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誘拐
囁き1
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ぼ――っと外を眺めていた。
窓からは、庭園が望めた。けれど、パーゴラにびっしりと張り巡らされた薔薇によって、ドーム内の様子は窺えなかった。
中が気になるかと言われたら、私は迷わず首を振る。しかし、気にならないかと言われても、私は同じように首を振る。
私は、早く家へと帰りたかった。
どこか浮世離れした弟のことが気になるし、明日が締め切りの課題は寮の部屋に置きっぱだ。しかも、それはまだ半ばしか進んでない。
とはいえ、そんなものが後付けなことは分かっていた。
私は結局、王子に会いたくなかったのだ。
「ミラ様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
ジルさんが後ろから声を掛けてきた。
「いえ、もう大丈夫です。結構沢山いただきましたので」
「かしこまりました。では、ご入用の際はお申し付けください」
そんな言葉と共に、遠ざかる気配を感じた。
ジルさんはきっと、私の少し後ろで姿勢良く起立しているのだと思う。いつも彼は、王子の側でそうしているから。
だから、気にせずまた外を見遣る。
早く戻って欲しいような、そうでないような。えもいわれぬ感情だった。
あのドームの中では王子とシャーレア様がお話をされているという。
留学の相談とジルさんは言っていたけれど、詳しくは知らない。特に、聞こうとも思わなかった。気になりもしなかった。
私はただこの感情の答え合わせをしたいのだと思う。
そんなことを考えていれば、ふと後ろから
数回のノック音と扉の開く音がした。
戻ってきちゃったかな……と、振り向いてみる。けれど、それはリドーさんだった。
リドーさんの用はジルさんにあったようで、言付けをすれば、私にお辞儀をして早々に出て行った。
次は、ジルさんが近づいてくる。軽く頭を下げてから、
「失礼致します。ミラ様に、ひとつお伝えすべきことがあったことを失念しておりました」と。
失念……?
その言葉に少し引っ掛かる。ジルさんは、稀代の天才に仕えるというだけあって、側から見てもその優秀さは窺えた。
少し胡散臭いところはあるけれど、それでもテキパキと職務をこなす様は、目を見張るものだった。
だから私は、失念とは嘘で、タイミングでも見計らっていたのかな、とか思ったりする。
「失念、ですか?」
「はい、うっかりと。このところ、少し煩雑な作業が続いておりましたので」
ジルさんは、にっこりと笑いながら軽い口調で言った。
「はぁ」と、適当に相槌を打つ。
なんとなく、良い予感はしていなかった。
「それでですね、用件というのは、ミラ様への御礼についてなんです」
「御礼……?」
心当たりがなかった。びっくりするほど、なにもよぎらなかった。
けれど、ジルさんは淡々と、
「はい、先日の……。イルヴィス様のお命を救っていただいた件です」と。
あぁ! と、思わず手を打ちそうになった。
あの出来事を救ったなどと意識したことがなかったので、言われて初めて繋がる感じだ。
私は私なりに、蒔いてしまった種にケリをつけた気持ちだった。
無論、遠慮する。
「いやいや、そんな。気にしないでください」
なんか怖いし……。
ぶんぶんと頭を横振りした。
けれど、ジルさんもそう簡単には引き下がらず、
「そういうわけにはいきません。我が主を救ってくださったのですから。是非、なにかお力になりたいのです」
強烈な鋭い笑みで威圧を掛けてくる。
私は、負けぬようそっと目を逸らし、
「……では、なにもなさらないでくださることが御礼というのは?」
言えば、「ははは」と流された。
でた! お得意のははは!
ダメだったか……。
横目でジルさんを覗く。考える素振りをしていた。けれど、一瞬動かしただけのはずの視線は、かちりと照準を合わされて、
「そうだ! 実はですね、真偽の望眼は暫く私が管理をさせていただいているんですよ」
そんなことを言い出した。
いかにもわざとらしい明るい声だ。
「そ、そうですか……」
「はい。まぁ、名目上はイルヴィス様の資産管理というわけではありますが」
嫌な予感しかしない……。
私は、そっと両耳に手を当てた。
しかし、にっこり笑顔で外される。
窓からは、庭園が望めた。けれど、パーゴラにびっしりと張り巡らされた薔薇によって、ドーム内の様子は窺えなかった。
中が気になるかと言われたら、私は迷わず首を振る。しかし、気にならないかと言われても、私は同じように首を振る。
私は、早く家へと帰りたかった。
どこか浮世離れした弟のことが気になるし、明日が締め切りの課題は寮の部屋に置きっぱだ。しかも、それはまだ半ばしか進んでない。
とはいえ、そんなものが後付けなことは分かっていた。
私は結局、王子に会いたくなかったのだ。
「ミラ様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
ジルさんが後ろから声を掛けてきた。
「いえ、もう大丈夫です。結構沢山いただきましたので」
「かしこまりました。では、ご入用の際はお申し付けください」
そんな言葉と共に、遠ざかる気配を感じた。
ジルさんはきっと、私の少し後ろで姿勢良く起立しているのだと思う。いつも彼は、王子の側でそうしているから。
だから、気にせずまた外を見遣る。
早く戻って欲しいような、そうでないような。えもいわれぬ感情だった。
あのドームの中では王子とシャーレア様がお話をされているという。
留学の相談とジルさんは言っていたけれど、詳しくは知らない。特に、聞こうとも思わなかった。気になりもしなかった。
私はただこの感情の答え合わせをしたいのだと思う。
そんなことを考えていれば、ふと後ろから
数回のノック音と扉の開く音がした。
戻ってきちゃったかな……と、振り向いてみる。けれど、それはリドーさんだった。
リドーさんの用はジルさんにあったようで、言付けをすれば、私にお辞儀をして早々に出て行った。
次は、ジルさんが近づいてくる。軽く頭を下げてから、
「失礼致します。ミラ様に、ひとつお伝えすべきことがあったことを失念しておりました」と。
失念……?
その言葉に少し引っ掛かる。ジルさんは、稀代の天才に仕えるというだけあって、側から見てもその優秀さは窺えた。
少し胡散臭いところはあるけれど、それでもテキパキと職務をこなす様は、目を見張るものだった。
だから私は、失念とは嘘で、タイミングでも見計らっていたのかな、とか思ったりする。
「失念、ですか?」
「はい、うっかりと。このところ、少し煩雑な作業が続いておりましたので」
ジルさんは、にっこりと笑いながら軽い口調で言った。
「はぁ」と、適当に相槌を打つ。
なんとなく、良い予感はしていなかった。
「それでですね、用件というのは、ミラ様への御礼についてなんです」
「御礼……?」
心当たりがなかった。びっくりするほど、なにもよぎらなかった。
けれど、ジルさんは淡々と、
「はい、先日の……。イルヴィス様のお命を救っていただいた件です」と。
あぁ! と、思わず手を打ちそうになった。
あの出来事を救ったなどと意識したことがなかったので、言われて初めて繋がる感じだ。
私は私なりに、蒔いてしまった種にケリをつけた気持ちだった。
無論、遠慮する。
「いやいや、そんな。気にしないでください」
なんか怖いし……。
ぶんぶんと頭を横振りした。
けれど、ジルさんもそう簡単には引き下がらず、
「そういうわけにはいきません。我が主を救ってくださったのですから。是非、なにかお力になりたいのです」
強烈な鋭い笑みで威圧を掛けてくる。
私は、負けぬようそっと目を逸らし、
「……では、なにもなさらないでくださることが御礼というのは?」
言えば、「ははは」と流された。
でた! お得意のははは!
ダメだったか……。
横目でジルさんを覗く。考える素振りをしていた。けれど、一瞬動かしただけのはずの視線は、かちりと照準を合わされて、
「そうだ! 実はですね、真偽の望眼は暫く私が管理をさせていただいているんですよ」
そんなことを言い出した。
いかにもわざとらしい明るい声だ。
「そ、そうですか……」
「はい。まぁ、名目上はイルヴィス様の資産管理というわけではありますが」
嫌な予感しかしない……。
私は、そっと両耳に手を当てた。
しかし、にっこり笑顔で外される。
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