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Ⅴ章――――夜に流れる光の音
23 それから
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サバイバル生活を送り、帰還した俺たちは、念のため病院で検査を受けることになった。緊張の糸が切れたのだろう。担架に乗せられた俺は、意識を失うように眠ってしまった。
後で聞いたのだが、衰弱していたのはどうやら俺の方だったらしい。折谷は一日入院して早々に退院したようだ。
俺が退院する頃には、島が彩られていた。
俺は受付を済ませた。事務の人に「ありがとうございました」と頭を下げ、玄関へ向かう。少しの不満を抱きながら、気だるい体を運んでいく。
俺は樫崎島に戻ってきた日のことを振り返り、現状にいじけていた。
あの日、俺は命からがら帰ってきたというのに、家族の出迎えはなかった。折谷の母ちゃんはちゃんと来てくれていたというのに、うちの家族ときたら……。
ようやく姿を現したのは、入院して二日目のことだ。病室を訪ねてきたのは妹の穂鷺美。しかもその第一声が、「やっほー! お兄ちゃん生きてる~?」だ。
縁起でもないことを言いながらやってきた妹は、俺の着替えと果物を持ってきてくれた。父ちゃんと母ちゃんは仕事もあって行けないとのことだが、それだけじゃないだろう。
妹を問い詰めると、「村島さんからただの脱水と低栄養だって聞いてるから大丈夫さ。俺の息子がそう簡単に死ぬわきゃねえんだ。だーはははははは‼」と、穂鷺美クオリティの父ちゃんモノマネを炸裂させた。なんだ! 俺を鉄人かなんかと思ってやがんのか。こちとらごく平凡な高校生だっつーの!
妹も用が済んだら早々に帰りやがった。まったく、薄情な家族だ。
そして、退院の今日も迎えに来なかった。一応病院が連絡したが、歩けないほどじゃないと知ると、一人で大丈夫だっていうことになったらしい。
てなわけで、俺は一人きりで病院から出てきた。
なんて物悲しい。ちょっと寂しい気持ちになりながらトボトボと歩いていた時だった。
「退院の日には似合わない顔ね」
ふわりと香るような声に視線を向けた。病院の塀にもたれていた女性は、短いズボンに発色の強いオレンジのTシャツという格好。激しく見覚えがある褐色の肌と猫っぽい目つき。今じゃミジンコでも見るような目をしている。
「なんだ、見舞いにでもきてくれたのか?」
「君の妹に頼まれたの」
「穂鷺美が? てか、お前と穂鷺美って仲よかったっけ?」
「ちょっと病院で会っただけ」
「ん? 穂鷺美のヤツ、お前のところにも見舞いに来たのか? いや、でも穂鷺美が病院に来たのって昨日だったはず……」
「そ、そんなこと、どうでもいいでしょ。行くよ」
「どこに?」
折谷は歩き出そうとした足を止め、振り返る。黒髪が流れ、まとまっていく。猫っぽい瞳が優しさを纏って俺を見据える。
「脳みそまで海水に侵されたの? 今日はお祭りでしょ」
「ええ⁉ いやいや、俺、退院ホヤホヤなんですけど……」
「元気になったから退院したんでしょ」
有無を言わさないつもりらしい。折谷は放心した俺を置いてけぼりにして歩いていってしまう。暑苦しい空気の中で、俺は深いため息を落とす。
やれやれ……。どいつもこいつも、俺の扱いが雑だよなぁ。
俺は苦笑し、妙に久しぶりに感じる樫崎島の道を歩き始めた。
ほんのりと赤みをつけていく空と海。今日は一層熱気が立ち込めている。幾段の層が混じり合い、寄せ合うように島中が騒がしい。
ひそかに楽しみにしていた人たちも多かったのだろう。祭りの一端が垣間見れる通りへ一歩出れば、変貌を遂げた町で人波が行き交っていた。
街路樹につるされた提灯が列を作り、赤い光をぼんやり灯している。
どこの家の玄関にもユリの葉が飾られ、深い茶色の甚平を着る男と、ピンクの着物を着る女性が民謡の音楽にのせて踊り、道路を行進していた。さらに、踊りの行列の中央には、煌びやかな装飾が施された神輿が行進の流れに合わせて道を進んでいる。
俺たちは立ち見する住人たちの後ろを通り、折谷の先導のもと、突き進んでいた。
お祭り騒ぎするのは今日と明日。しかも島全体で行うとあってかなり大規模らしい。各地区で祭りが行われており、この行進は地区と地区でバトンをつなぐように島をぐるっと回っていくそうだ。この熱気たるや、嫌でもテンションはたかぶる。
本調子なら俺も飲み食いして、お祭りの雰囲気に呑まれていくところだが、たった三日入院していただけなのに、俺の若気はしおれてしまったらしい。
むんむんする熱気。香しい匂い。おそらく、俺たちが進んでいる先で香っているのだろう。
「なぁ、どこへ行くんだ?」
なんとなく流されるまま折谷についてきたが、十五分以上歩かされていればさすがに気になってしまう。腰の後ろで自分の手首を掴みながら歩く折谷は、素直についてくる犬となった俺に汗ばんだ顔を向ける。
「あたしたちにはやることがあるでしょ」
「やること?」
隣を歩く折谷は、俺の態度に心底がっかりしたと言いたげに目を細め、肩を落とす。
「なんだよ!」
「病院にいたおかげでますます腑抜けに磨きがかかったわね」
「お前……病み上がりなのに厳しいよな」
「優しくしてほしいの?」
「そらな。俺だって純情な男子高校生だっての」
こういうのは売り言葉に買い言葉だ。折谷なら突き放してくれると思ったのだが。
「そう……。考えとく」
「え?」
戸惑いを隠せずマヌケな声を出した俺は、折谷の様子をうかがったものの、折谷の横顔は艶やかな黒髪に隠れてよくわからなかった。
後で聞いたのだが、衰弱していたのはどうやら俺の方だったらしい。折谷は一日入院して早々に退院したようだ。
俺が退院する頃には、島が彩られていた。
俺は受付を済ませた。事務の人に「ありがとうございました」と頭を下げ、玄関へ向かう。少しの不満を抱きながら、気だるい体を運んでいく。
俺は樫崎島に戻ってきた日のことを振り返り、現状にいじけていた。
あの日、俺は命からがら帰ってきたというのに、家族の出迎えはなかった。折谷の母ちゃんはちゃんと来てくれていたというのに、うちの家族ときたら……。
ようやく姿を現したのは、入院して二日目のことだ。病室を訪ねてきたのは妹の穂鷺美。しかもその第一声が、「やっほー! お兄ちゃん生きてる~?」だ。
縁起でもないことを言いながらやってきた妹は、俺の着替えと果物を持ってきてくれた。父ちゃんと母ちゃんは仕事もあって行けないとのことだが、それだけじゃないだろう。
妹を問い詰めると、「村島さんからただの脱水と低栄養だって聞いてるから大丈夫さ。俺の息子がそう簡単に死ぬわきゃねえんだ。だーはははははは‼」と、穂鷺美クオリティの父ちゃんモノマネを炸裂させた。なんだ! 俺を鉄人かなんかと思ってやがんのか。こちとらごく平凡な高校生だっつーの!
妹も用が済んだら早々に帰りやがった。まったく、薄情な家族だ。
そして、退院の今日も迎えに来なかった。一応病院が連絡したが、歩けないほどじゃないと知ると、一人で大丈夫だっていうことになったらしい。
てなわけで、俺は一人きりで病院から出てきた。
なんて物悲しい。ちょっと寂しい気持ちになりながらトボトボと歩いていた時だった。
「退院の日には似合わない顔ね」
ふわりと香るような声に視線を向けた。病院の塀にもたれていた女性は、短いズボンに発色の強いオレンジのTシャツという格好。激しく見覚えがある褐色の肌と猫っぽい目つき。今じゃミジンコでも見るような目をしている。
「なんだ、見舞いにでもきてくれたのか?」
「君の妹に頼まれたの」
「穂鷺美が? てか、お前と穂鷺美って仲よかったっけ?」
「ちょっと病院で会っただけ」
「ん? 穂鷺美のヤツ、お前のところにも見舞いに来たのか? いや、でも穂鷺美が病院に来たのって昨日だったはず……」
「そ、そんなこと、どうでもいいでしょ。行くよ」
「どこに?」
折谷は歩き出そうとした足を止め、振り返る。黒髪が流れ、まとまっていく。猫っぽい瞳が優しさを纏って俺を見据える。
「脳みそまで海水に侵されたの? 今日はお祭りでしょ」
「ええ⁉ いやいや、俺、退院ホヤホヤなんですけど……」
「元気になったから退院したんでしょ」
有無を言わさないつもりらしい。折谷は放心した俺を置いてけぼりにして歩いていってしまう。暑苦しい空気の中で、俺は深いため息を落とす。
やれやれ……。どいつもこいつも、俺の扱いが雑だよなぁ。
俺は苦笑し、妙に久しぶりに感じる樫崎島の道を歩き始めた。
ほんのりと赤みをつけていく空と海。今日は一層熱気が立ち込めている。幾段の層が混じり合い、寄せ合うように島中が騒がしい。
ひそかに楽しみにしていた人たちも多かったのだろう。祭りの一端が垣間見れる通りへ一歩出れば、変貌を遂げた町で人波が行き交っていた。
街路樹につるされた提灯が列を作り、赤い光をぼんやり灯している。
どこの家の玄関にもユリの葉が飾られ、深い茶色の甚平を着る男と、ピンクの着物を着る女性が民謡の音楽にのせて踊り、道路を行進していた。さらに、踊りの行列の中央には、煌びやかな装飾が施された神輿が行進の流れに合わせて道を進んでいる。
俺たちは立ち見する住人たちの後ろを通り、折谷の先導のもと、突き進んでいた。
お祭り騒ぎするのは今日と明日。しかも島全体で行うとあってかなり大規模らしい。各地区で祭りが行われており、この行進は地区と地区でバトンをつなぐように島をぐるっと回っていくそうだ。この熱気たるや、嫌でもテンションはたかぶる。
本調子なら俺も飲み食いして、お祭りの雰囲気に呑まれていくところだが、たった三日入院していただけなのに、俺の若気はしおれてしまったらしい。
むんむんする熱気。香しい匂い。おそらく、俺たちが進んでいる先で香っているのだろう。
「なぁ、どこへ行くんだ?」
なんとなく流されるまま折谷についてきたが、十五分以上歩かされていればさすがに気になってしまう。腰の後ろで自分の手首を掴みながら歩く折谷は、素直についてくる犬となった俺に汗ばんだ顔を向ける。
「あたしたちにはやることがあるでしょ」
「やること?」
隣を歩く折谷は、俺の態度に心底がっかりしたと言いたげに目を細め、肩を落とす。
「なんだよ!」
「病院にいたおかげでますます腑抜けに磨きがかかったわね」
「お前……病み上がりなのに厳しいよな」
「優しくしてほしいの?」
「そらな。俺だって純情な男子高校生だっての」
こういうのは売り言葉に買い言葉だ。折谷なら突き放してくれると思ったのだが。
「そう……。考えとく」
「え?」
戸惑いを隠せずマヌケな声を出した俺は、折谷の様子をうかがったものの、折谷の横顔は艶やかな黒髪に隠れてよくわからなかった。
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