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「いやぁ、聖夜会だから何かに巻き込まれてそうだなぁーと思って来てみたら案の定だよ。ていうかなにあの嘘、下手すぎない? 本当だとしたらセムの足元だけ床濡れすぎだよ」
アデルは俺を掴む手首の力を弱め、廊下を歩く。月光が照らす廊下には俺とアデル以外は誰もいない。
コツコツと2人分の足音が響く。俺はとうとう耐えきれなくなって、アデルの手から腕をするっと引いた。
「アデル……休むって言ってたじゃん」
止まった足音に、アデルが振り向く。俺はその優しい眼差しを直視できなくて、自分の足元を見つめた。
ありがとう、って最初に言うべきなのはわかってる。でもそれよりも混乱が大きくて、手足が震えた。
嫌だって言ってたのに。聖夜会をめんどくさがってたのに。だから寮にいるはずなんじゃないの?
……なんで、俺を助けてくれたの?
「……もしかしたら愛しいセムが困ってるかなって思って。なら浮気相手として様子を見に行くのは当然でしょ?」
甘い香りが近づく。視界にアデルの革靴が入ってきた。
「……それに、あのやり口むかつくんだよね。前に君からルーカスに怒られたって聞いたときも思ったけど、悪いことをしてるのは向こうなのに、君を貶めて自分たちの行いを正当化しようとしてる」
僕、そういう人大っ嫌い。
しんっと澄んだ軽蔑の言葉は、ここにいない誰かに向けられているようにも聞こえる。
でも、アデルが俺を助けてくれた事実は変わらない。嫌な場所まで出向いて、俺の誤解を解いて、あの地獄のような場所から救ってくれた。
——人は裏切るもので、最後は一人で生きていくしかない。
そう、思っていたのに。アデルは俺を裏切らなかった。
「…………来るのが遅かった?」
俯いて顔を上げない俺に、アデルが珍しく弱気な声を出す。頬を優しく撫でられ、俺は一瞬、びくっとした。
「ごめん、僕ああいう場苦手でさ……でもセムには約束したから。困ってたら絶対に助けるって。だからこれでも頑張ったんだよ?」
柔らかな声音が俺の中に入ってくる。触れる指の腹が温かくて、俺の確固たる信念がほろほろと崩れ始めた。
「…………どうして……苦手なのに来たのさ」
本当はこんな言い方したくない。最低だって思う。でもわからない。アデルの考えが、行動が、俺には初めてのことすぎて、声が掠れる。
「うーん………もし僕がセムの立場なら、助けに来て欲しいって思うからかな?」
アデルもよくわかっていないのか、自分のことなのに疑問系で答える。
「でも……そうだね、セムを助けたい一心だったんだ」
もう、限界だった。目の奥が熱くなり、視界が歪む。無能と蔑まれても、婚約者に裏切られても、泣くなんてことなかったのに。
「ごめん、来るのが遅くなって」
アデルの足が一歩近づく。俯いたおでこにアデルの胸板が当たり、甘い香りが全身を包んだ。
俺はおでこを布に押し付けて、首を振る。違うよ、謝んないでよ。来てくれて、本当はすごく嬉しかった。
言いたいことはいっぱいあったのに、口から漏れるのは嗚咽ばかり。それでもどうにか「…………ありがとう」だけは、引きつれた声で伝えられた。
「どういたしまして」
背中に、俺を引っ張ってくれた腕がまわる。そっと置かれただけだったけれど、包まれている安心感は、俺の涙を止まらなくさせた。
俺もおずおずと腕を伸ばす。でも抱きしめることはできなくて、震える指でアデルの背中に触れていた。
アデルは俺を掴む手首の力を弱め、廊下を歩く。月光が照らす廊下には俺とアデル以外は誰もいない。
コツコツと2人分の足音が響く。俺はとうとう耐えきれなくなって、アデルの手から腕をするっと引いた。
「アデル……休むって言ってたじゃん」
止まった足音に、アデルが振り向く。俺はその優しい眼差しを直視できなくて、自分の足元を見つめた。
ありがとう、って最初に言うべきなのはわかってる。でもそれよりも混乱が大きくて、手足が震えた。
嫌だって言ってたのに。聖夜会をめんどくさがってたのに。だから寮にいるはずなんじゃないの?
……なんで、俺を助けてくれたの?
「……もしかしたら愛しいセムが困ってるかなって思って。なら浮気相手として様子を見に行くのは当然でしょ?」
甘い香りが近づく。視界にアデルの革靴が入ってきた。
「……それに、あのやり口むかつくんだよね。前に君からルーカスに怒られたって聞いたときも思ったけど、悪いことをしてるのは向こうなのに、君を貶めて自分たちの行いを正当化しようとしてる」
僕、そういう人大っ嫌い。
しんっと澄んだ軽蔑の言葉は、ここにいない誰かに向けられているようにも聞こえる。
でも、アデルが俺を助けてくれた事実は変わらない。嫌な場所まで出向いて、俺の誤解を解いて、あの地獄のような場所から救ってくれた。
——人は裏切るもので、最後は一人で生きていくしかない。
そう、思っていたのに。アデルは俺を裏切らなかった。
「…………来るのが遅かった?」
俯いて顔を上げない俺に、アデルが珍しく弱気な声を出す。頬を優しく撫でられ、俺は一瞬、びくっとした。
「ごめん、僕ああいう場苦手でさ……でもセムには約束したから。困ってたら絶対に助けるって。だからこれでも頑張ったんだよ?」
柔らかな声音が俺の中に入ってくる。触れる指の腹が温かくて、俺の確固たる信念がほろほろと崩れ始めた。
「…………どうして……苦手なのに来たのさ」
本当はこんな言い方したくない。最低だって思う。でもわからない。アデルの考えが、行動が、俺には初めてのことすぎて、声が掠れる。
「うーん………もし僕がセムの立場なら、助けに来て欲しいって思うからかな?」
アデルもよくわかっていないのか、自分のことなのに疑問系で答える。
「でも……そうだね、セムを助けたい一心だったんだ」
もう、限界だった。目の奥が熱くなり、視界が歪む。無能と蔑まれても、婚約者に裏切られても、泣くなんてことなかったのに。
「ごめん、来るのが遅くなって」
アデルの足が一歩近づく。俯いたおでこにアデルの胸板が当たり、甘い香りが全身を包んだ。
俺はおでこを布に押し付けて、首を振る。違うよ、謝んないでよ。来てくれて、本当はすごく嬉しかった。
言いたいことはいっぱいあったのに、口から漏れるのは嗚咽ばかり。それでもどうにか「…………ありがとう」だけは、引きつれた声で伝えられた。
「どういたしまして」
背中に、俺を引っ張ってくれた腕がまわる。そっと置かれただけだったけれど、包まれている安心感は、俺の涙を止まらなくさせた。
俺もおずおずと腕を伸ばす。でも抱きしめることはできなくて、震える指でアデルの背中に触れていた。
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