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忘却故の悲劇
受け入れられない
しおりを挟む我が子リアンの妻が目を覚まして二週間が経過した。
目覚めて、忘却が発覚し、最初は普通に接していたリアンの妻はその日の内にリアン以外が触ると暴れるようになった。
首から上なら問題ないが、首から下にリアン以外が触ろうものなら暴れ出す。
敵意ではない、恐怖を感じて暴れ出すのだ。
リアンはその理由を頑なに喋らないし、リアンの妻――ニュクスも言おうとしない。
が、大体想像はついている。
ニュクスは己の性別を忘れていた、男か女か、分からないと。
ニュクスの覚えている知識の性には男と女の性しかない、だが、自分の性がどちらでもなく、そしてどちらでもある、知ってしまったら?
他の者がそれを知らないと思っているとしたら?
嘗てそれ故「異常」と迫害され命を狙われていた事を感覚的に覚えていたとしたら?
何が何でもそれを隠し通そうとするだろう、自分は「異常」でそれを知られたら――何をされるか分からない、殺されるかもしれない、もしくは「化け物」と呼ばれるかもしれない。
医療責任者のセイアからの報告からもそれが読み取れる。
まさか、月の血が来た所為で、自分が他と異なるというのを目にしてしまうとは予想外だったが。
リアンだけが暴れるのを抑え、宥めることができるのも、食事を与えることができるのも、リアンがそれを「知っていて」受け入れているからであろう。
他の者の反応は怖くてニュクスは言えないのだろう。
知られまいと、する。
そして、食事。
知らないと思っていると同時に「実は知っていて、異常だから殺そうとしているんじゃないか」という考えもあるのだろう。
故に、どちらにせよ、ニュクスの様子が安定しない今は言うべきではない。
ニュクスはリアン以外に酷い恐怖と不信を抱いている。
リアンはそんなニュクスに依存し、それで良いと思っていると同時にその考えを恥じている。
傷のなめ合う関係ですらない、どれ程報われない関係なのだろうか。
引き離せば二人とも壊れる、だから引き離すことなどできはしない。
ただ、祈るしか私にはできない。
少しでも二人の心が救われるように、壊れたその心が良くなるようにと。
夜の食事が終わる。
口移しで、ニュクスに、ニュクスの分の食事を与え終えてから、マイラを呼び食器などを下げさせる。
ニュクスは嫌がるというよりも、自分を責めている。
そうしなければ、食べることもままならない状態の自分を責めている。
君は、何も悪くないのに。
私はそれを、うまく伝えられない。
食事後、歯を磨くのは別に問題なかった。
問題なのは――湯浴み。
裸になる行為を、ニュクスは酷く嫌がる。
正確には、裸になることに怯えている。
男でもない、女でもない、体を見られるのが怖くてたまらないのだ。
私であっても、見られるのを嫌がる。
見られて、拒絶されるのが怖い、と怯えている。
『りあんに、ぶきみ、って、きしょくわるい、って、いわれたら、もう、どうしたら、いいか、わから、ない』
怯えた声で蹲って言う君に、私は無理強いなどできるわけがない。
だから、その時は決して見ないようにしている。
着替えも湯浴み場の前に置いて、ニュクスが着替えたことを告げるまで決して私は見ないようにしている。
「……おわった……」
湯浴みを終え、着替え終わったのが音で分かる、振り返ると、寝衣に身を包んでいた。
「では、私も湯浴みをしてくる、待っていてくれるかい?」
「……うん」
ベッドに座らせてから、私は湯浴みへと向かう。
湯浴みにあまり時間をかけられない、今のニュクスは一人にすると酷く不安定になる。
急いで体を洗い、少しの間だけ湯に浸かってから、上がり体を拭いて出る。
用意しておいた服に身を包み、ニュクスの傍に駆け寄る。
「大丈夫かい?」
「……うん」
手を、親指を隠している。
「……指を見せてくれないかい?」
「……」
ニュクスは恐る恐る親指を見せた、爪はボロボロになり、血が滲んでいた。
「……痛かっただろう」
私はそう言ってその指を口に咥えて、舐る。
最初は治癒術で治療したのだが、治癒術で治してしまえば同じ行為を頻繁に繰り返すようになった、治癒布もはがしてしまう。
なので今は、少しだけ時間をかけて私が舐って治すことにしている。
舐めて治すと、他の種族ではあまり良くないらしいが、私達の種族のは唾液にはそれなりに高い治癒成分が入っているので、舐めて治すという行為で軽い傷位なら治すことはよくある。
あくまで自分か――それを許す親しい仲にしかやらない行為だが。
最初やった時はニュクスも驚いて、動けなくなった。
やった後、説明して、それ以来はこの治療法にしている。
この治療法の場合だと、ニュクスは自分の事を傷つける行為の頻度が減る。
気持ち悪がってるのかもしれないが、ニュクスは何も言わない。
言ってくれれば、別のをまた考えるのだが、君は何も言わない。
治ったのが分かり、口から指を取り出し、布で唾液を拭く。
「……あまり、自分を傷つけないように……お願いだ」
「……うん」
少しだけ信用ができない返事。
また何かきっかけがあれば私がいない時自傷行為に走るのが分かっている。
「りあん……」
「何だい?」
「……いつもの……」
私の手をぎゅっと掴んで、そういう。
いつもの「まぐわい遊び」を強請る言葉。
「……いやなら、いいよ……がまんする……」
「嫌じゃない」
私はそう言って、ニュクスをベッドに完全に寝かせて口づけをして、まぐわいじみた行為を始める。
服越しに、体を触りあう、足を絡ませあう。
直接触れるのは髪や顔、手や素足の部分だけ。
後は服越し。
下半身は、性器のある箇所は手で触れることはしない。
最近ニュクスは服越しだが性器をすり寄せるような仕草をしているが、それを指摘することはしない。
好きなようにさせている。
ずりずりと、昂った男性器と、その下にある女性器を擦り付けるような仕草。
荒い呼吸を繰り返している、ずっと絶頂に至らぬ快楽が続いていたが、反応的に体の方がそれに我慢ができなくなっているように思えた。
ちらりと見れば、股間の部分が濡れている。
「――!!」
ぎゅうとしがみついてきた。
匂いとしては薄いがそれでも特徴的な香り、君の物だから問題なかった、他の存在が出した物だったら、私は吐いていただろう、思い出したくもない凌辱の臭いを思い出して。
ニュクスはカタカタと震えている。
私は黒い長い髪を撫でて、額に口づけをする。
ニュクスがした行為は可愛い物だ。
壊れていたからといって、我慢できなかったからといって、まぐわいを知らぬ体を無理やり犯した私の許されざる行為に比べて。
「大丈夫、自然な事だから。でも、汚してしまったから、着替えた方がいい」
自分の行為を受け止められない、ニュクスを優しく抱きしめて、撫でながらそう声をかける。
これが最善なのかわからない、最善があるなら教えて欲しかった。
ニュクスは、小さく頷いて、起き上がった。
その間私は顔を背ける、着替えを見られるのは、ニュクスは嫌がるから。
着替え終わったのか、再びベッドに戻り、私に抱き着いてきた。
ニュクスの方を見て、抱きしめて、頭を撫でる。
「……ごめん、なさい……」
「大丈夫、謝らないで。おかしいことじゃない、普通のことだよ」
そう言って、抱きしめて、髪を撫でていると、静かな寝息が聞こえてきた。
顔を見ると、目元には涙の痕跡あった。
自分の事が自分で制御できない、どうにもできないのは辛いことだ。
それが原因で誰かを傷つけたりしてしまった。
取り返しのつかないことをしてしまった。
そう思ってしまう程、ニュクス、君は自分を追い詰めてる。
その苦しみの罰を受けるのは私だというのに。
取り返しのつかない事を幾度も繰り返して、その結果が今だ。
君を苦しめている。
ずっと苦しんでいた君が忘却して救われたと思ったのに、不完全な忘却故に、苦しむことになった。
もし、自分の「性」を受け入れて入れたなら、きっと違ったのだろう。
でも君はずっと、自分の「性」を受け入れられなかった。
今も、受け入れられずにいる。
自死行為をしないことだけが今は救いだけど――明日目を覚ました時、君がそれをしてないという保証はない。
眠ることが怖くなる。
目を覚まして、君が、息絶えていたとしたら――
恐ろしい予感に、私はその夜、眠ることができなかった――
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