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第一話 「婚約破棄を宣言する!」
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賑やかなパーティー会場。
しかしその空気が一変したのは突然だった。
「グレース・アグリシエ侯爵令嬢。お前との婚約破棄を宣言する!」
そんなトンデモ発言に、一同が「うぉう」とか何とか騒ぎ出した。
婚約破棄宣言を堂々と言い切ったのはこのボークス王国の王太子であるところのハドムンである。
ハドムンが真っ直ぐに指を突きつける方、そこに立っていたのは名前を呼ばれた令嬢だ。
彼女は栗毛を揺らし、ほんの少しだけ小首を傾げる。そして問うた。
「――今のは聞き間違いではありませんね? まずは落ち着いてくださいまし、殿下」
「これが落ち着いてなどいられるか。お前は、侯爵令嬢という地位にありながら虐待を行った。妹を鞭で引っ叩き、体にあざを作ったのだろう。こんなことが貴族にあってはならない!」
「妹? ああ、ジェイミーのことですか。そういえば彼女、熱心に己の体を鞭で叩いておりましたね。マゾヒスト的趣味があるのかと思っておりましたが……こういうわけでしたか。さすがのワタクシですら驚いてしまいましたよ」
にっこりと微笑む侯爵令嬢――グレース。
しかしその空色の瞳は少しも笑っていなかった。冷たい光を帯びながら、まっすぐにハドムン王太子を見つめている。
「そしてあなたが背に庇うようにしておられるのはジェイミーですね。ジェイミー、嘘はいけませんよ。あなたはお義母様に本当によく似ておられる。別に、構わないのですが」
「なっ、何ですのその言い方! お義姉様、自分の立場わかってます!?」
そう叫んだのはグレースより一回りほど小さい少女。
いかにも幼女趣味な変態が好きそうな愛らしさを持つ彼女は、グレースの義妹であるジェイミーだ。
「公衆の面前でそのような汚い声を上げるんじゃありません。我が侯爵家の名が汚れます。わかりますね?」
「お義姉様は婚約破棄されたんですのよ!?」
「わかっています。王族主催の社交パーティーの最中、状況も見ずに王太子だからと言って声を張り上げ、場に見合わぬことなど考えもせずに、王家と侯爵家の取り決めである婚約を破棄した。解消ではなく破棄です。それは相手の名誉を傷つける行為だと思われますが」
グレースは、誰からどう見ても穏やかに見えただろう。
しかし内心は燃え上がっていた。意訳をすれば、
なんだあんた、サイテーだな。こんな場所でアホなことすんなよ。やるならもっと大事なとこでやれ。そんなぶりっ子に絡め取られて恥ずかしくないのかよ。バーカ、クソ王太子が!
といった感じである。もちろん口には出さないが。
「当然であろう。貴族にあるまじき行為をしたお前に、もはや名誉も何もない」
「証拠はあるのですか」
「ジェイミーの証言がある。それ以上に何が必要というのだ?」
「色々と必要と思いますね。被害者以外の証言や、物的証拠。それがない限りは断罪できないと思いますし、それは法廷がやることであって王太子の仕事ではありません。殿下、お仕事が溜まっているはずですね? ワタクシが手伝って差し上げている部分は良いのですが、婚約を破棄した以上はご自分でやっていただくしかありません。それでも構いませんね? ワタクシが殿下の仕事の七割を受け持っていること、当然ながらご存知ですよね?」
ハドムン王太子の、ただでさえ白い顔から少し血の気が引いたように見えた。
金髪に橙色の瞳の美形なのにこんなに馬鹿では話にならない。そんなことを思いながらグレースは、今度は義妹に向き直る。
「殿下を手球に取るのは容易かったでしょう。ワタクシが仕事に追われている隙をついて、殿下と接触し、そして甘い言葉をかければ彼はすぐ手に入れられたでしょうからね。ずっと羨んできたお義姉様を貶めた気分、どうですか? マゾヒストまがいの行動をした意味があったと考えますか?」
「何を言ってますのっ。イチャモンはそっちでしょうが!」
「ここが法廷でない以上、ワタクシの発言とあなたの発言のどちらが真実かを検証することはできかねます。ので、これはあくまでワタクシの戯言と片付けてくださっても構いませんけれどね。――あなた、王太子妃は楽じゃありませんよ」
グレースは身をもってわかっている。
王太子妃教育の辛さを。王太子のサボり癖の酷さを。
それがわかっているのなら何も口出しはしないが、少なくとも過酷な未知になることは確かだ。だから、
「きっと後悔しますよ?」
「――その女を引っ捕らえよ」
ハドムン王太子の命令で、控えていた騎士たちが動き出す。
強制的に話を終わらせるつもりだと悟り、グレースは「最後に」と言った。
「この場の皆さん、元婚約者が無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。せいぜい許してやってくださいませ」
さあ大変です。今から色々と考えませんとね……。
少し憂鬱に思いながら、彼女は騎士団たちに連れて行かれる。
この場の全員が唖然として声も出ない中、ジェイミーだけは薄く微笑むと、王太子に擦り寄った。
「ハドムン様、ありがとう」
「お前をいじめる奴は誰であろうと許さない。さあ、ではジェイミー、これからお前は私の婚約者だ。――ジェイミー・アグリシエ侯爵令嬢を新たに私の婚約者とする!」
誰も拍手を送ったりはしなかった。
しかしその空気が一変したのは突然だった。
「グレース・アグリシエ侯爵令嬢。お前との婚約破棄を宣言する!」
そんなトンデモ発言に、一同が「うぉう」とか何とか騒ぎ出した。
婚約破棄宣言を堂々と言い切ったのはこのボークス王国の王太子であるところのハドムンである。
ハドムンが真っ直ぐに指を突きつける方、そこに立っていたのは名前を呼ばれた令嬢だ。
彼女は栗毛を揺らし、ほんの少しだけ小首を傾げる。そして問うた。
「――今のは聞き間違いではありませんね? まずは落ち着いてくださいまし、殿下」
「これが落ち着いてなどいられるか。お前は、侯爵令嬢という地位にありながら虐待を行った。妹を鞭で引っ叩き、体にあざを作ったのだろう。こんなことが貴族にあってはならない!」
「妹? ああ、ジェイミーのことですか。そういえば彼女、熱心に己の体を鞭で叩いておりましたね。マゾヒスト的趣味があるのかと思っておりましたが……こういうわけでしたか。さすがのワタクシですら驚いてしまいましたよ」
にっこりと微笑む侯爵令嬢――グレース。
しかしその空色の瞳は少しも笑っていなかった。冷たい光を帯びながら、まっすぐにハドムン王太子を見つめている。
「そしてあなたが背に庇うようにしておられるのはジェイミーですね。ジェイミー、嘘はいけませんよ。あなたはお義母様に本当によく似ておられる。別に、構わないのですが」
「なっ、何ですのその言い方! お義姉様、自分の立場わかってます!?」
そう叫んだのはグレースより一回りほど小さい少女。
いかにも幼女趣味な変態が好きそうな愛らしさを持つ彼女は、グレースの義妹であるジェイミーだ。
「公衆の面前でそのような汚い声を上げるんじゃありません。我が侯爵家の名が汚れます。わかりますね?」
「お義姉様は婚約破棄されたんですのよ!?」
「わかっています。王族主催の社交パーティーの最中、状況も見ずに王太子だからと言って声を張り上げ、場に見合わぬことなど考えもせずに、王家と侯爵家の取り決めである婚約を破棄した。解消ではなく破棄です。それは相手の名誉を傷つける行為だと思われますが」
グレースは、誰からどう見ても穏やかに見えただろう。
しかし内心は燃え上がっていた。意訳をすれば、
なんだあんた、サイテーだな。こんな場所でアホなことすんなよ。やるならもっと大事なとこでやれ。そんなぶりっ子に絡め取られて恥ずかしくないのかよ。バーカ、クソ王太子が!
といった感じである。もちろん口には出さないが。
「当然であろう。貴族にあるまじき行為をしたお前に、もはや名誉も何もない」
「証拠はあるのですか」
「ジェイミーの証言がある。それ以上に何が必要というのだ?」
「色々と必要と思いますね。被害者以外の証言や、物的証拠。それがない限りは断罪できないと思いますし、それは法廷がやることであって王太子の仕事ではありません。殿下、お仕事が溜まっているはずですね? ワタクシが手伝って差し上げている部分は良いのですが、婚約を破棄した以上はご自分でやっていただくしかありません。それでも構いませんね? ワタクシが殿下の仕事の七割を受け持っていること、当然ながらご存知ですよね?」
ハドムン王太子の、ただでさえ白い顔から少し血の気が引いたように見えた。
金髪に橙色の瞳の美形なのにこんなに馬鹿では話にならない。そんなことを思いながらグレースは、今度は義妹に向き直る。
「殿下を手球に取るのは容易かったでしょう。ワタクシが仕事に追われている隙をついて、殿下と接触し、そして甘い言葉をかければ彼はすぐ手に入れられたでしょうからね。ずっと羨んできたお義姉様を貶めた気分、どうですか? マゾヒストまがいの行動をした意味があったと考えますか?」
「何を言ってますのっ。イチャモンはそっちでしょうが!」
「ここが法廷でない以上、ワタクシの発言とあなたの発言のどちらが真実かを検証することはできかねます。ので、これはあくまでワタクシの戯言と片付けてくださっても構いませんけれどね。――あなた、王太子妃は楽じゃありませんよ」
グレースは身をもってわかっている。
王太子妃教育の辛さを。王太子のサボり癖の酷さを。
それがわかっているのなら何も口出しはしないが、少なくとも過酷な未知になることは確かだ。だから、
「きっと後悔しますよ?」
「――その女を引っ捕らえよ」
ハドムン王太子の命令で、控えていた騎士たちが動き出す。
強制的に話を終わらせるつもりだと悟り、グレースは「最後に」と言った。
「この場の皆さん、元婚約者が無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。せいぜい許してやってくださいませ」
さあ大変です。今から色々と考えませんとね……。
少し憂鬱に思いながら、彼女は騎士団たちに連れて行かれる。
この場の全員が唖然として声も出ない中、ジェイミーだけは薄く微笑むと、王太子に擦り寄った。
「ハドムン様、ありがとう」
「お前をいじめる奴は誰であろうと許さない。さあ、ではジェイミー、これからお前は私の婚約者だ。――ジェイミー・アグリシエ侯爵令嬢を新たに私の婚約者とする!」
誰も拍手を送ったりはしなかった。
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