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伯爵令嬢
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「――まったく、ひどい冗談だよ」
肩を竦めながらも微笑むクラウスを前に、ローゼは長椅子の上で肩を窄めて小さくなり、ユリアンはフンと鼻を鳴らした。
ここは ユリアンの友人であるクラウス・アインホルン伯爵の屋敷――その客間である。
ユリアンの屋敷に負けずとも劣らぬ豪奢な内装と調度品は、伯爵家の名に恥じないものだ。
「傑作じゃない。クラウスを手酷く振った子が、よりによって養子になるなんて」
クラウスの隣に座っている、大輪の花を思わせる美女が、悪戯っぽく笑った。
透けるような金髪に、淡い灰青色の瞳が美しいと、ローゼは彼女に見とれた。
「他人事みたいな顔をしてるけど、僕の奥さんになったからには、君にも関係のある話なんだよ、ゾフィ」
「分かっていますとも。こんな可愛らしいお嬢さんが身内になるなんて、私も嬉しいわ」
ゾフィと呼ばれた美女に微笑みかけられ、ローゼは頬を染めた。
ユリアンは、ローゼを養子にしてもらうべく、彼女を伴って、友人であるクラウスの屋敷を訪ねていた。
クラウスの爵位はユリアンと同じ伯爵であり、彼の養子になったなら、ローゼも伯爵令嬢として扱われることになる。
そうなれば、ユリアンがローゼを妻にすることへの障害が消えるのだ。
「あくまで名義だけの話で、財産の相続などを考慮する必要はない。……よろしく、お願いする」
ユリアンが、クラウスに頭を下げた。
「他人に頼るのを嫌う君が、そこまでするとはね。ローゼ殿の幸せの為にも、この話は進めさせてもらうよ」
言って、クラウスは目の前に置かれていた茶碗を手に取り、上品な所作で紅茶を一口飲んだ。
「……まぁ、貴様には貸しも随分とある筈だが。貴様が学生時代に遊び過ぎて課題を溜めていたのを手伝ったのも数えきれないし、あとは学生寮で……」
そう言いかけたユリアンを、クラウスが慌てて制止した。
「奥さんやローゼ殿の前で、そんな昔の話を蒸し返さないでくれ」
「今更、取り繕うこともなくてよ、クラウス」
ゾフィが艶然と微笑みながら言った。
ユリアンとクラウスは幼馴染みだが、同じ学院で学生生活を共にしていたらしい。
また、ゾフィも婚約者時代からクラウスを通じてユリアンと面識があったという。
友人同士の和気藹々とした様子に、ローゼは少し羨ましさを感じた。
また、ユリアンの持つ人間関係があってこその今回の話であると、彼女は感謝の念を抱いた。
「あら、主役を放ったらかしにしてしまったわね」
ゾフィの言葉に、ローゼは首を振った。
「いえ……皆さんが楽しそうにしているところを見ているの、私も楽しいです。私には、友達というのが、どういうものか実感がなかったのですが、何となく分かった気がします」
「私たちも、これからお友達になれるわよ。養子は名義だけという話だけど、私は、ローゼちゃんのような可愛らしい子とは、是非お付き合いしたいわ」
「あ、ありがとうございます……こちらこそ、よろしくお願いします」
ローゼは顏を赤らめながら言った。
「ゾフィ、ローゼ殿が可愛いからといって手を出さないでくれよ」
クラウスの言葉に、ローゼは首を傾げた。
「ああ、私、女の子のほうが好きなの。でも、ローゼちゃんに変なちょっかいかけたら、そこで睨んでるユリアンに殺されかねないし、自重するから安心して」
うふふと笑うゾフィを見て、ローゼは、まだまだ自分の知らない世界があるのだと思った。
「そういえば、ローゼ殿の年齢は幾つなんだい?」
「あの、正確には分からないんです……」
クラウスに尋ねられ、ローゼは俯いた。
依然として、デリウス子爵の屋敷に来る前のことは思い出せず、彼女は自分の正確な年齢すら分からないのだ。
「面倒が無いよう、ローゼの戸籍を作る際に、満十八歳ということにしておいた」
ユリアンが言った。
「私に、戸籍があるんですか?」
「ああ。言い忘れていたが、この国では戸籍がなければ生活に色々と支障があるから、俺の方で手続きをしておいた」
そう言って、ユリアンは得意そうな表情を見せた。
「満十八歳ということは、この国では成人と認められるから、養子の手続きも面倒じゃないね。子供を引き取る場合は、あれこれ五月蠅く言われるらしいけど」
ふむふむと、クラウスが頷いた。
「……養子になったら、クラウス様のことは、『お父様』とお呼びしたほうがよろしいのでしょうか?」
ローゼが言うと、クラウスは飲みかけの紅茶で咽て咳き込んだ。
「い、いや……今まで通りでお願いするよ……」
「そういえば、俺がローゼと結婚したら、クラウスが義理の父になるのか……そこまで考えていなかったが」
ユリアンが眉根を寄せて言った。
「勘弁してくれ、君みたいな可愛げのない息子は御免だ」
「それは、こっちの台詞だ」
冗談か本気か分からない言い合いをするユリアンとクラウスを見ながら、ローゼはゾフィと顔を見合わせ、微笑んだ。
肩を竦めながらも微笑むクラウスを前に、ローゼは長椅子の上で肩を窄めて小さくなり、ユリアンはフンと鼻を鳴らした。
ここは ユリアンの友人であるクラウス・アインホルン伯爵の屋敷――その客間である。
ユリアンの屋敷に負けずとも劣らぬ豪奢な内装と調度品は、伯爵家の名に恥じないものだ。
「傑作じゃない。クラウスを手酷く振った子が、よりによって養子になるなんて」
クラウスの隣に座っている、大輪の花を思わせる美女が、悪戯っぽく笑った。
透けるような金髪に、淡い灰青色の瞳が美しいと、ローゼは彼女に見とれた。
「他人事みたいな顔をしてるけど、僕の奥さんになったからには、君にも関係のある話なんだよ、ゾフィ」
「分かっていますとも。こんな可愛らしいお嬢さんが身内になるなんて、私も嬉しいわ」
ゾフィと呼ばれた美女に微笑みかけられ、ローゼは頬を染めた。
ユリアンは、ローゼを養子にしてもらうべく、彼女を伴って、友人であるクラウスの屋敷を訪ねていた。
クラウスの爵位はユリアンと同じ伯爵であり、彼の養子になったなら、ローゼも伯爵令嬢として扱われることになる。
そうなれば、ユリアンがローゼを妻にすることへの障害が消えるのだ。
「あくまで名義だけの話で、財産の相続などを考慮する必要はない。……よろしく、お願いする」
ユリアンが、クラウスに頭を下げた。
「他人に頼るのを嫌う君が、そこまでするとはね。ローゼ殿の幸せの為にも、この話は進めさせてもらうよ」
言って、クラウスは目の前に置かれていた茶碗を手に取り、上品な所作で紅茶を一口飲んだ。
「……まぁ、貴様には貸しも随分とある筈だが。貴様が学生時代に遊び過ぎて課題を溜めていたのを手伝ったのも数えきれないし、あとは学生寮で……」
そう言いかけたユリアンを、クラウスが慌てて制止した。
「奥さんやローゼ殿の前で、そんな昔の話を蒸し返さないでくれ」
「今更、取り繕うこともなくてよ、クラウス」
ゾフィが艶然と微笑みながら言った。
ユリアンとクラウスは幼馴染みだが、同じ学院で学生生活を共にしていたらしい。
また、ゾフィも婚約者時代からクラウスを通じてユリアンと面識があったという。
友人同士の和気藹々とした様子に、ローゼは少し羨ましさを感じた。
また、ユリアンの持つ人間関係があってこその今回の話であると、彼女は感謝の念を抱いた。
「あら、主役を放ったらかしにしてしまったわね」
ゾフィの言葉に、ローゼは首を振った。
「いえ……皆さんが楽しそうにしているところを見ているの、私も楽しいです。私には、友達というのが、どういうものか実感がなかったのですが、何となく分かった気がします」
「私たちも、これからお友達になれるわよ。養子は名義だけという話だけど、私は、ローゼちゃんのような可愛らしい子とは、是非お付き合いしたいわ」
「あ、ありがとうございます……こちらこそ、よろしくお願いします」
ローゼは顏を赤らめながら言った。
「ゾフィ、ローゼ殿が可愛いからといって手を出さないでくれよ」
クラウスの言葉に、ローゼは首を傾げた。
「ああ、私、女の子のほうが好きなの。でも、ローゼちゃんに変なちょっかいかけたら、そこで睨んでるユリアンに殺されかねないし、自重するから安心して」
うふふと笑うゾフィを見て、ローゼは、まだまだ自分の知らない世界があるのだと思った。
「そういえば、ローゼ殿の年齢は幾つなんだい?」
「あの、正確には分からないんです……」
クラウスに尋ねられ、ローゼは俯いた。
依然として、デリウス子爵の屋敷に来る前のことは思い出せず、彼女は自分の正確な年齢すら分からないのだ。
「面倒が無いよう、ローゼの戸籍を作る際に、満十八歳ということにしておいた」
ユリアンが言った。
「私に、戸籍があるんですか?」
「ああ。言い忘れていたが、この国では戸籍がなければ生活に色々と支障があるから、俺の方で手続きをしておいた」
そう言って、ユリアンは得意そうな表情を見せた。
「満十八歳ということは、この国では成人と認められるから、養子の手続きも面倒じゃないね。子供を引き取る場合は、あれこれ五月蠅く言われるらしいけど」
ふむふむと、クラウスが頷いた。
「……養子になったら、クラウス様のことは、『お父様』とお呼びしたほうがよろしいのでしょうか?」
ローゼが言うと、クラウスは飲みかけの紅茶で咽て咳き込んだ。
「い、いや……今まで通りでお願いするよ……」
「そういえば、俺がローゼと結婚したら、クラウスが義理の父になるのか……そこまで考えていなかったが」
ユリアンが眉根を寄せて言った。
「勘弁してくれ、君みたいな可愛げのない息子は御免だ」
「それは、こっちの台詞だ」
冗談か本気か分からない言い合いをするユリアンとクラウスを見ながら、ローゼはゾフィと顔を見合わせ、微笑んだ。
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