪いのかと尋ねると、心底だるそうにそうだと告げる。
部屋の空気は心なしか淀んでいるように感じた。息をするのも苦しいような禍々しい空気。その上、血のにおいが混じっているような気がする。
まさかお嬢様はけがをしているんじゃないかと不安が脳をかすめた。
無礼は承知でお嬢様の服のボタンを外す。服の下から現れたのは、ところどころ血のにじんだ、禍々しい黒い文様だった。
「お嬢様、何ですか、これ……! 黒い文字みたいなものがたくさん……! 病気じゃないですか!?」
「お父様に儀式を受けるように言われて、気味の悪いローブの女に入れられたの。病気じゃないわ。早く出て行って」
お嬢様の声は淡々としていた。けれど、いつも見ていた私にはわかる。彼女は今、ひどく気力を奪われていると。
こんなのあんまりだと思った。なぜ、お嬢様がこんな目に遭わなければならないのだろう。
お嬢様の肌は、白くて傷一つなくて、とてもきれいだったのに。それがこんな醜い文様を入れられるなんて。
思わず憤りの言葉が口から溢れる。どうしてお嬢様が。こんなのあんまりです。取り乱す私を睨みつけ、お嬢様は怒鳴った。
「そんなこと言ったってどうしようもないでしょ!? とにかく私は寝てたいの! 早くどこかへ行ってちょうだい!」
お嬢様はそう言った後、少し気まずそうな顔をして視線を逸らした。お嬢様に怒鳴られるのなんて初めてのことだった。
お嬢様の言う通りだ。どうしようもない。少なくとも私がいくら文句を言ったところで、公爵のやることを止めるなんてできるはずがないのだ。
私は助けてくれたこの人がひどい目に遭わされていても、何もすることができない。
自分の役立たずさが嫌になって、ぎゅっと強く唇を噛む。
このままお嬢様の言う通り、出て行ったほうがいいのだろうか。私がそばにいないほうがいいのかもしれない。でも、沈みきっているお嬢様を一人にするのは嫌だ。
「わかりました! それなら私、お嬢様が寝るまでお話しをしてます」
「は……?」
私が言うと、お嬢様は呆れた顔をこちらに向けた。
明らかに拒否している顔だったが、構わずお嬢様の興味を引きそうな話を頭から引っぱりだす。
「何がいいかな。あっ。それじゃあ、クロフォード公爵家の人たちの話なんてどうでしょう」
そう言った途端、うんざり顔だったお嬢様の目に鈍い光が差した。
私がほかのメイドたちが噂していたことを語り始めると、お嬢様の目の輝きは一層増していく。
この家の実情はひどいものだ。そもそも人をさらってきて魔獣に食べさせようとする時点で、異常なのはわかっていたけれど。
しかし、この家の歪みはそれだけではない。
外では理想の夫婦なんて言われている公爵と夫人の間に愛はなく、それどころか互いに心の奥では憎み合っている。
優秀な跡取りだとされるブラッド様は夫人の血を引いていないし、天使のようだと誰もが褒めるシェリル様は公爵の血を引いていない。
七歳にして性悪だと知れ渡っているリディア様が一番ましなくらいなのだ。
お嬢様はいつの間にかベッドから身を乗り出すように話を聞いていた。リディア様に関してはおもしろい話がなくて残念に思ったが、お嬢様はリディア様がアデルバート様に嫌われていると知ると、なぜか大変嬉しそうにしていた。
しまいにはお腹を抱えて笑いだす。
私は嬉しくてたまらなかった。悲しそうだったお嬢様が笑顔になったのだ。お嬢様が喜ぶなら、いつまででも話し続けられる。
私はその日から、メイドたちの噂話に耳を澄ませるようになった。
お嬢様が喜びそうな話は、一つたりとも聞き逃したくない。
私は噂話というものに心から感謝した。
人々の暗い好奇心を満たす話には、聞いた人にちょっと正しくない元気を与えてくれるらしい。
正しくなくてもお嬢様が笑顔になってくれるならそれでよく、私は噂話が大好きになった。
具合が悪いのかと尋ねると、心底だるそうにそうだと告げる。
部屋の空気は心なしか淀んでいるように感じた。息をするのも苦しいような禍々しい空気。その上、血のにおいが混じっているような気がする。
まさかお嬢様はけがをしているんじゃないかと不安が脳をかすめた。
無礼は承知でお嬢様の服のボタンを外す。服の下から現れたのは、ところどころ血のにじんだ、禍々しい黒い文様だった。
「お嬢様、何ですか、これ……! 黒い文字みたいなものがたくさん……! 病気じゃないですか!?」
「お父様に儀式を受けるように言われて、気味の悪いローブの女に入れられたの。病気じゃないわ。早く出て行って」
お嬢様の声は淡々としていた。けれど、いつも見ていた私にはわかる。彼女は今、ひどく気力を奪われていると。
こんなのあんまりだと思った。なぜ、お嬢様がこんな目に遭わなければならないのだろう。
お嬢様の肌は、白くて傷一つなくて、とてもきれいだったのに。それがこんな醜い文様を入れられるなんて。
思わず憤りの言葉が口から溢れる。どうしてお嬢様が。こんなのあんまりです。取り乱す私を睨みつけ、お嬢様は怒鳴った。
「そんなこと言ったってどうしようもないでしょ!? とにかく私は寝てたいの! 早くどこかへ行ってちょうだい!」
お嬢様はそう言った後、少し気まずそうな顔をして視線を逸らした。お嬢様に怒鳴られるのなんて初めてのことだった。
お嬢様の言う通りだ。どうしようもない。少なくとも私がいくら文句を言ったところで、公爵のやることを止めるなんてできるはずがないのだ。
私は助けてくれたこの人がひどい目に遭わされていても、何もすることができない。
自分の役立たずさが嫌になって、ぎゅっと強く唇を噛む。
このままお嬢様の言う通り、出て行ったほうがいいのだろうか。私がそばにいないほうがいいのかもしれない。でも、沈みきっているお嬢様を一人にするのは嫌だ。
「わかりました! それなら私、お嬢様が寝るまでお話しをしてます」
「は……?」
私が言うと、お嬢様は呆れた顔をこちらに向けた。
明らかに拒否している顔だったが、構わずお嬢様の興味を引きそうな話を頭から引っぱりだす。
「何がいいかな。あっ。それじゃあ、クロフォード公爵家の人たちの話なんてどうでしょう」
そう言った途端、うんざり顔だったお嬢様の目に鈍い光が差した。
私がほかのメイドたちが噂していたことを語り始めると、お嬢様の目の輝きは一層増していく。
この家の実情はひどいものだ。そもそも人をさらってきて魔獣に食べさせようとする時点で、異常なのはわかっていたけれど。
しかし、この家の歪みはそれだけではない。
外では理想の夫婦なんて言われている公爵と夫人の間に愛はなく、それどころか互いに心の奥では憎み合っている。
優秀な跡取りだとされるブラッド様は夫人の血を引いていないし、天使のようだと誰もが褒めるシェリル様は公爵の血を引いていない。
七歳にして性悪だと知れ渡っているリディア様が一番ましなくらいなのだ。
お嬢様はいつの間にかベッドから身を乗り出すように話を聞いていた。リディア様に関してはおもしろい話がなくて残念に思ったが、お嬢様はリディア様がアデルバート様に嫌われていると知ると、なぜか大変嬉しそうにしていた。
しまいにはお腹を抱えて笑いだす。
私は嬉しくてたまらなかった。悲しそうだったお嬢様が笑顔になったのだ。お嬢様が喜ぶなら、いつまででも話し続けられる。
私はその日から、メイドたちの噂話に耳を澄ませるようになった。
お嬢様が喜びそうな話は、一つたりとも聞き逃したくない。
私は噂話というものに心から感謝した。
人々の暗い好奇心を満たす話には、聞いた人にちょっと正しくない元気を与えてくれるらしい。
正しくなくてもお嬢様が笑顔になってくれるならそれでよく、私は噂話が大好きになった。
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