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祝福者の傷

不信、麻痺、失声

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「……ん」
 目を覚ますと、俺はテーブルの上に自分の腕を枕にする体勢――寝る前の体勢のままだった。
 少し体が痛いが、仕方ない。

 だって、ベッドで寝る気にはなれないから。

 足を動かすと何かと、接触した、椅子の脚じゃない。
 声も聞こえる。
 か細い声が。
 見たくもないし、聞きたくもない、できれば当分関わりたくないと思いながらも、面倒くさい俺の良心が咎めてくるのに耐えきれなくて視線を向けた。
 王子様が、足元で俺に許しを請うような体勢を取っていた。
 か細い声で「行かないで、捨てないで、ごめんなさい、許してください」とか何度も何度も繰り返してる姿に。
 俺は耐えきれなくなって、また逃げた。

 トイレに駆け込んで、全部吐いた。

 昨日食べたもんがまだ残ってたのかそれも吐いたし、それでも吐き続けて胃酸まで吐いた。
 どれくらい吐いたか分からないけど、吐くのが終わると酷く苦しくて動くのもしんどいし、喉とか痛いし、口も変な感じで気持ち悪かった。

 ああ、何でお前がそういう態度を取るんだ!!
 腹が立つ、確かに王子様アンタは被害者だった、でも今のアンタは「加害者」だ!!
 ふざけるな「加害者」の癖して!!

 苛立ちが酷い、王子様の顔は当分見たくない、近づきたくない。
 無理に近づかれたら突き飛ばしかねない。
「あ゛……?」
 ぐにゃりと視界が歪む、ロクに休めてなかったのか、それとも精神的な物なのかもう俺にはどうでも良かった、俺はそのまま意識を暗転させた。


 目を覚ますと知らない部屋だった。
 王子様との部屋ではないが、明らかに普通の場所ではない、ベッドも、置いてある物全て見た事が無いものばかりだ。
「……どこだ此処」
 ガチャリと扉が開いた、憂鬱そうな王様が入って来た。
 王様は近づいてきて、俺に頭を下げた。
「……すまぬな、私の配慮が足りなかった結果其方の心に傷をつけ、体をそのように扱われる事態を引き起こした」
「……いいよ、もう後の祭りだしな」
 俺は投げやりにそう答えて、ベッドから下りようとしたら体にうまく力が入らなくて絨毯の敷かれている床に顔面から落ちた。

 おかしなことに、全く痛くなかった、そこそこ勢いよく落ちたのにだ。

「……あ゛? なんだ、これ、ちから、はいんねぇ……」
「――其方は一週間も眠っていたのだぞ」
「……は?」
 王様に抱き起されてベッドに戻される。
「……リアンが一度も出ようとしなかった部屋から出ようとした。それを感じ取ってきてみたら其方が意識を失って倒れていた。急ぎ医務室に運んだが――原因が分からず、定期的に医療者達に其方が栄養失調になどならぬように処置をさせつづけていた。今日の処置が終わったと聞いたので様子を見に来たら其方が起きたのだ」
「……ああ、そう、つか何処ここ?」
「城の客人用の部屋だ」
「……」
 色々と頭がぐちゃぐちゃして気持ち悪くなっていたが、俺は忘れてはならないことを思い出した。

 母さん達の――俺の家族のことだ。

「おい、俺の家族はどうした?!」
「既にこの国にいて、住居を構えて暮らしている。人と交わらぬ生活が長い故、今そこそこやり取りに苦労しているようだ、こちらも色々と援助はしてるが」
 王様の言葉に、俺は安心した。
 俺の実父に殺される心配は無くなったからだ。

 会いたいという気持ちが沸き上がるが、こんなひどい状態では会いたくないという気持ちの方が勝った。
 母さんは勘が鋭いから、今会うと、義父さん達が確実にキレるだろう、そうなると俺の家族が別の意味で危険な目にさらされかねない。

 ぶっちゃけこんな薄汚れた姿見られたくない。

 気分が悪くて仕方なかった、何も考えたくないし、できればあそこで死んでそしたら楽だったのに、何で生きてるんだろう俺、と思ってしまう。
 一週間も寝たまま放置すりゃ死んでたのに、何で生かす、ああ分かってる王子様が大事だからだ、王子様は――

 何も感じられなかった、心配するとか、鬱陶しいとか、顔も見たくないとかそういう感情が一切わかなかった。
 ただ、ああ、そういえば俺王子様の世話しろと言われたのに、してねぇや、その位の感情しかわかない。

「……王様、アンタの息子はどうしてるよ?」
 王様は答えない、俺の事を気にしてるようだ。
「……俺の事気にしないでいいよ」
 俺はどうでも良さそうに答えた。

 どうせ俺にはこんな人生がお似合いだ、他人の身勝手に振り回されるのが、何せ俺は「魔の子」、生を望まれなかった存在。
 家族を振り回すのが辛かった、だからこれは家族には知らせないままがいい。

「――其方が倒れて以来、食事も取らず、寝ることもしていない」
 しばらく沈黙してから、王様はそう答えた。
「……ああ、そう」
 俺はそう答えることしかできなかった。

 可哀そうとか、ざまぁみろとか、今の俺は思わなかった。
 なんだろう、多分俺の心もたった二日のアレでかなりおかしくなったんだろう。
 まぁ、一週間も原因不明――多分精神的な物で寝込んだんだ、その間に俺の頭の中はそういうのが麻痺したんだろう。
 ただ、ああ、そうなの、その程度しか思えない。

「……王子様、それでも生きれるのか、すげぇな」
「――侍女たちに其方の世話をさせる、其方の体は動くのが今辛いはずだ、ゆっくりと元の状態になるまで休むと良い」
 王様はそれだけ言って部屋から出て行った。
 俺はベッドの上を見ながらぼんやりしていると、品の良さそうな女性たちが入って来た。

 まぁ、それから俺は侍女さん方にお世話されながら、体を動かし始めた。
 一週間も動かしてないだけで、動かなくなる――いや、多分俺は動きたくないのかもしれない、というか生きていたくないのが正しいのかもしれない。

 その所為か、中々体は思い通りに動いてくれない、なのに俺は全く苛立ちが感じない。
 我ながら自分の精神状態やべぇなと思いつつ、侍女さん達に世話されながら過ごした。

 体が元の様に動くようになるのに、二週間かかった。
 早いのか遅いのかは分からない。
 まぁ、その間も、俺の心の状態はアレだった。
 家族の事を心配したりできるのはよかったが、それ以外――自分の事とかその他の事には酷く無関心――心がほとんど動かない。
 料理をだされても、ああ、食事か、程度で、最初の頃は味も熱さも冷たさもロクにわからなかった。
 まぁ、うっかり「味しねぇ」と呟いて医務室に運ばれたが、俺の味覚がマヒしてるんじゃなくて頭の方が味覚を感じられない状態になってると言われた。
 それから色んな検査して、薬だされて、今は味覚とか麻痺してた感覚が少しは戻ってる、まだ大部分がマヒしてるが。
 痛覚とかもまだ麻痺してる、痛いとか苦しいとか全く感じない。
 試しに自分の首を絞めてみた、あれ、呼吸できねぇ、程度しか感じられないから強く締めていたら侍女さん達に見つかって、ずっと監視されることになった。

 まぁ、そんなこんなで二週間経過した、俺の体は元の様に動くようになったが、色んな所がぶっ壊れたままだけど。

 一回だけアルゴスが来たけど、なんにも思わなかった。
 あれだけ腹を立てた相手なのに、何も思わなかった。

 アルゴスが謝罪してきたが、俺は何も答えなかった。
 謝罪の言葉に、ふざけるなとも、もういいよ、とも何も思えなかったのだ。
 だから答えなかった。

「――痛みは感じませんか?」
 結構鋭いと思う針を刺されているが、全く痛くなかった。
「全然」
「……」
 白い服を着た連中――医療関係者たちは、頭を抱えている。
「……すみません、よろしいですか」
「ん」
 責任者――セイアが俺の首を絞めてきた。
「苦しい、とかありませんか」
「息がしづらい感じがする、それだけ」
 セイアはため息をついた。
 毎日のように医療室に来て治療と同時に感覚などの検査をしているが、相変わらず俺の感覚とか感情のほとんどは麻痺してる。
 家族の事に関して麻痺してないのが少しだけほっとした、多分これも何も感じれなくなったら、俺は多分「治せない」状態に陥っていることになる。
 一通り検査とか色々終わると、俺は客人用の部屋に戻ってくる。

 食事を取り、夜になると薬を飲んで寝る。
 治療の薬と、睡眠薬。

 どうやら俺はそのあたりも壊れたらしく、睡眠薬がないと寝れなくなった。
 此処で過ごすようになって二日目に、俺は何も言ってないのに侍女さん達が俺が明らかにおかしいと感じたようで「寝ておりますか」と聞いてきた。
 俺は正直に「寝てない、眠気がこない、何故か寝れない」と答えた結果処方された。

 あれ、俺、こんなに壊れやすかったっけ?

 ふと、俺はそう思った。
 産まれて二十年位あれ程命を狙われ、追われていた時は平気だったのに、それとは違う環境で二日過ごしただけで俺の感覚とか感情の大部分がおかしくなってた。
 同じ家族のためのはずなのに――あれ、なんでだろう。

「ニュクス様、どうなさいましたか?」
「――」

 別になんでも、と答えたようとしたはずなのに、急に声がでなくなった。

 あ、おれ、自分で自分にある意味止め刺したのかなぁ。

 そう思いながら喉をさすっていると侍女たちは慌てて俺に何度も話しかけ、一部の侍女は医療関係者を呼びに行った。

 耳が聞こえなくなるのは嫌だなぁ、そう思いながら、俺は喋れなくなったのを他人事のように特に焦る事もなく感じていた。

 きっと、聞こえなくなっても、同じような反応なんだろうなぁ、そう思いながら。




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