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1 青春の一ページ
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「あめんぼあかいなあいうえお!」
「あめんぼあかいなあいうえお!!」
とある山の中。蝉が五月蝿く鳴く中、その鳴き声をかき消すほどの声が響く。
ここはAカンパニーが所有する福利厚生施設。英たちは合宿と称して、この施設に来ていた。
今は発声練習の時間で、山の中だというのをいいことに、窓を全開にし、思い切り叫ぶ。涼しい場所での練習が理想だが、身体が冷えるのも良くないので、換気をしつつの練習だ。窓を開けるのは少しの間だけだというのに、人の熱気も相まってあっという間に室温は高くなり、英の額や背中にも汗が浮き出て落ちていく。
「隣の客は良く柿食う客だ!」
「隣の客は良く柿食う客だ!!」
一人ひとり、順番に思い付いたひと言を発声して、残りの人が後に続いて発声する。最初は真面目にやっていたメンバーも、次第に暑苦しさに嫌気がさしたのか、ふざけたひと言になっていく。
「東京特許許可局はどこにも無い!」
「東京特許許可局はどこにも無い!!」
「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。あわせてぴょこぴょこ……何だっけ!?」
「ふ、ふふ……っ」
英は堪らず噴き出した。するとそれをきっかけに、ピリッとしていた空気が霧散する。
「何だよ! 言うならちゃんと覚えとけよ!」
「いやもうこの暑さで頭回らないよ!」
みな口々にだるい、と言い出し笑った。もういっそ、川の中で練習した方が捗るんじゃね? という声に、みんな賛成する。
「え、でも水着ないよ?」
英はそう言うと、「そんなの、直ぐに乾くからいいだろ」と腕を引かれ、屋外へと連れ出された。外へ出た途端にまとわりつく湿気と熱気に、英の身体は一気にだるくなる。
施設の目の前には川があり、メンバーはそこへ向かった。川は浅く脛の半分程だから、足だけ浸かればいいや、と思っていたその時。
「へーい! 一番乗りはお前だぁ!」
「うわぁ!」
英は川の中へと引っ張られ、よろけて尻もちをつく。刺すような冷たい水が足と手、尻を濡らし、直ぐに立ち上がった。
「冷てぇっ!」
通りでずっと腕を離さないと思っていた、と英は犯人を睨む。
しかしそれを皮切りに、メンバーが次々と川の中へ入り、水飛沫をわざと上げて英に掛けてくるのだ。このやろう、と英は応戦して手で掬った水をメンバーに掛けまくる。
「……寒いっ!」
ひたすら水を掛け合い、全身びしょ濡れになった英は、案の定あまりの水の冷たさに寒くなり、川から出た。川に入る前は暑くてだるかったのにおかしいな、とシャツを脱ぎ、絞る。
これは早く乾かさないと、と近くの岩に腰掛けると、これがまた火傷しそうな程熱い。
「あっつ!」
メンバーたちも同じだったようで、次々に川から出てはシャツを脱いでいた。みな日頃から鍛えているのだろうか、筋肉質とまではいかないけれど、見栄えの良い体格だ。
「ああもう! 丁度良くならないのかよ!」
「知らねーよ! お前が川で練習したらって言ったんじゃねーか!」
あまりの水の冷たさに文句を言いながら、岸に上がって、暖まったらまた水に入るを繰り返すメンバーたち。
英はそんな彼らを眺めながら思った。
こんな楽しい時間も、きっと研究生生活が終わればできなくなる。その頃には、この中のどれ程の人数が、残っているのだろう、と。
けれど、英にとっては間違いなく、思い出に残る青春の一ページだ。
そう、これは英が舞台俳優になる前のお話。
約一年後、いきなり主役に抜擢され、憧れの舞台監督と一緒に仕事をするなど、思ってもいない英だった。
(終)
「あめんぼあかいなあいうえお!!」
とある山の中。蝉が五月蝿く鳴く中、その鳴き声をかき消すほどの声が響く。
ここはAカンパニーが所有する福利厚生施設。英たちは合宿と称して、この施設に来ていた。
今は発声練習の時間で、山の中だというのをいいことに、窓を全開にし、思い切り叫ぶ。涼しい場所での練習が理想だが、身体が冷えるのも良くないので、換気をしつつの練習だ。窓を開けるのは少しの間だけだというのに、人の熱気も相まってあっという間に室温は高くなり、英の額や背中にも汗が浮き出て落ちていく。
「隣の客は良く柿食う客だ!」
「隣の客は良く柿食う客だ!!」
一人ひとり、順番に思い付いたひと言を発声して、残りの人が後に続いて発声する。最初は真面目にやっていたメンバーも、次第に暑苦しさに嫌気がさしたのか、ふざけたひと言になっていく。
「東京特許許可局はどこにも無い!」
「東京特許許可局はどこにも無い!!」
「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。あわせてぴょこぴょこ……何だっけ!?」
「ふ、ふふ……っ」
英は堪らず噴き出した。するとそれをきっかけに、ピリッとしていた空気が霧散する。
「何だよ! 言うならちゃんと覚えとけよ!」
「いやもうこの暑さで頭回らないよ!」
みな口々にだるい、と言い出し笑った。もういっそ、川の中で練習した方が捗るんじゃね? という声に、みんな賛成する。
「え、でも水着ないよ?」
英はそう言うと、「そんなの、直ぐに乾くからいいだろ」と腕を引かれ、屋外へと連れ出された。外へ出た途端にまとわりつく湿気と熱気に、英の身体は一気にだるくなる。
施設の目の前には川があり、メンバーはそこへ向かった。川は浅く脛の半分程だから、足だけ浸かればいいや、と思っていたその時。
「へーい! 一番乗りはお前だぁ!」
「うわぁ!」
英は川の中へと引っ張られ、よろけて尻もちをつく。刺すような冷たい水が足と手、尻を濡らし、直ぐに立ち上がった。
「冷てぇっ!」
通りでずっと腕を離さないと思っていた、と英は犯人を睨む。
しかしそれを皮切りに、メンバーが次々と川の中へ入り、水飛沫をわざと上げて英に掛けてくるのだ。このやろう、と英は応戦して手で掬った水をメンバーに掛けまくる。
「……寒いっ!」
ひたすら水を掛け合い、全身びしょ濡れになった英は、案の定あまりの水の冷たさに寒くなり、川から出た。川に入る前は暑くてだるかったのにおかしいな、とシャツを脱ぎ、絞る。
これは早く乾かさないと、と近くの岩に腰掛けると、これがまた火傷しそうな程熱い。
「あっつ!」
メンバーたちも同じだったようで、次々に川から出てはシャツを脱いでいた。みな日頃から鍛えているのだろうか、筋肉質とまではいかないけれど、見栄えの良い体格だ。
「ああもう! 丁度良くならないのかよ!」
「知らねーよ! お前が川で練習したらって言ったんじゃねーか!」
あまりの水の冷たさに文句を言いながら、岸に上がって、暖まったらまた水に入るを繰り返すメンバーたち。
英はそんな彼らを眺めながら思った。
こんな楽しい時間も、きっと研究生生活が終わればできなくなる。その頃には、この中のどれ程の人数が、残っているのだろう、と。
けれど、英にとっては間違いなく、思い出に残る青春の一ページだ。
そう、これは英が舞台俳優になる前のお話。
約一年後、いきなり主役に抜擢され、憧れの舞台監督と一緒に仕事をするなど、思ってもいない英だった。
(終)
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