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第2章 新しい風
いにしえの場所 ― 4 ―
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正直かなりやばかった。
アエリアが俺の膝の上で抵抗もせず俺に触られるままになっている状況に、自分でもいつまで理性が持つのか自信がなくなってきていた。
少しずつ指を這わせても赤くなるだけで抵抗もされず、とうとう胸に手が伸び、正に理性が手を振って去っていこうとしたその直後、俺の腕の中でアエリアが突然クテっと沈んだ。
驚いてひっくり返してみれば真っ赤に茹であがって気を失っている。
湯あたりしたのか。
温く感じてもミネラルの溶け出したここの湯は結構身体を温めてくれる。アエリアを構うのに夢中でそんなこともすっかり忘れていた。
急いでアエリアを湯から引きあげ、地熱の通った暖かい岩肌に寝かせて一旦滝の下に水を浴びに行った。頭を冷やさないとアエリアに意識がなくても俺自身、何をするか分からない。
落ち着きを取り戻した頃、アーノルドが声をかけてきた。荷物を運び込んでここで休めるように整えるというので入室を許可すると茹であがったアエリアをみて怒鳴りだす。
「アーロン様。物には限度というものがあります。こんな幼い子が茹だりあがるまで、一体何をされたんですか!」
返す言葉もなかった。
水辺から一番遠い場所を居住区として整えるためにカーペットを敷き、転移魔法で別室から運び込んだマットレスや家具を空間魔法で適当に配置する。その間にもアーノルドはシーツを整えたりリネンをそろえたり、テーブルに果物の乗った籠を乗せたりとやけに細かい気遣いをして回っている。
元々俺の僕としてこの城で仕えていたので俺が何も言わなくても必要なものが分かるようだ。
マットレスの上にアエリアを寝かせてよく冷やしたタオルを首にあててやる。頭は俺の膝に乗せて少し高くする。アエリアのまだ湿った前髪を梳いてやっているとタイラーが心配そうに声をかけてきた。
「夕食は本当に屋敷から持ち込んだ食料だけで宜しいのですか?こちらの料理人も準備したいと申していますが」
「まだ駄目だ。コイツに説明するにしても今日はまだ無理だろう」
「そうですか。皆ご挨拶したいと言っているのですが」
「絶対ここに入れるな。俺の気配がする場所には決して顔を出さないように言い置いておけ」
「そうですか。残念です」
俺たちの話し声でアエリアがゆっくりと目を覚ました。アーノルドが冷たい飲みものを準備し始める。
「気が付いたか?」
「師匠、私?」
「お前、風呂でのぼせただろう」
「あ」
思い出した様子のアエリアがまた真っ赤になった。その様子を見てこちらまで顔が火照ってくる。
「アエリア様。お飲みものをどうぞ」
気を利かせたアーノルドがスッと横からグラスに入った柑橘系のジュースをアエリアに手渡した。
「アーノルド様、ありがとうございます……ひえ!?」
手渡されたグラスを掴んでアーノルドを見あげたアエリアが突然変な声を上げた。
「どうした?」
「どうしたって、ア、アーノルド様、頭、頭から角が!」
しまった。
俺とアーノルドは顔を見合わせて頭を抱える。あんまりアーノルドのやつが自然に振る舞っているので、こいつが擬態を解いているのをすっかり忘れていた。
「アーノルド、自分で説明してやれ」
俺が投げやりに言い放つと、アーノルドは諦めたように驚いて目が点になっているアエリアに小さく微笑みかけ、マットレスの横に跪いて話し始めた。
「アエリア様。まだちゃんとした自己紹介をさせていただいていませんでしたね。私の名前はアーノルド。現在ルトリアス公国魔導騎士団第一師団長を拝命しております」
アエリアはしっかりと話は聞いているようだが、アーノルドの頭の上の角がどうしても気になるようで目線が上にずれている。
「私は元々アーロン様に仕える竜人です。っと言っても純粋な竜人ではなく、人と竜の間に生まれ竜人となったいわゆる半竜ですが」
「竜人、ですか。私、これまで人間以外の種族の方にお会いしたことありませんでした。その、立派な角ですね」
俺とアーノルドは驚いて顔を見合わす。
「……お前、気になるのは角だけなのか?」
「え? だって本物の角ですよ?モンスターでもないのに角が生えてるなんて……凄い!」
まだアーノルドの角から目を離さないアエリアは、それでも目を輝かせながら答えた。
俺とアーノルドはお互い信じられない思いで見つめ合った。
コイツの感性がコチラの人間に沿っていない可能性はそこそこ疑っていたがここまでとは。
コチラの人間にとってモンスターとの混血は禁忌だ。自分たちの命を脅かす種に対する防衛反応としてそれはさほど不思議ではない。婚姻など無論ありえないし、間違っても子供を作ろうなどとは思わない。だから混血というのは一部の性欲の強い種族のモンスターが人間に無理矢理子供を産ませた結果ということになる。
その中でも竜種は混血を産ませることが多い。非常に性欲が高くしかも人間を好むという、人間にとっては非常に迷惑な種族なのだ。竜種はその個体数自体が少ないので種全体から見れば影響はさほどではないが、それでも竜人という種族がコロニーを作れる程ではある。
それをアエリアは角が凄いで済ませてしまった。しかもいつの間にか手を伸ばしてアーノルドの角を触ろうとしてる。
触れられる直前で気がついたアーノルドが流石に真っ赤になってバッと逃げ出した。
「アエリア、それは止めてやれ。竜人にとって角は特別だ。それに触るということは婚姻をほぼ意味する」
俺の言葉でアエリアは残念そうに動きを止めた。だが直ぐに思いついたように俺に振り返った。
「師匠、師匠にも角があるんですか?」
キラキラした目で見つめて来やがる。
一瞬本当の姿を見せたらコイツはどんな反応をするのか見てみたくもなったが流石にそれは思いとどまった。
「……お前は知らなくていい」
「えー? ……師匠のケチ」
「なんか言ったか?」
「イエナニモ」
しかしコイツが竜人を恐れないとなると色々話が変わってくる。
「師匠、師匠も竜人なのですか?」
アエリアが手を出さなくなったので安心して飲みものを継ぎ足しに戻って来たアーノルドがハッと慌てて俺を振り返る。
俺が怒り出すとでも思ったのか?
そんなアーノルドに苦笑いを返しつつ、無邪気に質問してきたアエリアになるべく言葉を選んで説明してやる。
「竜王の子供は全て竜となる。全ての竜は竜王の子供だ。その中でもただ一人が竜王を継ぐ。よって俺は竜であり、現在ただ一人の竜王だ」
アエリアはしばらく考え込んでいたがゆっくりと顔を上げた。
「師匠は普通に人にしか見えませんけど、竜王だからいつも私に意地悪するんですか?」
素っ頓狂なアエリアの指摘に一瞬何を言われたのか全く頭が追い付かなかった。
「え? は? あ……そうだな」
なんとも間抜けな答えしか返せなかった。
俺が竜王で竜だと告白したのに、気になるのはそこだけか?!
「……ふ、ハッ、ハハ、アハハッハハハ」
笑いが勝手にこみ上げてきた。
今まで怖れ敬われ忌避され隠し続けてきたこの血脈は、コイツにとっては意地悪をする種族って程度の問題だったらしい。
横でアーノルドも唖然としている。多分俺とアエリア、両方にだろう。アエリアはアエリアでムッとしてこちらを睨んでいる。
「師匠なんで笑うんですか? これは切実な問題ですよ。師匠の意地悪が生まれつきなんじゃ直らないじゃないですか」
俺はなんとか笑いを噛み殺しながら返事を返す。
「ああ、直らないな。お前が慣れるしかない」
「そんなぁ」
ああ、直らないな。直す気なんかない。俺の意地悪はコイツが好きだからだ。これから酷くなることはあっても止めるつもりはない。そう、コイツの言う意地悪は、俺にとって、コイツを可愛がることになってしまったのだから。
「安心しろ。いつかお前も意地悪されたくなる」
させてみせる。
「そ、それは何か違うような……」
アエリアはまだゴタゴタ言っている。その割に顔が少し赤い。ちょっとだけ自惚れてもいいのだろうか?
さっきもあれだけやったのに拒絶はされなかった。それどころか真っ赤になって身体を捩り小さな呻き声を漏らしてた……
やばい。また身体が反応してきた。こんなんで俺はあと4日も持つのか?
「アーロン様。自粛という言葉をご存知ですか?」
アエリアをジッと見つめる俺に、アーノルドが綺麗な微笑みを浮かべながら鋭い目つきを向ける。
「アエリア様はまだ成人されたばかりです。あまり無茶をされませんように」
コイツは付き合いが長い分俺を知りすぎている。ピピンとどっこいどっこいだ。
うるさいやつを連れてきてしまったと思いつつも、このひどく優しい時間に俺は今までになく心が軽くなった気がした。
アエリアが俺の膝の上で抵抗もせず俺に触られるままになっている状況に、自分でもいつまで理性が持つのか自信がなくなってきていた。
少しずつ指を這わせても赤くなるだけで抵抗もされず、とうとう胸に手が伸び、正に理性が手を振って去っていこうとしたその直後、俺の腕の中でアエリアが突然クテっと沈んだ。
驚いてひっくり返してみれば真っ赤に茹であがって気を失っている。
湯あたりしたのか。
温く感じてもミネラルの溶け出したここの湯は結構身体を温めてくれる。アエリアを構うのに夢中でそんなこともすっかり忘れていた。
急いでアエリアを湯から引きあげ、地熱の通った暖かい岩肌に寝かせて一旦滝の下に水を浴びに行った。頭を冷やさないとアエリアに意識がなくても俺自身、何をするか分からない。
落ち着きを取り戻した頃、アーノルドが声をかけてきた。荷物を運び込んでここで休めるように整えるというので入室を許可すると茹であがったアエリアをみて怒鳴りだす。
「アーロン様。物には限度というものがあります。こんな幼い子が茹だりあがるまで、一体何をされたんですか!」
返す言葉もなかった。
水辺から一番遠い場所を居住区として整えるためにカーペットを敷き、転移魔法で別室から運び込んだマットレスや家具を空間魔法で適当に配置する。その間にもアーノルドはシーツを整えたりリネンをそろえたり、テーブルに果物の乗った籠を乗せたりとやけに細かい気遣いをして回っている。
元々俺の僕としてこの城で仕えていたので俺が何も言わなくても必要なものが分かるようだ。
マットレスの上にアエリアを寝かせてよく冷やしたタオルを首にあててやる。頭は俺の膝に乗せて少し高くする。アエリアのまだ湿った前髪を梳いてやっているとタイラーが心配そうに声をかけてきた。
「夕食は本当に屋敷から持ち込んだ食料だけで宜しいのですか?こちらの料理人も準備したいと申していますが」
「まだ駄目だ。コイツに説明するにしても今日はまだ無理だろう」
「そうですか。皆ご挨拶したいと言っているのですが」
「絶対ここに入れるな。俺の気配がする場所には決して顔を出さないように言い置いておけ」
「そうですか。残念です」
俺たちの話し声でアエリアがゆっくりと目を覚ました。アーノルドが冷たい飲みものを準備し始める。
「気が付いたか?」
「師匠、私?」
「お前、風呂でのぼせただろう」
「あ」
思い出した様子のアエリアがまた真っ赤になった。その様子を見てこちらまで顔が火照ってくる。
「アエリア様。お飲みものをどうぞ」
気を利かせたアーノルドがスッと横からグラスに入った柑橘系のジュースをアエリアに手渡した。
「アーノルド様、ありがとうございます……ひえ!?」
手渡されたグラスを掴んでアーノルドを見あげたアエリアが突然変な声を上げた。
「どうした?」
「どうしたって、ア、アーノルド様、頭、頭から角が!」
しまった。
俺とアーノルドは顔を見合わせて頭を抱える。あんまりアーノルドのやつが自然に振る舞っているので、こいつが擬態を解いているのをすっかり忘れていた。
「アーノルド、自分で説明してやれ」
俺が投げやりに言い放つと、アーノルドは諦めたように驚いて目が点になっているアエリアに小さく微笑みかけ、マットレスの横に跪いて話し始めた。
「アエリア様。まだちゃんとした自己紹介をさせていただいていませんでしたね。私の名前はアーノルド。現在ルトリアス公国魔導騎士団第一師団長を拝命しております」
アエリアはしっかりと話は聞いているようだが、アーノルドの頭の上の角がどうしても気になるようで目線が上にずれている。
「私は元々アーロン様に仕える竜人です。っと言っても純粋な竜人ではなく、人と竜の間に生まれ竜人となったいわゆる半竜ですが」
「竜人、ですか。私、これまで人間以外の種族の方にお会いしたことありませんでした。その、立派な角ですね」
俺とアーノルドは驚いて顔を見合わす。
「……お前、気になるのは角だけなのか?」
「え? だって本物の角ですよ?モンスターでもないのに角が生えてるなんて……凄い!」
まだアーノルドの角から目を離さないアエリアは、それでも目を輝かせながら答えた。
俺とアーノルドはお互い信じられない思いで見つめ合った。
コイツの感性がコチラの人間に沿っていない可能性はそこそこ疑っていたがここまでとは。
コチラの人間にとってモンスターとの混血は禁忌だ。自分たちの命を脅かす種に対する防衛反応としてそれはさほど不思議ではない。婚姻など無論ありえないし、間違っても子供を作ろうなどとは思わない。だから混血というのは一部の性欲の強い種族のモンスターが人間に無理矢理子供を産ませた結果ということになる。
その中でも竜種は混血を産ませることが多い。非常に性欲が高くしかも人間を好むという、人間にとっては非常に迷惑な種族なのだ。竜種はその個体数自体が少ないので種全体から見れば影響はさほどではないが、それでも竜人という種族がコロニーを作れる程ではある。
それをアエリアは角が凄いで済ませてしまった。しかもいつの間にか手を伸ばしてアーノルドの角を触ろうとしてる。
触れられる直前で気がついたアーノルドが流石に真っ赤になってバッと逃げ出した。
「アエリア、それは止めてやれ。竜人にとって角は特別だ。それに触るということは婚姻をほぼ意味する」
俺の言葉でアエリアは残念そうに動きを止めた。だが直ぐに思いついたように俺に振り返った。
「師匠、師匠にも角があるんですか?」
キラキラした目で見つめて来やがる。
一瞬本当の姿を見せたらコイツはどんな反応をするのか見てみたくもなったが流石にそれは思いとどまった。
「……お前は知らなくていい」
「えー? ……師匠のケチ」
「なんか言ったか?」
「イエナニモ」
しかしコイツが竜人を恐れないとなると色々話が変わってくる。
「師匠、師匠も竜人なのですか?」
アエリアが手を出さなくなったので安心して飲みものを継ぎ足しに戻って来たアーノルドがハッと慌てて俺を振り返る。
俺が怒り出すとでも思ったのか?
そんなアーノルドに苦笑いを返しつつ、無邪気に質問してきたアエリアになるべく言葉を選んで説明してやる。
「竜王の子供は全て竜となる。全ての竜は竜王の子供だ。その中でもただ一人が竜王を継ぐ。よって俺は竜であり、現在ただ一人の竜王だ」
アエリアはしばらく考え込んでいたがゆっくりと顔を上げた。
「師匠は普通に人にしか見えませんけど、竜王だからいつも私に意地悪するんですか?」
素っ頓狂なアエリアの指摘に一瞬何を言われたのか全く頭が追い付かなかった。
「え? は? あ……そうだな」
なんとも間抜けな答えしか返せなかった。
俺が竜王で竜だと告白したのに、気になるのはそこだけか?!
「……ふ、ハッ、ハハ、アハハッハハハ」
笑いが勝手にこみ上げてきた。
今まで怖れ敬われ忌避され隠し続けてきたこの血脈は、コイツにとっては意地悪をする種族って程度の問題だったらしい。
横でアーノルドも唖然としている。多分俺とアエリア、両方にだろう。アエリアはアエリアでムッとしてこちらを睨んでいる。
「師匠なんで笑うんですか? これは切実な問題ですよ。師匠の意地悪が生まれつきなんじゃ直らないじゃないですか」
俺はなんとか笑いを噛み殺しながら返事を返す。
「ああ、直らないな。お前が慣れるしかない」
「そんなぁ」
ああ、直らないな。直す気なんかない。俺の意地悪はコイツが好きだからだ。これから酷くなることはあっても止めるつもりはない。そう、コイツの言う意地悪は、俺にとって、コイツを可愛がることになってしまったのだから。
「安心しろ。いつかお前も意地悪されたくなる」
させてみせる。
「そ、それは何か違うような……」
アエリアはまだゴタゴタ言っている。その割に顔が少し赤い。ちょっとだけ自惚れてもいいのだろうか?
さっきもあれだけやったのに拒絶はされなかった。それどころか真っ赤になって身体を捩り小さな呻き声を漏らしてた……
やばい。また身体が反応してきた。こんなんで俺はあと4日も持つのか?
「アーロン様。自粛という言葉をご存知ですか?」
アエリアをジッと見つめる俺に、アーノルドが綺麗な微笑みを浮かべながら鋭い目つきを向ける。
「アエリア様はまだ成人されたばかりです。あまり無茶をされませんように」
コイツは付き合いが長い分俺を知りすぎている。ピピンとどっこいどっこいだ。
うるさいやつを連れてきてしまったと思いつつも、このひどく優しい時間に俺は今までになく心が軽くなった気がした。
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