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第二十九話 氷炎の戦い
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「わかりました。つまりあなたは暗殺者であると。――では、容赦はいたしません。どうぞかかってきなさい」
グレースはまっすぐに男を睨みつけ、それから両手に紅の炎を灯した。
王城から暗殺者が追って来る可能性は、随分前から考えていた。セイドとのデートだったこの日にというのがどうにも気に入らないが、そんな事情は向こうは考えてくれなかったのだろう。
まあ、出会ってしまったものは仕方ない。グレースのこの先の冒険者活動に支障が出ぬよう、早めに排除しておかなくてはならないだろう。
「『赤き炎よ、罪人を包み込みなさい』!」
「おお、話には聞いていたが炎魔法の使い手とは。では――」
グレースが両手の炎を男へと投げつけるのと同時に、男からも何かが飛んできた。
脳天を狙って来るそれを、首を傾げることによってギリギリでかわす。そしてその直後、再び同じものがこちらへ迫って来て、大きくしゃがんで避けた。
「氷……! 氷魔法ですね」
それは氷柱だった。まるで釘のように鋭く尖った氷柱が絶え間なく降り注ぐ。
でも氷ならこちらだって対処のしようがあるというものだった。
紅の炎で氷柱を焼く。ジュウジュウと音を立てて次々にただの水滴へ変わる氷柱。
しかし、そうしながら前を見てみれば、先ほど炎を投下したはずの男は平然と立っていた。
「氷のバリアで跳ね返しましたね……!」
「グレース嬢の方こそ性質が悪い。私の攻撃を無駄にしてくれるのですからな」
氷と炎。それはお互いになんと相性が悪いのだろうか。
炎の攻撃は氷バリアで防げてしまうし、氷の攻撃は炎で焼き払ってしまう。
ギリギリの攻防が続いたが、結局は持久戦になるしかなさそうだった。
だがグレースの体力もいつまでも持つわけではない。元々貴族子女、冒険者になって多少はマシになったとはいえ、彼女は体力がない方なのだ。
動きのスピードもだんだんと落ちつつある。これは早めに決着をつけなければ。
――しかし。
「こちらの手札が一つだと思われては困りますな。どうやら貴女はお疲れのご様子。この攻撃は避けられまい」
そう言う男の手から、何かが放たれる。
それは無数の毒針――急所を刺されれば即死という恐ろしい物だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドレスを着ていたのが失敗だった。
足捌きがもつれ、横っ飛びになろうとするのを失敗してしまう。そのまま地面に崩れ、まだ溶かしていなかった氷柱が腕を掠めていった。
途端に走る激痛に顔を歪めながらもグレースは次に襲い来る毒針への対処を考えなければならない。冒険者になって戦うことは圧倒的に増えたものの、その相手は大抵が魔物であり、知恵を持った相手とことを構えるのは初めてだったから戸惑った。
毒針であれば炎では焼き払えないだろう。だからと言って避け切ることもできるかどうか。
しかし、やるしかない。
「『三種の炎よ、全てを消しとばしたまえ』! これで消えなさい――っ」
ありったけの力で赤・黄・青の炎を生み出し、展開させる。
直接的に毒針を焼くことはできない。だが、熱風によって勢いを弱めることは可能だ。
そしてその間に身を翻し、近くにあった木々に身を隠した。
そう。ここが森という舞台であったことがグレースに味方した。人目がないからとここを戦場に選んでくれた男には感謝しかない。
毒針があらぬ方向へ飛んでいき、なんとか難を逃れることができた。
直後、男が次の攻撃を繰り出す前に――異変が訪れる。
「なっ……」
森中が轟々と音を立て、勢いよく燃え出したのだ。
当然だった。先ほどの三種の炎を受ければ、黄色の痛覚のみの炎はともかくとして、赤と青は燃やす効果があるため、当然ながら森に火を放ったも同然。
森の木々は途端に巨大な炎と化し、男を取り囲んだ。
「さあ、炎の森の中で追いかけっこをいたしましょう。鬼はワタクシかあなたか――どちらでしょうね?」
グレースは栗毛を揺らしながら、美しい花のような微笑みを浮かべた。
もはや勝負はついている。後はしっかり仕留めるだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王国の暗殺者にしては簡単なものでしたね。もしかするとあれは下っ端で、次に新手の者がやって来るのかも知れませんから、油断は禁物ですが」
灰になった男の亡骸を見つめながら、少女は一人呟いた。
あの後、男は氷の雨を降らせながら必死に抵抗したが、魂さえ焼く蒼き炎には到底敵うはずがなく、肉体は原型を止めぬほどに炙られ、こうして消し炭になっている。
残念なのは男の持っていたであろう資料や手紙などを拝借できなかったことだ。それを含めて焼いてしまったのは失態だっただろうか。
「まあ今更何を言っても仕方ありませんね。とりあえずこの炎はもうじき収まるでしょうし、森のことは山火事ということで片付ければ良いでしょう。ワタクシの関与が疑われては困りますから、なるべく証拠は隠滅しておかないと……」
噂が立っては困ると思い、足跡などをなるべく消して外へ出た。
疲れ切った足を引きずり、彼女は大きくため息を吐く。勝つこと自体はそこまで難しくなかったが、やはり人間との戦いにはこれから備えていた方が良さそうだ。
ともかく――。
「できれば、これ以上面倒ごとにはなるべく巻き込まれたくないものですね。せっかくのワタクシの自由な人生を邪魔する障害となるでしょうから」
しかし、追跡がこれだけで終わるはずがないことも彼女は理解している。
我が家への道を歩きながら、少しだけ憂鬱な気持ちになった。
グレースはまっすぐに男を睨みつけ、それから両手に紅の炎を灯した。
王城から暗殺者が追って来る可能性は、随分前から考えていた。セイドとのデートだったこの日にというのがどうにも気に入らないが、そんな事情は向こうは考えてくれなかったのだろう。
まあ、出会ってしまったものは仕方ない。グレースのこの先の冒険者活動に支障が出ぬよう、早めに排除しておかなくてはならないだろう。
「『赤き炎よ、罪人を包み込みなさい』!」
「おお、話には聞いていたが炎魔法の使い手とは。では――」
グレースが両手の炎を男へと投げつけるのと同時に、男からも何かが飛んできた。
脳天を狙って来るそれを、首を傾げることによってギリギリでかわす。そしてその直後、再び同じものがこちらへ迫って来て、大きくしゃがんで避けた。
「氷……! 氷魔法ですね」
それは氷柱だった。まるで釘のように鋭く尖った氷柱が絶え間なく降り注ぐ。
でも氷ならこちらだって対処のしようがあるというものだった。
紅の炎で氷柱を焼く。ジュウジュウと音を立てて次々にただの水滴へ変わる氷柱。
しかし、そうしながら前を見てみれば、先ほど炎を投下したはずの男は平然と立っていた。
「氷のバリアで跳ね返しましたね……!」
「グレース嬢の方こそ性質が悪い。私の攻撃を無駄にしてくれるのですからな」
氷と炎。それはお互いになんと相性が悪いのだろうか。
炎の攻撃は氷バリアで防げてしまうし、氷の攻撃は炎で焼き払ってしまう。
ギリギリの攻防が続いたが、結局は持久戦になるしかなさそうだった。
だがグレースの体力もいつまでも持つわけではない。元々貴族子女、冒険者になって多少はマシになったとはいえ、彼女は体力がない方なのだ。
動きのスピードもだんだんと落ちつつある。これは早めに決着をつけなければ。
――しかし。
「こちらの手札が一つだと思われては困りますな。どうやら貴女はお疲れのご様子。この攻撃は避けられまい」
そう言う男の手から、何かが放たれる。
それは無数の毒針――急所を刺されれば即死という恐ろしい物だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドレスを着ていたのが失敗だった。
足捌きがもつれ、横っ飛びになろうとするのを失敗してしまう。そのまま地面に崩れ、まだ溶かしていなかった氷柱が腕を掠めていった。
途端に走る激痛に顔を歪めながらもグレースは次に襲い来る毒針への対処を考えなければならない。冒険者になって戦うことは圧倒的に増えたものの、その相手は大抵が魔物であり、知恵を持った相手とことを構えるのは初めてだったから戸惑った。
毒針であれば炎では焼き払えないだろう。だからと言って避け切ることもできるかどうか。
しかし、やるしかない。
「『三種の炎よ、全てを消しとばしたまえ』! これで消えなさい――っ」
ありったけの力で赤・黄・青の炎を生み出し、展開させる。
直接的に毒針を焼くことはできない。だが、熱風によって勢いを弱めることは可能だ。
そしてその間に身を翻し、近くにあった木々に身を隠した。
そう。ここが森という舞台であったことがグレースに味方した。人目がないからとここを戦場に選んでくれた男には感謝しかない。
毒針があらぬ方向へ飛んでいき、なんとか難を逃れることができた。
直後、男が次の攻撃を繰り出す前に――異変が訪れる。
「なっ……」
森中が轟々と音を立て、勢いよく燃え出したのだ。
当然だった。先ほどの三種の炎を受ければ、黄色の痛覚のみの炎はともかくとして、赤と青は燃やす効果があるため、当然ながら森に火を放ったも同然。
森の木々は途端に巨大な炎と化し、男を取り囲んだ。
「さあ、炎の森の中で追いかけっこをいたしましょう。鬼はワタクシかあなたか――どちらでしょうね?」
グレースは栗毛を揺らしながら、美しい花のような微笑みを浮かべた。
もはや勝負はついている。後はしっかり仕留めるだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王国の暗殺者にしては簡単なものでしたね。もしかするとあれは下っ端で、次に新手の者がやって来るのかも知れませんから、油断は禁物ですが」
灰になった男の亡骸を見つめながら、少女は一人呟いた。
あの後、男は氷の雨を降らせながら必死に抵抗したが、魂さえ焼く蒼き炎には到底敵うはずがなく、肉体は原型を止めぬほどに炙られ、こうして消し炭になっている。
残念なのは男の持っていたであろう資料や手紙などを拝借できなかったことだ。それを含めて焼いてしまったのは失態だっただろうか。
「まあ今更何を言っても仕方ありませんね。とりあえずこの炎はもうじき収まるでしょうし、森のことは山火事ということで片付ければ良いでしょう。ワタクシの関与が疑われては困りますから、なるべく証拠は隠滅しておかないと……」
噂が立っては困ると思い、足跡などをなるべく消して外へ出た。
疲れ切った足を引きずり、彼女は大きくため息を吐く。勝つこと自体はそこまで難しくなかったが、やはり人間との戦いにはこれから備えていた方が良さそうだ。
ともかく――。
「できれば、これ以上面倒ごとにはなるべく巻き込まれたくないものですね。せっかくのワタクシの自由な人生を邪魔する障害となるでしょうから」
しかし、追跡がこれだけで終わるはずがないことも彼女は理解している。
我が家への道を歩きながら、少しだけ憂鬱な気持ちになった。
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