113 / 119
第四章 王国へ
21 帰途(2/2)
しおりを挟む
ザイは帝国大使と共に別れの挨拶をして回り、その先々で急遽申し込まれたいくつかの会談に、出立の儀式開始の時間ギリギリまで応じた。
帝国の控えには、王宮の者、王国軍の者、時に外国の使者達が絶え間なく出入りする。
最後の会談を終えて、さすがの帝国大使もフーッと安堵の息をつく。
「いやー、終わったねえ。お疲れ様」
「大使様、まだ終わっておりませんよ?」
ザイは大使に詰め寄る。さあ、最後の会談である。
「いつから契約をご存知でしたか?」
王妃と竜王の契約について。
今度こそ大使を逃すまいとするザイは、それなりに迫力があったらしい。
「うん、君は、君の父上以上に直接的だね」
苦笑して尚も曖昧にしようとする大使に、ザイは食い下がる。
「父も大使さまに様々にお尋ねしたい事がありましょう。もちろん今上陛下も」
それに大使がアッハッハと笑う。
「そうだねえ、ま、色々。覚悟はしてるよ」
「僕個人としても色々お尋ねしたいことはありますが」
「あはは、それはまあ、どうかなあ? まずは陛下によろしくお伝え願うよ、侍従殿」
また煙に巻かれるのかと警戒するザイを見透かしたように、大使は続ける。
「今日の君の出立をもって諜報たちの動きが変わる、とだけ今はお伝えしよう。私も全て知らされているわけではないが、私が知る限りのことは全て陛下にお答えしよう」
そう言って、大使は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる。
大使に答えてくれる用意があるということに、良かったと思うよりも、一体何を知らされるのやらとザイは乾いた笑いを漏らしてしまう。
「まあでもねえ、君や父上の予想と大して違わないと思うよ。単なる答え合わせ程度のことになるだろう」
そう言って大使は「そろそろ時間だよ」とザイを急かす。
仕方なくザイは言う。
「またお会いできますことを」
ザイの侍従の礼に、大使も礼を返す。
「ああ、また、是非にね。私はこのお役目を頂いたことを先の陛下に、今回君を寄越してくださった事を今上陛下に、それぞれ感謝申し上げるよ」
そして、大使は目を細めて言う。
「ザイ君、本当、歳は取ってみるものだね」
目の前の大使は相変わらず人好きのする笑顔を浮かべている。
尊いお生まれでありながら、祖国の帝位争いなど知らぬ気に異国を渡り歩いてきた大使。その人生は、平穏無事なものではなかっただろう。
微笑む大使の明るさに、ザイは胸が締め付けられる。
大使の言葉に託されたそれは、今はまだザイの中で確たる形にならない。それでも、ザイは思う。
──僕もこの方のように、歳をとってもいいのかな?
ザイとの再会を喜んでくれた王国の将軍の声が、唐突に思い出された。
『ええ、生きてこそ』
もちろん、僕は生きる。陛下に斬られるその日まで。
だけど。
──先の陛下やカイルさんの歳を越える日、僕は何を思って生きているのだろう?
思い乱れる心はそのままに、ザイはもう一度礼をする。大使は「またね」と笑って控えを退出した。
※
御礼と出立の口上を述べるのは、やはり帝国の使者ザイだ。朗々としたザイの声に、人々は不思議と高揚した気分になる。
王太子とその妃が、並んでにこやかに手を振ってザイの口上に応える。王国の次代を担う若い二人のご様子は温かく微笑ましい。
その後ろで、第二王子が慇懃に礼をする。
最後に、国王と王妃がゆるりと手を振ると、それが出立の合図となった。
銅鑼が鳴る。港中の船から旗が一斉に揚がる。花びらがあちらこちらから舞い落ちる。
見物に詰めかけた民が歓声を上げる。これで無事御子がお生まれになったら、どれほどのお祭り騒ぎとなるだろうか。湧き立つ王都を一回りし、各国の使節団はそれぞれ帰路についた。
※
ザイが帝国に着く直前、帝国北の宮は皇帝のもとに、王妃からの文が届いていた。
一読した皇帝は首をひねる。
「ザイを借りたいと。だけどこれ何だ?」
──もちろん、ヘタレな方はちゃんとお返しいたします。
「ザイの奴、何やったんだ?」
文を見せられた侍従筆頭は言う。
「いえ、これは……、おそらく、何もしなかった、のでしょう……」
──そうか。なるほど。
執務の場に妙な沈黙が落ちる。
「もうあれだな、やっぱり神子殿には色々諸々吹っ飛ばしてもらうしか」
仕方ないよなあと皇帝は笑った。
※────
・もちろん、僕は生きる。陛下に斬られるその日まで。
→ 第三章09話「生きていくので(2/2)」
・神子殿には色々諸々吹っ飛ばしてもらうしか
→ 第一章27話「護衛二日目の夜 どうよ?」
帝国の控えには、王宮の者、王国軍の者、時に外国の使者達が絶え間なく出入りする。
最後の会談を終えて、さすがの帝国大使もフーッと安堵の息をつく。
「いやー、終わったねえ。お疲れ様」
「大使様、まだ終わっておりませんよ?」
ザイは大使に詰め寄る。さあ、最後の会談である。
「いつから契約をご存知でしたか?」
王妃と竜王の契約について。
今度こそ大使を逃すまいとするザイは、それなりに迫力があったらしい。
「うん、君は、君の父上以上に直接的だね」
苦笑して尚も曖昧にしようとする大使に、ザイは食い下がる。
「父も大使さまに様々にお尋ねしたい事がありましょう。もちろん今上陛下も」
それに大使がアッハッハと笑う。
「そうだねえ、ま、色々。覚悟はしてるよ」
「僕個人としても色々お尋ねしたいことはありますが」
「あはは、それはまあ、どうかなあ? まずは陛下によろしくお伝え願うよ、侍従殿」
また煙に巻かれるのかと警戒するザイを見透かしたように、大使は続ける。
「今日の君の出立をもって諜報たちの動きが変わる、とだけ今はお伝えしよう。私も全て知らされているわけではないが、私が知る限りのことは全て陛下にお答えしよう」
そう言って、大使は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる。
大使に答えてくれる用意があるということに、良かったと思うよりも、一体何を知らされるのやらとザイは乾いた笑いを漏らしてしまう。
「まあでもねえ、君や父上の予想と大して違わないと思うよ。単なる答え合わせ程度のことになるだろう」
そう言って大使は「そろそろ時間だよ」とザイを急かす。
仕方なくザイは言う。
「またお会いできますことを」
ザイの侍従の礼に、大使も礼を返す。
「ああ、また、是非にね。私はこのお役目を頂いたことを先の陛下に、今回君を寄越してくださった事を今上陛下に、それぞれ感謝申し上げるよ」
そして、大使は目を細めて言う。
「ザイ君、本当、歳は取ってみるものだね」
目の前の大使は相変わらず人好きのする笑顔を浮かべている。
尊いお生まれでありながら、祖国の帝位争いなど知らぬ気に異国を渡り歩いてきた大使。その人生は、平穏無事なものではなかっただろう。
微笑む大使の明るさに、ザイは胸が締め付けられる。
大使の言葉に託されたそれは、今はまだザイの中で確たる形にならない。それでも、ザイは思う。
──僕もこの方のように、歳をとってもいいのかな?
ザイとの再会を喜んでくれた王国の将軍の声が、唐突に思い出された。
『ええ、生きてこそ』
もちろん、僕は生きる。陛下に斬られるその日まで。
だけど。
──先の陛下やカイルさんの歳を越える日、僕は何を思って生きているのだろう?
思い乱れる心はそのままに、ザイはもう一度礼をする。大使は「またね」と笑って控えを退出した。
※
御礼と出立の口上を述べるのは、やはり帝国の使者ザイだ。朗々としたザイの声に、人々は不思議と高揚した気分になる。
王太子とその妃が、並んでにこやかに手を振ってザイの口上に応える。王国の次代を担う若い二人のご様子は温かく微笑ましい。
その後ろで、第二王子が慇懃に礼をする。
最後に、国王と王妃がゆるりと手を振ると、それが出立の合図となった。
銅鑼が鳴る。港中の船から旗が一斉に揚がる。花びらがあちらこちらから舞い落ちる。
見物に詰めかけた民が歓声を上げる。これで無事御子がお生まれになったら、どれほどのお祭り騒ぎとなるだろうか。湧き立つ王都を一回りし、各国の使節団はそれぞれ帰路についた。
※
ザイが帝国に着く直前、帝国北の宮は皇帝のもとに、王妃からの文が届いていた。
一読した皇帝は首をひねる。
「ザイを借りたいと。だけどこれ何だ?」
──もちろん、ヘタレな方はちゃんとお返しいたします。
「ザイの奴、何やったんだ?」
文を見せられた侍従筆頭は言う。
「いえ、これは……、おそらく、何もしなかった、のでしょう……」
──そうか。なるほど。
執務の場に妙な沈黙が落ちる。
「もうあれだな、やっぱり神子殿には色々諸々吹っ飛ばしてもらうしか」
仕方ないよなあと皇帝は笑った。
※────
・もちろん、僕は生きる。陛下に斬られるその日まで。
→ 第三章09話「生きていくので(2/2)」
・神子殿には色々諸々吹っ飛ばしてもらうしか
→ 第一章27話「護衛二日目の夜 どうよ?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
144
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる