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前編
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「こんにちわぁ」
「チ、チアルリア、ちゃんと挨拶をしろ!」
「失礼しましたあ、今日はよろしくおねがいしますぅ」
華やかな夜会の場で、私はぺこりっと頭を下げました。頭についたでっかいリボンが揺れるのを感じます。
「え、えーっと、チアルリア嬢……? 今日は何か、不調でも?」
いつもはきちんと挨拶をしているお相手ですから、まあそりゃ不審に思われますよね。私は「へらぁ」と笑って応えました。
「わたしぃ、殿下と陛下に言われてぇ、反省したんです。これからはあ、殿下を立てて、立てて、立てまくっちゃいます!」
てへ☆ とやると、お相手はなんともいえない引きつった笑顔を浮かべ、それから困ったように肩をすくめました。
私がたびたび殿下に「女のくせに偉そうに!」だとか「女は馬鹿な方がかわいい」とか言われているのは有名です。
大変ですね、という顔をされた。
ええ、大変なんですよ。
頬を噛んだようなお相手と離れ、私はふらふらとテーブルに向かいました。今日の私は殿下より馬鹿な女ですから、美味しそうな料理に片っ端から手を伸ばします。
「あー、おいしー。殿下ぁ、これおいしーですよぉ」
「や、やめろ! みっともない!」
「えー、だめなんですかあ? 殿下も一緒に食べましょうよう~」
「皆が見ているだろうがッ!」
「そうですかあ。じゃあ、やめます。殿下に恥をかかせちゃって、ほんとごめんなさいの気持ちぃ」
そう言いながら私は手にしたぶんを急いで口に放り込みました。うん、美味しいです。
殿下の婚約者になって10年。こんな開放的な気分は初めてです。いつもいつもいつもマナーのなってない殿下のフォローで必死でしたからね。
もちろん自分で望んだわけではありません。辺境貴族の娘である私の利発さが王家の目に止まったそうで、馬鹿王子を支えるための婚約と相成ったわけです。幼い頃の私、自重してほしかった。
正直、子供の頃の利発さなんて頭の違いというより、成長が早かったってだけだと思いますが。逆にいえば馬鹿王子だってまだ頑張ればどうにかなったと思いますよ。
それでも選ばれてしまったからにはどうしようもなく、私は優秀な婚約者をずーっとやらされていたわけです。
しかし殿下も16歳となり、妙なプライドが出てきたらしく「俺より優秀なつもりなのか!?」「女がでしゃばるな」などと言い始めました。
陛下も陛下で王子が馬鹿なことを忘れたのか「男を立てるのが良い女だ」などと言い出しました。
ですので私は馬鹿王子のフォローをやめ、馬鹿王子より頭の悪い女になることにしたのです。
「ね、ね、殿下、怒っちゃいましたあ?」
「……よせ! 語尾を伸ばすな! べたべた触るな! 気味が悪い!」
「でもぉ、リーナ様はこうしてぇ、ドーゲン様を喜ばせてしましたよぅ?」
「それは……!」
「あっ、私にお胸がないから嫌なんですね!? ひっどーい、チア泣いちゃいます、しくしく」
「リーナはたかが男爵家の娘だ! おまえとは違う!」
「えぇー、不公平ですぅ」
最初は恥ずかしかったのですが、この馬鹿女、やってみると癖になります。今まで気を張り詰めて生きてきたのが馬鹿らしくなるほど楽しいです。
だって殿下が何を言おうと、周囲がどう見ていようと、気にすることなどないんですから! 馬鹿最高では?
「は、離せ!」
「きゃうあんっ!?」
私は押されて床に転びました。
私は殿下の婚約者として護身術の覚えがあります。
いざとなれば鍛錬を好まない殿下の身も守れるよう、鍛えられてきたのです。ちょっと押されたくらいで倒れるわけはないのですが、できるだけみっともなく見えるように倒れました。
「いったーぁい……」
スカートがまくれあがって膝まで見えましたが、知ったことではありません。私はそのまま床にぺたんと座り、わんわんと泣きました。
「やめろっ! いい加減にしろ!」
「うええええーん!」
私はいっそう大きな声で泣きます。
「黙れ! 立て!」
「嫌でぅううう、立てません、チアは、引っ張ってもらわないと立てませんっ!」
片手で目の下を拭きながら片手を差し伸べました。さあつかめ。つかめよ。おまえの望んだ馬鹿な女だぞ、という気持ちです。
「そ、そんなみっともないことをして、貴族としての矜持はないのかっ!」
「えー、でもぉ、殿下も、前にやってましたぁ! 恥ずかしいからやめてって言っても、手を掴むまで立ちませんでしたあ!」
殿下が青ざめていきます。
事実です。あれでどれだけ私がひどい気分になったのかおわかりになりましたか?
「チアはぁ、殿下の婚約者ですからっ! 殿下と同じことをしてぇ、同じ気持ちになりますッ!」
「あ、あれは十二のときの話だっ!」
「チアはぁ、殿下より馬鹿なじゅうごさいですから!」
しゃきっと私は意味もなく両手を尖らせてみせました。自分でもよくわかりませんがとにかく楽しいです。
その手で殿下をつきつきします。
えいえい。
「殿下っ、いろいろ教えて、くださいねっ!」
「……つきあっていられるかっ!」
そう言い捨てて殿下は私を置いていきました。
私は真顔になるとスカートを叩いてすっと立ち上がり、周囲の皆様にお詫びしました。
「お騒がせして申し訳ありません。ですが陛下の命によりこれからも、殿下の御前では馬鹿になります。どうぞ国のためご了承ください」
「チ、チアルリア、ちゃんと挨拶をしろ!」
「失礼しましたあ、今日はよろしくおねがいしますぅ」
華やかな夜会の場で、私はぺこりっと頭を下げました。頭についたでっかいリボンが揺れるのを感じます。
「え、えーっと、チアルリア嬢……? 今日は何か、不調でも?」
いつもはきちんと挨拶をしているお相手ですから、まあそりゃ不審に思われますよね。私は「へらぁ」と笑って応えました。
「わたしぃ、殿下と陛下に言われてぇ、反省したんです。これからはあ、殿下を立てて、立てて、立てまくっちゃいます!」
てへ☆ とやると、お相手はなんともいえない引きつった笑顔を浮かべ、それから困ったように肩をすくめました。
私がたびたび殿下に「女のくせに偉そうに!」だとか「女は馬鹿な方がかわいい」とか言われているのは有名です。
大変ですね、という顔をされた。
ええ、大変なんですよ。
頬を噛んだようなお相手と離れ、私はふらふらとテーブルに向かいました。今日の私は殿下より馬鹿な女ですから、美味しそうな料理に片っ端から手を伸ばします。
「あー、おいしー。殿下ぁ、これおいしーですよぉ」
「や、やめろ! みっともない!」
「えー、だめなんですかあ? 殿下も一緒に食べましょうよう~」
「皆が見ているだろうがッ!」
「そうですかあ。じゃあ、やめます。殿下に恥をかかせちゃって、ほんとごめんなさいの気持ちぃ」
そう言いながら私は手にしたぶんを急いで口に放り込みました。うん、美味しいです。
殿下の婚約者になって10年。こんな開放的な気分は初めてです。いつもいつもいつもマナーのなってない殿下のフォローで必死でしたからね。
もちろん自分で望んだわけではありません。辺境貴族の娘である私の利発さが王家の目に止まったそうで、馬鹿王子を支えるための婚約と相成ったわけです。幼い頃の私、自重してほしかった。
正直、子供の頃の利発さなんて頭の違いというより、成長が早かったってだけだと思いますが。逆にいえば馬鹿王子だってまだ頑張ればどうにかなったと思いますよ。
それでも選ばれてしまったからにはどうしようもなく、私は優秀な婚約者をずーっとやらされていたわけです。
しかし殿下も16歳となり、妙なプライドが出てきたらしく「俺より優秀なつもりなのか!?」「女がでしゃばるな」などと言い始めました。
陛下も陛下で王子が馬鹿なことを忘れたのか「男を立てるのが良い女だ」などと言い出しました。
ですので私は馬鹿王子のフォローをやめ、馬鹿王子より頭の悪い女になることにしたのです。
「ね、ね、殿下、怒っちゃいましたあ?」
「……よせ! 語尾を伸ばすな! べたべた触るな! 気味が悪い!」
「でもぉ、リーナ様はこうしてぇ、ドーゲン様を喜ばせてしましたよぅ?」
「それは……!」
「あっ、私にお胸がないから嫌なんですね!? ひっどーい、チア泣いちゃいます、しくしく」
「リーナはたかが男爵家の娘だ! おまえとは違う!」
「えぇー、不公平ですぅ」
最初は恥ずかしかったのですが、この馬鹿女、やってみると癖になります。今まで気を張り詰めて生きてきたのが馬鹿らしくなるほど楽しいです。
だって殿下が何を言おうと、周囲がどう見ていようと、気にすることなどないんですから! 馬鹿最高では?
「は、離せ!」
「きゃうあんっ!?」
私は押されて床に転びました。
私は殿下の婚約者として護身術の覚えがあります。
いざとなれば鍛錬を好まない殿下の身も守れるよう、鍛えられてきたのです。ちょっと押されたくらいで倒れるわけはないのですが、できるだけみっともなく見えるように倒れました。
「いったーぁい……」
スカートがまくれあがって膝まで見えましたが、知ったことではありません。私はそのまま床にぺたんと座り、わんわんと泣きました。
「やめろっ! いい加減にしろ!」
「うええええーん!」
私はいっそう大きな声で泣きます。
「黙れ! 立て!」
「嫌でぅううう、立てません、チアは、引っ張ってもらわないと立てませんっ!」
片手で目の下を拭きながら片手を差し伸べました。さあつかめ。つかめよ。おまえの望んだ馬鹿な女だぞ、という気持ちです。
「そ、そんなみっともないことをして、貴族としての矜持はないのかっ!」
「えー、でもぉ、殿下も、前にやってましたぁ! 恥ずかしいからやめてって言っても、手を掴むまで立ちませんでしたあ!」
殿下が青ざめていきます。
事実です。あれでどれだけ私がひどい気分になったのかおわかりになりましたか?
「チアはぁ、殿下の婚約者ですからっ! 殿下と同じことをしてぇ、同じ気持ちになりますッ!」
「あ、あれは十二のときの話だっ!」
「チアはぁ、殿下より馬鹿なじゅうごさいですから!」
しゃきっと私は意味もなく両手を尖らせてみせました。自分でもよくわかりませんがとにかく楽しいです。
その手で殿下をつきつきします。
えいえい。
「殿下っ、いろいろ教えて、くださいねっ!」
「……つきあっていられるかっ!」
そう言い捨てて殿下は私を置いていきました。
私は真顔になるとスカートを叩いてすっと立ち上がり、周囲の皆様にお詫びしました。
「お騒がせして申し訳ありません。ですが陛下の命によりこれからも、殿下の御前では馬鹿になります。どうぞ国のためご了承ください」
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