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私の主人、今何をしているでしょうか

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カジノでクーラッジュに遭遇した翌日のこと、自宅で次の方法を考えていると扉をノックする音がしました。
「どうぞ」
「坊ちゃん、お客様です」
「私に?」
キャブルの言う客人に全く心当たりはありません。シニフェ様やプランであれば、お客様などと言わずに私の部屋へ通されますし、他の知人であっても大概は名前を伝えてくれるでしょう。
キャブルは気遣いの出来る人間なので、意味もなくおかしな報告をする訳がありません。
それをあえて『お客様』なんて濁した表現をするのは、先方が名乗らないか他の家人に知らせたくないといったところでしょうか。
思い当たることがないのでとりあえずお会いするしかないでしょう。

扉を開けて立っていたキャブルの顔を見ますと、僅かににやけております。
まるで揶揄うような、浮き足立つような、初めて見る表情です。
キャブルを見つめてその意味を考えていると、考えあぐねている私へキャブルがウインクをしてみせました。
「坊ちゃんも隅に置けませんね。本日は旦那様も奥様もいらっしゃらないので、この件は今はわたくしめの心に留めておきますゆえ、ご心配なさらずに」
「心配ですか?なにに対してでしょう」

心配、父上達には隠しておく。
思い当たる事と言いますと、昨日行ったカジノの件でしょうか。
としますと、今来ているのは、クーラッジュということになります。
「…はぁ~」
「ため息など。坊ちゃんはそんな酷い男だったのですか」
「酷い?私は酷くなどないでしょう?突然やってくる非常識さと先方の普段の行いを思い返すだけで自然にため息が出てしまうのです」
「なになに、形にとらわれないというのは初めは驚きますが慣れればそれも楽しめますよ。さぁ、あちらのサロンでお待ちですよ」
クーラッジュと言う人間を知らないキャブルは私の交友関係が広がった事に喜んでいるようでした。
仕方がない、会ってさっさとお引き取り願いましょう。

そうして私は我が家のサロンに向かいました。
クーラッジュごときにサロンを用意するとはキャブルも真面目が過ぎるというものです。
いつものようなことをされましたら、今日は私一人ですし怒りをぶつけてしまう可能性もあります。怒鳴りつけないように意識しておかないと…などと考えながら扉を開けました。

「お待たせ致しました。お約束した覚えはないですが、昨日の件でしたらプランが言った通り……」
「ごめんなさい。お約束もなく突然お伺いしてしまいまして」

予想していた声と違う声が聞こえたので、驚いて正面を見れば、サロンのソファに座っていたのはクーラッジュではなくベグマン公爵令嬢でした。

「ベグマン様?!失礼致しました。てっきり別の方だと思っていまして…」
「いえ、私も突然失礼します。それも名乗らずに『学校の友人で課題の件で話です』としかお伝えしなかったのに取り次いでいただいて、先ほどのお家の方を怒らないでやってください」
「なるほどそういったことですか」
キャブルはベグマン様と私に何か恋慕的なことがあると深読みをしたのでしょう。
家同士で関わりがなく、婚約者でもない貴族女性が1人で別の貴族の男の家に来るということはよほどのことがないとありえないことですし、名前を言わないというのも秘密裏に交際を進めていると取られてもおかしくありません。
ベグマン様としても、公爵家の令嬢である自分がする非常識な行動に対して名前を出さなかった点も、まぁ理解出来なくもないです。

「何が『なるほど』なのでしょうか?」
「いいえ、こちらの話です。それで今日はどんなご用件ですか?」
「ガスピアージェ様はもう私の本性をご存知かと思いますので、単刀直入に申し上げます」
「助かります。ああ、グロワ様に関係する事でしたら私たちには何の非もありませんよ」
「グロワ様の事ではーー、でも若干は関係ありますわね。図々しいお願いなのは承知ですが、昨日グロワ様に差し上げた魔法薬を私にもお譲りいただけないでしょうか?」
昨日のクーラッジュとのやり取りをベグマン様がどこまで知っているのかは分かりませんが、魔法薬をもらったことをクーラッジュが話しているならば、私たちが会った場所くらいはきっとご存知でしょう。
ここはとぼける意味はないでしょう。

「昨日クーラッジュにあげた魔法薬というとポーションですか」
「そうです!昨日クーラッジュ様が当家に遊びに来て下さったのですが、その際に手みやげとして下さったのです。『ガスピアージェ様が体調が悪いのに効くと言っていたから、ラーム嬢にあげる』と」
「あれは少し強めの栄養剤なので、飲むことで体力が回復するような魔法薬です。失礼かもしれませんが、ラーム嬢はどこかお体の具合でも?」
「私ではなく、私の祖父が長患いをしておりまして、何をしても悪くなる一方だったのです。それこそ藁にもすがる気持ちで試しに昨日頂いた魔法薬を祖父に飲ませましたら、一時的になのですが立ち上がれるようになったので驚きました。なので定期的に飲ませれば病が回復するのではと思っております」
「立ち入った質問になりますけども、お爺様、つまり前公爵のご病気はなんなのでしょう」

私の質問に、ベグマン様は首を横に振りました。
「それがわからないのです。実はベグマン公爵家の人間は、だんだんと寿命が縮んでいるようでして、曾祖父は高祖父よりも、高祖父はその前の公爵よりも早く亡くなっています。記録によりますと皆同じ症状で、気力も体力もなくなりベッドから起き上がれなくなり衰弱して行くのです。祖父は曾祖父よりも早くにその症状が出始めていますし、私の父も既に発症しかけているようにも思います」
「私の父は医師ですので診察に伺わせましょうか?」

そう提案しましたが、またもベグマン様は首を横に振りました。
「こちらからご相談をしている中で恐縮ですが、私の父は非常に、非っ常ーに、権威主義者なのです。ですので、当家は代々宮廷医師にしかかからないと言って聞かないのです。私から見ても時代遅れな診察や治療をしているのに『王族と同じ』とそれを喜んでいるのです」
「でしたら得体の知れない薬などを飲ませるのも問題なのではないでしょうか?」

私の指摘にベグマン様は一度視線を下に向け、腿の上に置かれた両手で持っていたハンカチをギュッと握りしめました。それからまた私の方を真っすぐに見つめ言いました。
「薬であれば私が祖父に会いに行けばこっそり飲ませる事ができるでしょう。だから是非、私に薬を売っていただけないでしょうか?」
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