君と紡ぐうた

白川ゆい

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君と紡ぐうた

敵わない

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 その後、眠すぎてもう限界だったらしいエージさんに手を引かれて部屋に戻った。……あ、兄置いてきちゃったけど大丈夫かな。まぁいいか。友梨さんとお兄さん、葵さんはしばらくここにいるらしい。ここはあの人たちの家なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。なんかやだ。

「……エージさん」
「んー」

 ベッドに入ったあと、すでに目を瞑ってしまったエージさんに話しかけてみた。

「『EA』のAって、葵さんの頭文字って本当ですか」

 私の問いに、エージさんはうっすらと目を開けた。聞きたいような聞きたくないような。私の中で複雑な思いが交錯する。

「……あぁ」

 エージさんの返事に、私は一瞬言葉を失った。エージさん、まだ葵さんが好きなの……?

「……俺が高校生の時、アイツが家庭教師としてうちに来たんだ。昔から何事にも興味のなかった俺に、アイツは言った。『今まで聞いた中で一番歌がうまい』って」
「……」
「……嬉しかった。初めて兄貴に勝てた気がして。それで好きになって、いつかバンドを作って『EA』って名前にするって約束した」
「……」
「憎んでもいるけど感謝もしてる。本格的に歌をやろうと思ったのはアイツのおかげだから」

 私は、そんな大切な人に。エージさんにとって一番大切な歌を始めたきっかけになった人に。私は勝てるんだろうか。

「葵さん、綺麗な人ですね」
「陽乃のほうが可愛いよ」
「あの人が好きだったんですか?」
「俺はずっと陽乃が好きだよ」
「私、あの人に勝てるかな……」
「なんで勝つ必要があるんだよ」
「……」
「……」

 エージさんはキョトンとして私を見る。私もキョトンとしてエージさんを見てしまった。

「え……だって……エージさんに好きでいてほしいし……」
「うん、好きだよ」
「だってエージさん、葵さんのこと……」
「ん?」

 エージさんは優しい顔で私を見る。何だか泣きたくなってきた。私の中で不安は、相当大きくなっていたみたいだ。

「なんで、裏切られたのに……バンドの名前変えなかったんですか?」
「陽乃が言うなら変える」
「な……、思い入れとかないんですか……?!」
「ある。でもそれでお前が不安になるなら、変える。バンド名変えたからって、俺らは変わんねぇからな」
「……っ」

 エージさんはいつも自信があって。自分のしたいことを、自分のしたいようにする。私はそんなエージさんを尊敬してるし大好きだし。でもわからなくなるのも事実だった。

「エージさん、葵さんのこと好きだったんでしょ?」
「うん」
「なら……」
「想いは、消えていく。時間とともに」
「じゃあ、今私のこと好きでも、いつかは消えるってことですか?」
「……わかんね」

 こんな時くらい、嘘でもずっと好きだよって言ってくれてもいいのに。正直なところは、エージさんのいいところでもあるけど悪いところでもると思う。

「もう寝ろ。明日学校だろ?」

 気付けば深夜の2時を回っていて。エージさんはずっと私の頭を撫でてくれてたけど私はなかなか眠れなかった。けれどエージさんも眠ろうとはしなかった。さっきまで目がシパシパするって言ってたのに。

「エージさん、先に寝ていいですよ」
「うん、眠くなったら寝る」

 さっきからもう5回ぐらいこのやり取りを繰り返している。そしてその度にエージさんは私の額にキスをした。

「なぁ、陽乃。不安か?」

 エージさんの問いかけに、私は素直に頷いた。だけどエージさんは「ん」と言っただけだった。エージさんにギュッとされると、なんだか泣きそうになった。
 次の日、私はちゃんと学校に行った。最近サボり気味だったからちゃんと行かないと。来年はもう受験生だ。ホームルームでも進路の話が増えてきた。私が将来やりたいことってなんだろう。エージさんのお嫁さん……?……まま、まさか!エージさんなら仕事なんかしなくていいから嫁に来いとか言いそうだけど……!

「ねぇ、妄想してるとこ悪いんだけど」

 不意に話しかけられて見上げると、莉奈がかなり引き気味に私を見ていた。

「な、なんでしょう……」
「今日椿さんに会いに行くの。あんたも行く?」
「へっ……?」

 椿、さん……?

「なんかこのままじゃダメな気がして。里依ちゃんも一緒」

 ……確かに。私たちは椿さんにちゃんとしたお礼もさよならも言えないまま会えなくなっちゃったから。それに莉奈は、楓さんのことちゃんとケジメつけたいって気持ちもあるんだろう。

「……私も行く」
「わかった」

 連れ戻された椿さんに、ちゃんと会えるんだろうか。もし会えたとしても、何を話そう。話したいことがいっぱいあるんだ。そんなことを考えていると、すぐに放課後になった。
 椿さんと待ち合わせたのは、学校の近くのカフェ。私と莉奈が行くと、すでに里依ちゃんがいた。

「……椿さん遅いね」
「うん……」

 待ち合わせの時間から20分経っても椿さんは現れなくて。やっぱり会えないのかと諦めかけた時だった。

「あ!」

 入り口のほうを向いて座っていた里依ちゃんが声を上げる。私と莉奈も振り向いた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 そこには、あの時と変わらない椿さんの姿。相変わらず綺麗だ。

「家出れたんですか?」
「うん、護衛付きだけど」

 椿さんが視線を向けた先には婚約者の野上さんの姿があった。やっぱり1人で出歩くことはできないらしい。

「莉奈ちゃん、翼と付き合いだしたんだって?おめでとう」

 椿さんの言葉に、莉奈が気まずそうに顔を歪める。

「私……」
「うん」
「楓のことが、好きでした」
「うん」
「だけど楓は椿さんのことばかりで…正直、あなたを憎んだこともありました」

 莉奈が楓さんを好きだった時。莉奈が言ったことがあった。『楓は私を抱く時、椿って呟くんだ』って。それが、莉奈の心を相当抉っていただろうから。椿さんのことが、羨ましかっただろう。

「……私は逆に、莉奈ちゃんが羨ましかったけどね」
「……!」
「久しぶりに楓に会えたと思ったら、楓は莉奈ちゃんを見てた。楓と普通に恋愛できる莉奈ちゃんが、羨ましかった……」

 椿さんも椿さんで。ずっと許されない想いを抱いて、忘れようと思っても忘れられなくて。普通の恋愛が出来て、普通に楓さんに想われる莉奈が羨ましかったんだ。

「……なんて、こんなこと言ってたら楓がすごく悪い男みたいだけど。本当はものすごく、優しい人」

 そうだ、楓さんは。女の子と遊びまくって、簡単に女の子を捨てて、ろくでなしだけど。本当はすごく、純粋な人。

「楓さん……言ってました。椿さんをもっと上手く愛してあげたかったって」

 私の言葉を聞いた椿さんは、泣き崩れた。まるで、今までの想いを清算するかのように。

「充分、愛してもらったよ……」

 そう、椿さんは言った。きっと楓さんは周りに見せないだけで、自分をものすごく責めている。心変わりをしてしまったこと。椿さんや莉奈を、傷つけてしまったこと。楓さんに、そんなに自分を責めなくていいんですよって言ってあげなきゃ。だって確かに、楓さんから幸せをもらった人がここにいるんだから。

「楓とね……普通の兄妹として接することができるようになったの。ちゃんと……別れられたから」

 この間見た楓さんと椿さんの姿。あれはもう恋人としての姿じゃなく、兄妹としての姿だったんだ。

「大丈夫。私も少しずつだけど……前に進んでる」

 楓さんと椿さんの、命を賭けた恋。最後はあっけない終わりだったけれど、確かに二人を成長させた恋だったんだ。

「……私も、前に進まなきゃ」

 里依ちゃんが呟く。兄と何かあったんだろうか。

「どうしたの……?」
「振られちゃいました」

 椿さんの問いかけに、里依ちゃんがエヘッと笑って答える。振られたって……兄に、だよね……?

「昨日恋人のフリしてもらって、気持ちが抑えられなくなって。本当に、私の彼氏になってほしいって言った……」

 昨日、私とエージさんが部屋に戻ったあとそんなことがあったんだ。全然知らなかった……。

「だけど、ごめんって。お母さんと里依ちゃんを傷つけないって約束したから。中途半端な気持ちで付き合うわけにはいかないって」
「……」
「私、泣かなかった。それでこそ律くんだと思った。中途半端に優しくされたほうが傷つくって、ちゃんとわかってたから。よかった、律くんを好きになって」

 そう言った里依ちゃんは、ものすごく綺麗だった。恋によって、女の子は成長できる。そう感じた。
 それからしばらく話して、私たちは椿さんと分かれた。また会う約束をして。
 もうすぐ5時だ。お城に着いたらすぐにエージさんを起こしに行かないと。私はスタジオにカバンを置くと、通い慣れたエージさんの部屋に向かった。そういえば、友梨さんたちいるんだよね。今更だけど勝手に入っていいのかな……。なんて思っていると。

「あ、ハルちゃん、だったよな?」

 どこからかお兄さんが現れた。私は一気に警戒を強める。

「ほんとに、教育ちゃんとしてんだな。自分のガードは弛いくせに」
「どういう、ことですか」
「今、葵が英司の部屋に行ってる」
「……!」

 頭が真っ白になった。なんで?なんのために?エージさんの部屋で、何してるの?

「あれ、案外信用ないんだな」

 お兄さんはニヤリと笑う。けれど心臓がバクバクして、それどころじゃなかった。

「あの歌、聞いたことない?英司が初めて作った曲」

 エージさんが、初めて作った曲……?

「いくら君を愛しても君から返ってくるのは僕の半分の愛情ってやつ」

 ……その歌は、聞いたことがあった。初めて『EA』の曲を聞かせてくれた時に歌ってた曲だ。

「あれ、葵の歌だよ。英司が葵のために作った曲」
「……っ」

 その人を思い出して曲を作るほど好きだった人に。私は勝つことができる?足がガタガタ震えた。立っているのが辛くて、カクンと膝から力が抜ける。

「おい……っ」

 お兄さんが私を支えようとして手を伸ばす。けれど私をギュッと抱き締めたのはお兄さんじゃなくて……

「コイツに触んな」

 お兄さんを睨み付ける、エージさんだった。

「エージさん……」

 エージさんが来てくれたことを嬉しく思ったけれど。さっきまでいなかった葵さんも近くにいて、すぐに落ち込んだ。やっぱり一緒にいたんだ……。

「なに、してたんですか……」
「ん?」
「二人で、何してたんですか……!」

 私は叫ぶように言った。エージさんが目を見開いて私を見ている。

「そんなに葵さんがいいなら、葵さんのとこに行けば……!」
「……陽乃」
「私がいらないなら、そう言えばいいじゃない…!」

 不安が、爆発した瞬間だった。私はエージさんの腕の中で泣きじゃくる。誰も、身動き一つしなかった。いや、できなかったんだと思う。

「なぁ、陽乃」

 そんな中、やっぱり言葉を発したのは皇帝エージ様。けれどいつもみたいに自信満々の声じゃなかった。

「俺と、別れたいのか」
「エージさんが、別れたいんでしょ……!」
「俺は、陽乃と一緒にいたい。ずっと一緒にいたい」

 ねぇ、エージさん。そんな言葉を信じられるほど、私もう素直じゃないんだよ。

「私は、葵さんには勝てません。どんなに頑張っても……」

 エージさんの、たった1人の大切な人。そんな人に、敵うわけない……。

「……帰ります」
「ちょっと待て、陽乃」

 エージさんの手を振り払う。エージさんが一瞬怯んだ隙に、私はその場を走り去った。
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