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【現在】居候、ときどき助手編

10.なぜかケンカをしちゃいました

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 私の手を繋いで歩くデュアは、男の人だったのだ。
 いや、性別がわからない程、私はそこまで馬鹿ではない。デュアが男の人だというのは、この世界に召喚された時から存じあげていた。

 ただその、アレだ。改めて異性として意識したというか、認識しなおしたということ。今更と思われるかもしれないけど、とにかく再会してからは記憶を持たないデュアに不信がられないように、取り繕うので精一杯だったのだ。
 
 だから時間差でやって来たこの感情に、まだちょっと心が追いつけず、一人でまごまごしていたら……。

 ────あたりの空気が一変したのに気づくのが遅くなってしまった。
 
 デュアが足を踏み入れたのは、闇市場と呼ばれるところだった。ほんの少し、路地裏に入っただけなのに、ここは悪い意味で別世界のようだった。
 表の市場でにぎわう声は、ここまで聞こえてくるのに、目の前の人たちはぜんぜん笑っていない。にごった目をして、値踏みするように通行者を睨みつけている。

 さっきまで目を奪われていた可愛らしい品々や美味しそうな匂いがする屋台は姿を消し、使い込まれた武器や、服用が躊躇われるような薬品、それからこの澱んだ場所に似つかわしくない宝石が並べられている。

 私を手を掴むデュアの手が、先ほどより強い。前を向くその姿は、さっきと変わらないはずなのに、眼光だけは異様に鋭い。辺りを警戒しながら歩くデュアにならい、私も背筋をぴんと伸ばして歩いていた、が。

「あー!!」

 私の叫び声に、デュアはもちろんのこと、屋台の定員から道行く人たちにまで、ギロリと睨まれてしまった。はい、ごめんなさい。でも、聞いて欲しい。それにはそれなりの理由があったのだ。

「ねぇ、デュアあれ見て」

 ちょっとだけ声を落として空いてる手でデュアの袖を引く。デュアは返事をしないけれど、こちらに視線を向けてくれたので、さらに声を潜めて続きを言う。

「あのお店で売ってるやつ、ほとんど私のものだ」

 あのお店といっても、地べたに布を広げただけの屋台ともいえないもの。でも、この闇市場はそんなお店しかないので、この表現でデュアに伝わる。

「……なるほど。盗品をすぐさま売り払っているわけか」

 はき捨てるように、デュアは呟く。さっきからピリピリしていたデュアだけれど、更にピリピリしている。いや、もうピリピリを超えてビリッビリだ。あ……違う、この感覚は忘れていたけれど、デュアは臨戦体制になっているんだ。デュアは兵士ではないけれど、王様の家臣だ。常に兼帯を許されている身分で、もちろん今日も腰に剣を吊っている。お願い、それ抜かないで。

「デュア、落ち着いて」

 空いている手で、剣の柄を抑えながら、私はデュアにそっと耳打ちした。

「考えがあるの。大丈夫、私に任せて」

 どういうことだと、デュアは私に問うが、そんなのイチイチ説明している時間はない。見ればわかる、あ、聞けばわかるが正解かな。というこで、私は肺いっぱいにくうきを吸い込むと、大声を張り上げた。


「うわぁー、あれ超ー可愛い!!!」

 声量は3倍、音階は1オクターブ上げる。でもって馬鹿さ加減はいつも通りで目的の屋台を指差す。場違いな私の声に、再び視線が刺さるが気にしてはいけない。
 今から私は、間違って路地裏に入り込んできたけれどそれに気づいていない、馬鹿な女の子を演じるのだ。

 デュアがお前何やってるんだと驚愕した表情で私の腕をつかもうとするが、それをするりとかわして、スキップをしながら、目的の屋台に向かう。

 ちなみに向かう先の屋台のおじさんは、まさに全力で悪いことして生きてます感がハンパない。その額の傷、わざとですかと聞いてみたいところだ。

 そんなおじさんの元にたどり着くと、私はちょこんとしゃがみ込んだ。

「ねぇーおじさーん、コレどこから仕入れたの?」

 問いかけながら、こてんと首を倒すのも忘れない。我ながらちょっとイタイと思うが、中途半端な演技はかえって見苦しい。今までの私を忘れろと自己暗示をかける。

「お嬢ちゃん、良い目してるね」

 おっ、警戒されずノッてきてくれた。いい調子、いい調子。ついでにキャハっと笑ってぶりっ子までしてみる。私の大事な何かが欠けたような気がするが、それは後でこっそり修復しておこう。今は穏便に私物を取り戻すことが先決なのだ。
 
「あらやだっ、おじさん、お世辞が上手だね。で、これ全部欲しいんだけど……」

 体をちょっとくねらせて人差し指で並べられた商品ならぬ私物を、端から端までぐるりと囲ってみせる。

「おや、太っ腹だね」

 そう言いながら屋台のおじさんがニヤリと笑った。あのぉ……おじさん【いいカモ、キター!!】って顔してるよ。私がいうのも何だけど、せめてもう少し隠そうよ。でも今は気付かないことにする。

「うん、任せて!支払いはあの人がするから」

 そう言って、私はデュアを指さした。瞬間、デュアの眉間にくっきりと皺がよった。もちろん、光速で私はデュアから視線を逸らしたのは言うまでもない。

 そんなこんなで、ちっと闇市場中に響く舌打ちをしながらもデュアは支払いをしてくれたのである。ありがとう、デュア。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 



「お兄さん、毎度ありっ」

 ご機嫌に手を振るおじさんに見送られ屋台を後にするも、デュアの眉間の皺はまだ取れていない。不機嫌に顔をしかめながら、まったくお前ときたら後先考えずウンタラカンタラと、ぶつくさ言っている。

「ケチケチしないでよ。事を荒立てるより、デュアの懐を痛めたほうがいいじゃん」

 デュアの説教が長いことは学習済みなので、先に自己主張をさせてもらう。

 デュアにとったら不本意な結末だったかもしれないけど、やっぱり平和的解決が一番なのだ。それに、揉め事になってデュアが怪我するのなんか見たくない。
 
 そもそも、これは私の軽率な行動が招いた事なので、デュアに立て替えて貰ったお金は、もちろん後で返すつもりだ。ただ、デュアには一宿一飯の恩義がある。それを返してからの返済になるので、当分先になりそうだ。【ご利用は計画的に】という言葉が脳裏を掠める。うん、そうだね。これ以上の借金は、しないように気をつけよう。
 
 一人で納得して、うんうんと頷く私だったが、そこでふとデュアが視界から消えたことで、急に不安になる。

「デュア、まだ怒ってる?」

 そう言いながら、首をひねってデュアを見つめる。
 今、私は両手に戦利品ならぬ、取り戻すことができた私物を抱えているので、手はつなげない。そんな私のすぐ後ろを、デュアは歩いてる。そして剣はいつでも抜けるように、左手を柄に添えている。
 この立ち位置は懐かしい。護衛スタイルだ。どれだけ不機嫌になっても、デュアは私の身を案じてくれている。それがたまらなく嬉しくて、申し訳ない。
 
「本当にごめんなさい。お金は、ちゃんと働いて返すから」
「……別に、金のことは気にするな。で、荷物は全部あったか?」

 口に出して怒ってないと言わないということは、まだ怒っているのだろう。ただ、これだけは言わせて欲しい。デュアの所持金が減ったように、私だって、自分の大切な何かを失ったのだ。これは痛みわけだ。

 そう力説しようと思ったけど、デュアに早く確認しろと急かされ慌てて通路の端のベンチを見つけて移動する。

 私はベンチに腰を下ろすが、デュアは立ったままだ。そしてまた気付いてしまう。デュアは歩行者から私を隠すように立っている。これもまた護衛のスタイルだ。
 もう、別にそんなことをしなくていいのに。それともあれか、職業病というやつなのかな。確かにデュアはワーカホリック過ぎる。

 じっとデュアを見つめていたら、もう一度、早く確認しろと急かされ、慌てて荷物をベンチに並べてみる。

 ───うーん、やっぱり、この世界の通貨はなかった。でも、それは予想していたから問題ない。それと、食べかけのパンもなかった。あ、それは私もいらない。ついでに、この全てを入れていた旅行鞄もないが、この世界ではどこにでもある麻袋を私が改造して旅行鞄として使っていただけなので、スルーでいいのだ。また作ろう。
 まぁ…あと、下着もなかったけど……デュアには黙っておこう。
 
 さて髪飾りに櫛と鏡。護身用のナイフとショール、それから万年筆も手元に戻ってきた。でも──あと一つ。

「……足りない」

 ぽつりと呟いた私に、デュアはぴくりと眉を動かしながら口を開く。

「高価なものだったのか?」

 取り戻せなかったものは、大切なものだったけど、決して高価なものではない。でも、安価なものとは言いたくなくて、そのものの名前を口にする。

「……日記帳がないの」

 しゅんと肩を落とした私に、デュアは人差し指を折り曲げ、口元に当てる。そして、しばらく考え口を開いた。

「新品だったのか?」
「ううん、半分以上は書き込んである」
「なら、諦めろ」

 にべもなく言われ、カツンとくる。
 てっきり何か取り戻す策でもあるのかと期待していた分、突き放されたような気がして、思わずデュアに食って掛かってしまった。

「なんでそんなこと言うのっ」

 自分でもびっくりするぐらい尖った声が出た。デュアも驚いたように目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻り静かに口を開く。

「向こうにとったらガラクタだ。多分、捨てられてるな」
「ガラクタじゃない、私の宝物なのっ」

 噛み付くように叫ぶ私に、デュアは今度は驚かなかった。ただ静かに、諦めろと同じ言葉を吐いた。

 冗談じゃない、誰がそう簡単にあきらめるものか。あの日記帳と戻ってきた万年筆は、デュアから贈られたものだ。両方とも日本のユキヤナギにそっくりな白い花が象ってあるもので一目で気に入った私は、聖女だった頃も、ホームレス中だって毎日ずっと日記をつけていた。
 いつか日本に戻った時、この世界のことを忘れないように何回も読み直そうって、運良く結婚できたら嫁入り道具にまでしようって決めていたものだ。

 二つの贈り物は、デュアからしたら単なる気まぐれだったのかもしれない。もしかして、もう少し勉強しろという嫌味だったのかもしれない。
 でもそんなのどちらでも構わない。気まぐれでも、嫌味でも私はあの時、すごく嬉しかったのだ。デュアには嫌われていると思っていたから、初めてデュアから私に話しかけてくれた思い出の品なのだ。

 でもそんなこと今のデュアには言えない。言えない代わりに私は唇をかみしめて、デュアを睨みつける。

「そんなことしたって駄目だ。帰るぞ」
「嫌っ。まだ帰らない」
「スイ、いい加減にしろ」
「いーやーだっ」

 癇癪を起こした子供のように私は首を激しく左右に振る。こんなことをしているけど私だって、デュアが言っていることが正しくて、諦めかけている自分がいる。それに、これだけ戻って来たのだって奇跡だ。たった一つ足りないからって、こんなに不機嫌になるのはおかしいと思っている。

 きっと他の人に言われたのなら、ここまで声を荒げたりしないだろう。でも、それを言ったのがデュアだから私は引けないのだ。デュアにだけは言われたくなかった。

 なんだ痴話喧嘩かと、周りから好奇の視線を浴びる。
 デュアがその視線を気にし始めていて、再び剣の柄に手を添える。それがまた腹立だしくて、こっちを向いて欲しくて、私はデュアの腕を掴んで、激しく揺さぶる。

「どうしても、取り戻したいのっ」

 ちゃんと聞いてと、睨みつけるたら、デュアはあからさまに溜め息をついた。それはまるで、言うことの聞かない子供に手を焼いている大人のため息だった。
 デュアに子ども扱いされるのは嫌いじゃない。でも、蔑ろにされるのは、たまらなく辛い。
 
 そんな私の気持ちを知らないデュアは、もっと酷い言葉を吐いた。
 
「わかった、わかった。新しい日記帳を買ってやる。もうそれでいいだろ」
 
 デュアにとっては折衷案のつもりだったのだろうか。でもそれは、私にとったら火に油を注ぐ行為でしかない。

 また買えばいい、取り替えのきくものだと言われたことが無性に腹立だしくて、私は力いっぱいデュアを突き飛ばした。手加減せず突き飛ばしたはずなのに、デュアはよろけることもしない。ただ、困り果てた顔で私を見下ろすだけだった。

「もういいよ。デュアは先に帰ってて」

 取り戻した私物は、ショールにくるんで一纏めにする。そして勢いよく立ち上がり、それをデュアに押し付ける。

「私、一人で探してくるから」

 そう言い捨てて、私は闇市場へと走り出した。待てとデュアが叫ぶけど、もちろん私はそれを無視する。すぐ後悔したけれど、それでも引っ込みがつかなかったのだ。
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