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第6章 運命の時は近い
207話 不協和音
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追手の意識を己に釘付けにする為、彼を逃がす為、囮となった白川水希とアックスが搭乗する車は猛スピードで伊佐凪竜一から離れる。
自動運転車では出せない速度での走行を実現させたのは彼女の同僚、元清雅社員達の努力の賜物。戦闘により転移装置が使用不可となった場合を想定した半自動運転車は、マニュアル操作時限定で最大約300キロ程度での走行を可能とする。安全性と引き換えに実現した最高速度を最大限に稼働して逃げ回る彼女達の存在は周囲と比較すれば余りにも目立つのだが、ソコは囮なので問題ない。
また、その副産物も囮の後押しをする。彼女達が道中に残す無数の置き土産。自動運転の限界を遥かに超える速度を感知、急停車した車の数々はさながら足跡の如く囮の進行方向を雄弁に語る。
一方、遥か上空――
猛烈な勢いと轟音を伴い、空を切り裂きながら車を追いかけるセラフ。と、不意に機械仕掛けの天使達の頭上に巨大な影が踊った。守護者の専用兵装、黒雷だ。ココまでの情報を総合すれば守護者とセラフを擁するザルヴァートル財団が手を結んでいるなど想像するに容易い。最悪の事態ではあるが、幸いにも双方共に車から荷物が一つ減った事実に気付かないまま追跡を続ける。
想定とは違う状況に想定とは違う運用、更には急造の半自動運転車という三重の不測が重なってしまったが、それでも白川水希達は見事に伊佐凪竜一を逃がす事に成功した。
が、ソレだけだ。改造された車は現場への急行を想定しており、まさかセラフや黒雷から逃げる事など想定していない。攻撃防御は言うに及ばず、各種センサー類への被探知性などまるで考慮していない。
追手を振り切るのは不可能。セラフを相手に行動を起こすにはは余りにも遅すぎた。詰まり、伊佐凪竜一を逃がす代償を白川水希とアックス=G・ノーストは支払わなければならないという事だ。良くて半死、最悪は死亡という極めて重い運命が2人の背後から迫る。
車内の様子は先程までとは明らかに違う空気へと変容した。白川水希とアックスの戦闘能力は無いに等しい。少々腕が立つ輩が相手ならば勝てる見込みもあっただろうが、スサノヲさえ苦戦を免れないセラフだけでも絶望的だと言うのに黒雷まで合流しているのだからもはや手に負える状況ではない。
「てっきりアナタも逃げると思っていました」
想定外の追手、セラフの気配を背中に感じ取る位置にまで接近を許した車内に白川水希の声が木霊した。
「冗談は止せ。女を囮に逃げるなんて俺の矜持に反する」
「それが理由で死んでも?」
「人の命は高くない、ただ短いだけってね。だが、短かろうが俺の正義に反する真似は出来ねぇ。今、アンタを見捨てて生き延びたって俺ァ俺の生き方を誇れねぇ。俺の魂のど真ん中を貫く俺の正義がそれを許さないんだよ」
「そうですか、では可能な限り時間を稼いで……一緒に死にましょうか」
「オイオイ、オレは死ぬ覚悟は出来たがココで死ぬつもりは無いぜ!!」
弱気な彼女を鼓舞するかの如くアックスは叫ぶと胸元から2枚のプレートを取り出し、実体化させた。旗艦では一式に分類される標準的な自動式拳銃。
N-10より提供された情報によれば彼リボルバータイプを好んで使用するそうだが、ゴツくて黒い見た目の地球製の銃は残念ながら彼の好みとは合致しないようで何度も何度も手触りを確認するようにグリップを握り直し、やがて納得がいったのか一際強く握り込む。
直後、グリップから幾つもの光の筋が銃身に向け走った。カグツチの光。一式の銃に並々と充填された未知の粒子がアックスの意志に反応、僅かに輝きを見せた。
ソレは最低限度の戦闘力を持つ証左。が、一夜漬けでどれ程の成果があるのか、そもそもアックスにどの程度の適性があるのかは未知数。幾ら銃の腕前が人並み外れていようが、カグツチを十全に扱えなければここから先の戦いに付いて行けず、どれだけ意気込もうが死以外の末路は無い。
「アナタ、勝てると思っているの?」
どうやら白川水希の方が状況をよく理解しているようで、情報に疎いアックスを窘めるような口調で問いただす。
「アンタこそどうしてそんな死にたがる!!」
「相手を知らない訳では無いでしょう?作戦説明の時に教わった"戦いを絶対に避ける相手"、そのリストに載っていた相手ですよ?」
「だからどうした!!いいか良く聞けよ、この世で自分を殺せるのはこの世で只一人、自分だけだ!!諦めたらッ……」
「私の過去を知らないからそう言えるッ!!」
共通の話題である伊佐凪竜一が消えた影響か、それとも不安に押し潰されたのか、険悪となった車内の雰囲気は限界を突破、遂には言い争いへと発展した。
そのやり取りに私は一つの情報を思い出した。地球と旗艦を巻き込んだ戦いが起こる前に起きた出来事、数千年の文明差を引っ繰り返す力を発揮した"ハバキリ"と混合させた地球製ナノマシン、"マジン"の完成度を上げるべく行われた悍ましい研究の数々を。要は人体実験だ。その"材料"は言わずもがなであり、ツクヨミ清雅の暗部に拉致された人間はかなりの数に上るそうだ。
今でもはっきりと思い出せる。その時の事を、そのデータを見た時の私を、目の前にいたA-24を激しく糾弾したあの日を、まるで昨日のように。全てはツクヨミの情報を元に清雅源蔵が主導したとは言え、それを黙認した彼の罪は決して軽くは無いし、何より人を道具と見做すその行為は確実に主の意向と真逆だ。
その人体実験を指揮したのが清雅源蔵とその腹心であった白川水希。研究データは残念ながら終戦と同時に地球側に接収されてしまい詳細を確認する事は出来なかったが、彼女の態度と少し前に地球に降りた関宗太郎の秘書が語った内容から考えれば、研究所なり施設なりで行われた所業が如何に凄惨であったか想像するに容易い。
数千年先を行く文明を相手にする為ならば手段など選んでいられない。となれば十分以上に非道、非人道的な実験が行われた筈。彼女は人命を軽んじ過ぎた。そうしなければ地球が壊滅する、桁違いの犠牲者を出すという運命が差し迫っていたとは言え、彼女が自らの意志で外道への道を進んだ事実に変わりはなく。
贖罪と、彼女はそう口にした。が、余りにも多くの命を奪った過去が現在の意志を押し潰し、生きる意志さえ奪う。特に日本という地域には死んで償うと言う考え方が強く根付いているそうだ。流石に今現在ではそんな過激な文化は衰退しているようだが、一昔前には腹を切って詫びると言う独特の処刑ないし自殺方法もあったと耳にした。
死が贖罪と同義という文化で育った人間ならば、罪の重さに耐え兼ねた末に贖罪を兼ねる選択を選んだとしても何ら不思議ではない。文化に殺される。私の目から見ればそうとしか思えない状況なのだが、一方で白川水希はその道が正しいと信じている節がある。
しかし私には彼女が自らの意志でそこへ進んでいると思えなかった。責任を取って死ぬというその文化は、その実死という形の責任を強要している様に見えた。
確かに彼女の死を望む者は多い。その高い能力を贖罪という形で酷使する、ストレートに言えば生きて償わせた方が利があると誰もが理解していても、日本で育った多くの人間、何よりツクヨミ清雅の犠牲となった人間の血縁が望む結末は漏れなく彼女の死だ。日本と言う極めて特殊な死への信仰、死んで償うという土着信仰が今も尚根強く残る日本という地域で育ったが故に、彼女は死への道を突き進む。
「何だよそりゃあ!?」
アックスのがなる声が車内を揺さぶる。我慢ならない。文化的な土壌に抗いがたい過去という至極真っ当な理由があろうとも、自ら死ぬという選択に我慢がならない心情が滾った声だ。彼は軽蔑の色を帯びた目で白川水希を睨む。車内の空気は酷く冷め、重く、苦しい。
自動運転車では出せない速度での走行を実現させたのは彼女の同僚、元清雅社員達の努力の賜物。戦闘により転移装置が使用不可となった場合を想定した半自動運転車は、マニュアル操作時限定で最大約300キロ程度での走行を可能とする。安全性と引き換えに実現した最高速度を最大限に稼働して逃げ回る彼女達の存在は周囲と比較すれば余りにも目立つのだが、ソコは囮なので問題ない。
また、その副産物も囮の後押しをする。彼女達が道中に残す無数の置き土産。自動運転の限界を遥かに超える速度を感知、急停車した車の数々はさながら足跡の如く囮の進行方向を雄弁に語る。
一方、遥か上空――
猛烈な勢いと轟音を伴い、空を切り裂きながら車を追いかけるセラフ。と、不意に機械仕掛けの天使達の頭上に巨大な影が踊った。守護者の専用兵装、黒雷だ。ココまでの情報を総合すれば守護者とセラフを擁するザルヴァートル財団が手を結んでいるなど想像するに容易い。最悪の事態ではあるが、幸いにも双方共に車から荷物が一つ減った事実に気付かないまま追跡を続ける。
想定とは違う状況に想定とは違う運用、更には急造の半自動運転車という三重の不測が重なってしまったが、それでも白川水希達は見事に伊佐凪竜一を逃がす事に成功した。
が、ソレだけだ。改造された車は現場への急行を想定しており、まさかセラフや黒雷から逃げる事など想定していない。攻撃防御は言うに及ばず、各種センサー類への被探知性などまるで考慮していない。
追手を振り切るのは不可能。セラフを相手に行動を起こすにはは余りにも遅すぎた。詰まり、伊佐凪竜一を逃がす代償を白川水希とアックス=G・ノーストは支払わなければならないという事だ。良くて半死、最悪は死亡という極めて重い運命が2人の背後から迫る。
車内の様子は先程までとは明らかに違う空気へと変容した。白川水希とアックスの戦闘能力は無いに等しい。少々腕が立つ輩が相手ならば勝てる見込みもあっただろうが、スサノヲさえ苦戦を免れないセラフだけでも絶望的だと言うのに黒雷まで合流しているのだからもはや手に負える状況ではない。
「てっきりアナタも逃げると思っていました」
想定外の追手、セラフの気配を背中に感じ取る位置にまで接近を許した車内に白川水希の声が木霊した。
「冗談は止せ。女を囮に逃げるなんて俺の矜持に反する」
「それが理由で死んでも?」
「人の命は高くない、ただ短いだけってね。だが、短かろうが俺の正義に反する真似は出来ねぇ。今、アンタを見捨てて生き延びたって俺ァ俺の生き方を誇れねぇ。俺の魂のど真ん中を貫く俺の正義がそれを許さないんだよ」
「そうですか、では可能な限り時間を稼いで……一緒に死にましょうか」
「オイオイ、オレは死ぬ覚悟は出来たがココで死ぬつもりは無いぜ!!」
弱気な彼女を鼓舞するかの如くアックスは叫ぶと胸元から2枚のプレートを取り出し、実体化させた。旗艦では一式に分類される標準的な自動式拳銃。
N-10より提供された情報によれば彼リボルバータイプを好んで使用するそうだが、ゴツくて黒い見た目の地球製の銃は残念ながら彼の好みとは合致しないようで何度も何度も手触りを確認するようにグリップを握り直し、やがて納得がいったのか一際強く握り込む。
直後、グリップから幾つもの光の筋が銃身に向け走った。カグツチの光。一式の銃に並々と充填された未知の粒子がアックスの意志に反応、僅かに輝きを見せた。
ソレは最低限度の戦闘力を持つ証左。が、一夜漬けでどれ程の成果があるのか、そもそもアックスにどの程度の適性があるのかは未知数。幾ら銃の腕前が人並み外れていようが、カグツチを十全に扱えなければここから先の戦いに付いて行けず、どれだけ意気込もうが死以外の末路は無い。
「アナタ、勝てると思っているの?」
どうやら白川水希の方が状況をよく理解しているようで、情報に疎いアックスを窘めるような口調で問いただす。
「アンタこそどうしてそんな死にたがる!!」
「相手を知らない訳では無いでしょう?作戦説明の時に教わった"戦いを絶対に避ける相手"、そのリストに載っていた相手ですよ?」
「だからどうした!!いいか良く聞けよ、この世で自分を殺せるのはこの世で只一人、自分だけだ!!諦めたらッ……」
「私の過去を知らないからそう言えるッ!!」
共通の話題である伊佐凪竜一が消えた影響か、それとも不安に押し潰されたのか、険悪となった車内の雰囲気は限界を突破、遂には言い争いへと発展した。
そのやり取りに私は一つの情報を思い出した。地球と旗艦を巻き込んだ戦いが起こる前に起きた出来事、数千年の文明差を引っ繰り返す力を発揮した"ハバキリ"と混合させた地球製ナノマシン、"マジン"の完成度を上げるべく行われた悍ましい研究の数々を。要は人体実験だ。その"材料"は言わずもがなであり、ツクヨミ清雅の暗部に拉致された人間はかなりの数に上るそうだ。
今でもはっきりと思い出せる。その時の事を、そのデータを見た時の私を、目の前にいたA-24を激しく糾弾したあの日を、まるで昨日のように。全てはツクヨミの情報を元に清雅源蔵が主導したとは言え、それを黙認した彼の罪は決して軽くは無いし、何より人を道具と見做すその行為は確実に主の意向と真逆だ。
その人体実験を指揮したのが清雅源蔵とその腹心であった白川水希。研究データは残念ながら終戦と同時に地球側に接収されてしまい詳細を確認する事は出来なかったが、彼女の態度と少し前に地球に降りた関宗太郎の秘書が語った内容から考えれば、研究所なり施設なりで行われた所業が如何に凄惨であったか想像するに容易い。
数千年先を行く文明を相手にする為ならば手段など選んでいられない。となれば十分以上に非道、非人道的な実験が行われた筈。彼女は人命を軽んじ過ぎた。そうしなければ地球が壊滅する、桁違いの犠牲者を出すという運命が差し迫っていたとは言え、彼女が自らの意志で外道への道を進んだ事実に変わりはなく。
贖罪と、彼女はそう口にした。が、余りにも多くの命を奪った過去が現在の意志を押し潰し、生きる意志さえ奪う。特に日本という地域には死んで償うと言う考え方が強く根付いているそうだ。流石に今現在ではそんな過激な文化は衰退しているようだが、一昔前には腹を切って詫びると言う独特の処刑ないし自殺方法もあったと耳にした。
死が贖罪と同義という文化で育った人間ならば、罪の重さに耐え兼ねた末に贖罪を兼ねる選択を選んだとしても何ら不思議ではない。文化に殺される。私の目から見ればそうとしか思えない状況なのだが、一方で白川水希はその道が正しいと信じている節がある。
しかし私には彼女が自らの意志でそこへ進んでいると思えなかった。責任を取って死ぬというその文化は、その実死という形の責任を強要している様に見えた。
確かに彼女の死を望む者は多い。その高い能力を贖罪という形で酷使する、ストレートに言えば生きて償わせた方が利があると誰もが理解していても、日本で育った多くの人間、何よりツクヨミ清雅の犠牲となった人間の血縁が望む結末は漏れなく彼女の死だ。日本と言う極めて特殊な死への信仰、死んで償うという土着信仰が今も尚根強く残る日本という地域で育ったが故に、彼女は死への道を突き進む。
「何だよそりゃあ!?」
アックスのがなる声が車内を揺さぶる。我慢ならない。文化的な土壌に抗いがたい過去という至極真っ当な理由があろうとも、自ら死ぬという選択に我慢がならない心情が滾った声だ。彼は軽蔑の色を帯びた目で白川水希を睨む。車内の空気は酷く冷め、重く、苦しい。
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