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第3章 邂逅

95話 過去 ~ 夕日の沈まぬ世界へ 其の3

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 ――ワイルダネス郊外

「ほー、上から来なすったんで。そりゃ大変だねぇ」

「え、えぇ」

 一行は縁あって人の良い老人が営業する店へと向かう事となった。明らかに労働者とは違う身綺麗な少女とスーツ姿の青年が橋の下で焚き火で暖を取るという奇妙な光景は、実際のところ相当に危険な行為だ。

 異星からの観光客がワイルダネスこのまちで下車するなどまず有り得ないし、この星の富裕層もまた同じく特段の理由でもなければ態々こんな場所に来ない。理由は明快、羽振りの良さそうな身形故に金目当てのトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。

 伊佐凪竜一の実力ならば命を落とす危険性は無いだろうが、難癖をつけられ余計なトラブルを背負い込む可能性は高かった筈だ。何せ一行の誰もこの星の常識を知らないのだから。

 運が良かった。良識と善意が服を着たようなこの老人との出会いは正に幸運であり、一行も渡りに船とばかりに状況を説明して助力を願おうと考えたのだが、しかしこの星に来た経緯をどう説明するかという大きな問題が横たわる。

 地球と言う惑星で何者かに襲撃され、恒星間航行が出来る高性能な機体に乗って惑星間を逃げ回っています。今の状況を簡潔に説明するとこうなるのだが、果たしてそれを説明して納得してもらえるかは甚だ疑問。

 真面目に話を聞けば誰もが"正気か"と疑うような内容であり、仮に信じて貰えたとしてもこの老人がその話を吹聴すれば敵に居所を知られる可能性が上昇する。ツクヨミと伊佐凪竜一はどうするか散々に悩んだ末、何処から来たかをはぐらかしつつ適当な作り話をでっち上げる事で解決した。

「……という訳です。"黄金郷"を途中下車し、信頼できる現地の人間にエスコートを頼んだのですが、どうやら裏で良からぬ連中と繋がっていたようです」

 人は誰かから何らかの話を聞かされた時、ソレが真実かどうか一々確認する事などしない。嘘がバレる危険性と罪悪感に苛まれる伊佐凪竜一を無理やり黙らせたツクヨミが道すがらに虚実織り交ぜながら事情を説明すれば、全てを聞き終えた老人は足を止め一行を見つめた。

 疑っている訳ではないし驚いた訳でもない、ただ目的地に着いただけだ。目の前には小さな小さな建物があった。木製で出来たこじんまりとしたその場所を端的に説明すれば、個人経営の小さな食堂だろう。

「へぇ。で、その連中に車から放り出され、荷物も盗られて売れる物も無いと。そりゃあ大事だ。さて、積もる話は一旦後回しにして何か食べていくと良い」

 "ギリウス"。辛うじてそう読めるくすんだ看板のかかった年季の入った店は、こう言っては悪いが古ぼけた外観の割に店内は整理されているようだが、一方で店内の至る所に汚れがこびりついている。しかし不思議と不快感は無い。自分の代ではなくその親辺りから受け継がれたであろう歴史や趣を感じた。

「アレ?もう店開いてんの?」

 一行が僅か数人しか座れない手狭な店の椅子に腰かけた直後、背後から扉越しであるかの様にくぐもってた声が聞こえ、次にガラリと古めかしい扉を力いっぱい開ける音が響いた。外からの冷たい風が店内に吹き込み香ばしい香りを含んだ熱気を撹拌、ツクヨミのカメラアイを曇らせる。

「おお、今日は珍しく遅刻かい?」

 老人がそう声を掛けた視線の先、店の入口を見ればひとりの青年が息を荒げながら扉に手を掛けていた。

「いや違げぇよ。今日は臨時で休みなんだよ。だけどお偉いさん達がまた賃金カットするとかナントカでよォ、今日は皆で話し合いに行こうって事になったんだよ。嘆いてたって何も変わんねぇ、納得出来ねぇなら行動あるのみよ!!」

「ありゃあ、そうかい。しかし済まないねぇ、今は此方のお客さん達が優先なんだ」

「マジかよ。爺さんの飯食ってから行こうって思ったのになぁ」

「スマンねぇ。あぁそうだ、代わりと言ってはなんだが今日は良い魚が手に入ったんだ。ホラ、こいつだ」

 老人はそう言うとツクヨミが釣り上げ伊佐凪竜一が焼いた魚を常連客の若者に見せた。

「マジか、アカカワマスじゃんソレ。何、俺に?」

「用事が終わったら寄ってくれ、調理して渡してあげよう」

「仕方ねぇ、じゃあ爺さん約束だからな」

 若者はそう言うと老人の店の扉を閉めると大急ぎで何処かへ向かっていった。老人は細い目で若者の背中を見つめながら"いってらっしゃい"と見送ったが、その視線を直ぐに伊佐凪竜一達へと戻した。

「さて、と。じゃあ少しだけ待っておくれ。直ぐに用意するからね」

 その言葉にテキパキと調理を始める老人の仕草は彼の人柄の良さを物語る。が、伊佐凪竜一は不意に席を立った。

「あの、やはり遠慮します。好意を素直に受け取れないのでは無いです、自分達の不始末の一端を押し付ける様な真似はしたくない」

 彼は老人の目を見つめながらはっきりと好意を断ったが、対する老人はその言葉を聞きながらも調理の手を止めない。一方、ツクヨミと姫は彼の言葉の真意を理解できるような出来ない様な、そんな困惑した様子で2人を交互に見つめている。

「まぁ落ち着きなさい。それに君はそれで良くてもそちらのお嬢さんはどうするね?まだまだこれからという大切な時期に食事を取れないと心も身体も健やかに育たない。君の言葉に偽りが無いのはよく分かる、だが時には人の好意を素直に受け取る事も大事だ」

 老人の言葉に年相応かそれ以上の重み、老獪さ、何より善意で溢れていた。この老人には分かっていた。目の前で自分を真っすぐに見つめる青年は自分の行動のツケを他人に被せたくないという少々融通の利かない性格をしている事に、その理由も他人に迷惑を掛けたくないという至極真っ当な理由からである事に。

 だから……そう言った性格の人間を説得するにはどうすれば良いのかもよく知っていた。年の功。老人の説得に隣から見上げる姫の顔を改めて覗いた伊佐凪竜一は申し訳なさそうに席に座った。その表情は今の今まで自分の感情を優先するあまり姫を勘定に入れていなかった不甲斐なさを悔いている。

「それに君達、余りこの星に詳しくないようだ。君達が火を熾していたあの橋の下でさえ誰かの土地。企業であれ個人であれ国であれ、その中で勝手に何かをすれば即座にシェリフ……連合で言うヤタガラスが即座に飛んでくる。知っていたかい?」

「この星に関する情報はある程度持っています。しかし、そんな情報は記録の何処にもありませんでした。疑う訳では無いが本当なのでしょうか?」

「本当さ。今の情勢は余り良くないんだ。市民達はただでさえ厳しい生活を強いられるのに金を吸い上げる鉄道会社やその息の掛かった政治家連中は下に金を下ろさない。誰も彼もが厳しい生活に身を置けば副業の一つでもしたくなるものさ」

「つまり、私達は難癖をつけて金を巻き上げられる可能性があったと言う訳ですね?」

「ま、身も蓋も無い言い方をすればそうなるね。特に事情を知らぬ他星系からの旅行者となれば尚更、要はカモという事さ。良い話では無いが、しかしこれもこの星の一面だ」

「そんな……そんな話……」

「もっと上の方々はそんな事知らないだろうね、彼らはそんな現実をデータや数字に置き換えた報告書しか見ないだろう?生の感情や悲惨な現実はデータと言うフィルターを通る際にろ過されてしまうのさ」

 姫は俯き、ツクヨミは何も語らず、伊佐凪竜一は大きなため息を零した。他星系での旅の開始直後に迂闊な行動を取ってしまったのだからそうなる。

「やはりこの星の事情に詳しい人物の助力がいりますね」

「あの時の俺みたいに……でもそんな奴そうそういるかな?」

「まぁ積もる話は後にして、注文は決まったかい?」

 老人は朗らかな笑顔で語り掛けると、2人は互いに顔を見合わせ小さな食堂の壁にぶら下がるメニュー表を睨み始めた。同時、食堂内を駆け巡る熱気が一層強まり始める。ツクヨミがカメラアイの曇りをふき取る横に座る伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫の額に小さな汗が浮かび始めた。
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