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忘却故の悲劇
怯える、依存しあう
しおりを挟む「……ん」
眠っていたニュクスが目を覚ました。
顔色は少しだけ良くなっているが、やはり辛そうだ。
「ニュクス、大丈夫かい?」
「……うん……」
腹に手を当てて、酷く暗い表情で君は言う。
全然大丈夫ではなさそうだ、それに口から時折痛みに耐えるような声が零れていた。
「……痛み止めをもらってこようか?」
「い、いい……りゆう、しゃべりたく、ない……」
ニュクスは酷く怯えた声で私の提案を否定した、きっと私以外の皆は自分の体の事を知らないと思っているのだ。
「……理由をしゃべらなくていいよ、痛み止めが欲しいと言えば、くれるはずだから」
「……ほん、とう?」
「ああ、一緒にいるから大丈夫、言わないから」
「う、うん……」
ぎゅっと手を掴んでくる様子が、酷く悲しかった。
セイアを呼び、痛み止めを出すように言った。
セイアは微かに残る血の臭いで理由を理解したらしく、月の血用の痛み止めを持ってきてくれた。
何か食べてから飲んだ方がいいと言われたので、マイラに頼んで軽食を持ってきてもらった。
ニュクスは柔らかな菓子と、果実茶をほんの少しだけ口にしてから首を振った。
どうやらこれ以上食べられないようだ。
でも少し食べられただけでもいいと、薬を飲んだ。
ただ、その後トイレに駆け込んで、吐き出す音が聞こえた。
ふらつきながら戻ってきて、そしてベッドに横になった。
横になったニュクスの隣に座り、頬を撫でる。
「……辛いかい?」
「……うん」
気のせいではない、少しニュクスの口調が「幼く」なっている。
マイラが触ろう気遣って毛布をかけようとするとニュクスはびくりと体を震えさせたので、睨みつけてしまった。
マイラに非はない。
だが今のニュクスは、自分が他者と「違う」ことを知られることを酷く怖がっている。
だから、君は他者との接触に酷く怯えている。
知っている、とは言えない。
言ったら、君は一気に不信状態に陥るだろう。
そうなったら、最悪の事態になりかねない。
「……」
眠る君の頬をそっと撫でる。
不安げな表情、怯えた表情。
壊れた私は君に縋った、結果私は君を壊してしまった。
犯して、苦しめて、歪みや傷を取り返しがつかない程に一気に噴出させて、結果君は全てを忘れた――そしてまた、苦しみ始めた。
家族に返すことなどできない。
言わなくても分かるからだ、産んだ親ならニュクスの体が他と違う事を。
もし其処で「それが原因で追われた」事や「命を狙われた」事を知ったら、ニュクス君は、自死してしまいかねない。
自分を「生きていてはいけない存在」だと思い詰めて、君は死ぬことを選ぶだろう。
だから、家族の元に返すことなどできない。
でも、君から家族の事を聞かれたら、どう説明すればいいのか、今も分からない。
君の苦しみを少しでも和らげる方法が、私には分からない。
私は君がいてくれただけで、それだけで救われたのに。
私がいることが君の救いにならない、その事実が――自分のしでかしてきた事の重さを思い知らされて、辛い。
夜――食事の時間に、ニュクスは目を覚ました。
食事を出されたけど、君は口にしなかった。
どうしてかたずねても、君は口を閉ざして、視線をそらしていた。
セイアがやって来て診察しようとした途端、暴れ出した。
予想通り、自分の体に触れる事を酷く恐れている。
嘗ての私のような発狂状態になった。
触れるのは、私だけ。
ニュクスを抱きしめて、必死になだめる。
「大丈夫だ、具合を見るだけだから、それが怖いなら、お願いだ、言ってくれ、どうしたんだい?」
抱きしめて、何度も何度も声をかけると、漸く、小さな声で理由を言ってくれた。
『どくがはいってるきがしてこわい』
セイアが仕方なく栄養点滴をしようとしたら再び暴れ出した。
それも、駄目らしい。
何とか再度抱きしめ、それもしないと言って、なだめる事で落ち着いてもらうことができた。
だが、ニュクスは食べなければ餓死してしまう、其処は普通の人間と同じだ。
食べてもらわなければ、いけない、無理なら今まで通り栄養点滴だったが、それも無理。
このままでは君は餓死してしまう。
私は手を付けていないニュクスの食事を見つめる。
正直賭けだった。
パンをかじり口に入れる。
ニュクスの顔を掴んで口移しでそれを与える。
「あ゛……う゛……」
戸惑ったような声をしたが、大人しく呑み込んでくれた。
「……無理なら吐いてもいいんだ」
そう言ってしばらく様子を見るが、吐き出す仕草は見られなかった。
だが、気にして吐き出さないだけかもしれない。
一旦マイラやセイアを部屋から退出させる。
明らかに私以外の他者の視線を気にしている。
「……大丈夫、誰も君を咎めないから、無理しないでくれ。気持ちが悪いならそう言っていい、もうしないから……」
背中をさすりながら、なるべく刺激しないような声で話しかける。
ニュクスは口を震わせながら、うつむいていた顔を上げた。
「おか、しい、よな……なんで、おうじ、さまの、くちの、なか、はいった、のへいき、とか……だって、おれが、おせわ、しな、いと」
「……いいんだ、そう言うのは、君は私の世話をずっとしてくれた。だから私がする番になった、それだけ。気にしないでくれ」
「で、も……」
「いいんだよ、ニュクス。もう自分を責めなくていいんだ、自分がおかしいとか思わなくていいんだ――」
抱きしめて、口づけた。
『今更じゃないか、そんな言葉』
突き刺すような声、諦めたような言葉。
幻聴か、それとも君の奥底に残った本心が聞こえているのか、どちらにせよこれは私の罪を咎めるものに変わりない。
ベッドに押し倒して、何度も唇を重ねる。
服を身に着けたまま、まぐわいじみた行為をする。
服越しに体を触り合って、何度も口づけをして、足を絡めあう。
性器のある箇所は触れない、触れたとしても、胸元や腰だけ。
嫌がる素振りは見せなかった、積極的にこちらに応えてくれた。
情欲の熱に浮かされた顔に、服を脱がして抱きたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
ある意味、児戯のような、こっけいな行為にも見えるだろう、私とニュクスのこの行為は。
生産性も、発散も、ないのだ。
ただ、熱を宿して、発露することなく、体力を消費して、終わる。
他の者からすれば意味のない行為かもしれない。
でも、それでも良かった。
自分に抱き着き、まぐわいじみた行為で快楽を感じて、体力を消耗して、穏やかに眠るニュクスを見て、少しだけ安心した。
自分から手を離してくれなかったが、それでよかった。
抱き合い、眠る愛しい妻を抱きしめながら、私も目を閉じた。
立場が逆転した。
違う点は、私が今の私を保てているのはニュクスがいるから、そしてニュクスがなんとか生きることを放棄しないのは、私がいるから。
それだけは少し異なる。
食事も変わった、調理した物を、私は何とか食べれるようになった。
そして自分の食事が終わると、口移しでニュクスに、食事を与える。
まるで親鳥が雛に餌を与えるように。
その間は、二人っきりになる、食事を終えると、マイラを呼んで、空になった皿などを片付けさせる。
再び二人っきりになると、まぐわいじみた行為を繰り返すようになった。
服を身に着けたまま、愛撫を互いに繰り返す。
口づけを何度も繰り返し、唾液を交換し合う。
ニュクスの服を脱がして、まぐわい遊びのような行為ではなく、抱きたくないのかと言われたら本音としては抱きたい。
でも、私はそれを自分から言ってはいけない、言う権利などない。
そしてそれをしてはならない。
この行為自体、本当はするべき行為ではなかったと思っている。
結果として、運よくニュクスが不安定な状態に陥るのを止める行為になってるだけ。
ニュクスが怯える事なく、眠ることができる手段になっただけ。
だから、これより先は自分からは求めない。
でも、どちらにせよ、酷い行為なのは分かる。
私から先に繋がりを求めたら、傷が開くかもしれない。
今の君が、それを望むということは、自分の「性」が「異なる」のを直視することになる。
ニュクス、君を傷つけるだけ傷つけて、これほどになるまで追い込んだ、私の事を、許さないでくれ。
君のその想いに、身勝手な独占欲、身勝手な愛情を向ける私の事を、許さないでくれ。
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