恋を知らない麗人は

かえねこ

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1.離脱

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「目障りだ、消え失せろ」

 鋭い眼光を俺に突き刺しながら、彼は言い捨てた。
 金髪碧眼の美丈夫な彼はエルリック様――この国の第三王子であり、王立騎士団の団長を務めている。
 そして、俺の上司であり身体の関係もあった。

 執務室の椅子に座るエルリック様の隣に立っている金髪翠眼の美女は侯爵令嬢のコーデリア様。
 彼の婚約者が、勝ち誇った目で俺を見下し笑っている。

「……ご無礼致しました。失礼させていただきます」

 俺は深く一礼すると、そのまま執務室を辞した。


 大きく深呼吸すると、足早に訓練をしている団員たちの下へ向かう。
 本当は今すぐここから立ち去ってしまいたいが、俺は王立騎士団の副団長をしている。いくら団長が消えろと命じたところで、引継ぎしなければならない。


「メルウィン、いいか?」

 俺の補佐を務めてくれている男に声をかけた。
 事情を説明し、暫くは彼に副団長代理を務めて貰う。
 俺には新しい副団長を任命する権利はない為、取りあえず彼に仕事を引き継ぐのだ。

「あの女のせいですか?」

 侯爵令嬢をあの女呼ばわりとは不敬だが、俺も内心そう思っているので咎めない。
「ああ、何度も忠告していたのが逆鱗に触れたらしい」

「だからって副団長には落ち度はないでしょう?
 そもそも執務室に乗り込むあの女が非常識なだけだし、それを咎めない団長が悪いんじゃないですか!」

 そうなのだ。そもそも、騎士団の執務室に無関係な女を入れること自体が異例だ。
 いくら団長の婚約者とはいえ、度々執務室に来られては業務に差し障る。部外者に見せられない極秘書類などもある。
 副団長である俺は屡々しばしば諫めていたのだが、それが気に障ったらしい。

「団長が一度言い出したら聞かないのは知っているだろう?」

 団長はこの国の第三王子だ。その彼が俺に消えろと言ったのだ。
 田舎貴族の五男如きがそれを覆せるはずもない。

「しかし……副団長はそれでいいんですか?」

 メルウィンは団長と私の関係も薄々察している。
 団長の怒りも一過性のものだと思っているのだろう。

 だが、最後に俺を見たあの目は心底怒りを孕んでいた。
 あの女に何を吹き込まれたかは知らないが、どう言いつくろったところで無駄だろう。
 貴族社会では身分の高い人間の言葉のほうを信じるし、逆らえない。

「副団長、もう少し待ってもらえませんか? 何も今すぐ辞めなくても」

「いや、俺がここに居れば実家にも迷惑がかかる」

 団長の方はあれで分別はある。任務の上で特に問題を起こしていない俺の実家にまで類を及ぼさないだろう。
 だがあの女は違う。目障りだと思えば俺の実家にまで圧力を掛けかねない。
 実際、過去に団長と関係を持った女の家が破産したり、行方知れずになった者がいるのだ。

 兎に角メルウィンに重要案件のみ引継ぎを行うと、俺は私物の整理を行った。


「えぇぇぇ? 副団長、辞めちゃうんですか?」

 騎士団の制服を脱いだ俺に、団員たちが異常を察知して駆け寄ってきた。

「ああ、短い間だったが世話になったな。俺がいないからって訓練さぼるなよ」

「そんなぁ、副団長がいなくなったら、誰が団長の暴走を止めるんですか!」
「そうですよ! 俺達の唯一の癒しが~~」

 団長の暴走を阻止する役は俺がしていたから解るが、癒しってなんだ。


 第三王子という身分が仇となり、団長に諫言出来る人間は少ない。
 そもそも俺が副団長になれたのも、彼に遠慮なく苦言を呈していたからだ。
 団長は王子という身分にしては気さくな方だが、それでも王族ならではの傲慢さが垣間見える。
 騎士団きっての腕利きではあるので、団員たちにもそれなりに慕われているが、同時に畏怖されてもいた。
 俺より身分の高い貴族の子弟も多く所属しているが、身分が高いほど団長にゴマを擂っている。
 流石にゴマを擂るだけで実力が伴わない者を副団長には据えられなかったのか、下級貴族出身でも実力はそれなりにある俺にお鉢が回ってきたのだ。
 これでも騎士団内の実力では団長に次いでNo.2だと自負している。

「じゃあ、みんな元気でな」

 団員たちと簡単に別れの挨拶を済ませると、すぐさま寮へと帰る。
 独身の俺は騎士団の寮に住んでいたため、たいした荷物はない。
 着替えと少しの私物を袋に詰め込むと、寮の管理人に退去手続きをしてもらった。

 街中で旅に必要なものを買い込み、馬屋で買った馬に荷物を括りつけると俺はさっそく王都を後にした。


 俺が急いで王都を出たのはあの女を警戒したからだ。
 コーデリア様は嫉妬深い。
 団長と俺が身体の関係を持ってから騎士団に出入りし始めたことからも明らかだ。

 エルリック様は第三王子という立場から王位継承権はあっても身軽なほうで、以前から娼館で遊ぶことも多かった。
 婚約者がいても、貴族の令嬢が結婚前に性行為を行うことはこととして忌避される。
 それ故若い貴族の子弟は婚約者がいても娼館通いは浮気とみなされない。
 だがその娼婦のうち、エルリック様の相手を務めた何人かが行方不明になっている。
 商人の娘などを見初めて関係を持ったこともあったが、その商会はいつの間にか破産して潰された。

 そんなことが続けばコーデリア様が裏で糸を引いていることぐらい誰でも予想がつく。
 次第にエルリック様は女遊びをしなくなっていった。流石に自分が手を付けた女が次々と不幸になっていればしり込みもする。

 鬱憤が溜まった彼を見かねて飲みに誘ったのだが、二人きりで飲んだのは失敗だった。
 酔った勢いでエルリック様に抱かれてしまったのだ。
 俺も酔っていてろくに抵抗しなかったのも悪かったのだろう。
 それから度々エルリック様は俺を抱くようになった。
 まあ俺もそれほど嫌悪感がなかったのと、団長への同情で付き合っていた。

 元々騎士団内では同性で関係している者など珍しくない。
 遠征などしていると、どうしても性欲が溜まってしまうのだ。街で女を買う贅沢も出来ない。すると自然と団内で互いに処理することになる。
 まあ、大抵のものは抜き合いだけで済ませるが、中には中性的な容姿のものを女扱いすることがある。
 俺も入団当初は強姦まがいなことをされかかったが、全て撃退した。今でも粉をかけてくる男はいるが、団長以外との行為はない。
 元々性欲は薄いほうで、女の経験がないわけではないが、それほど抱きたいとか抱かれたいとか思わない。
 俺はどちらかと言えば剣を振るっているときの方が興奮する性質だ。
 団長とは単に酒の勢いで関係しただけだった。
 女と違って子供が産まれる心配もないし、恋愛感情が伴っている訳でもない。
 団長にとっては女を抱けない鬱憤が偶々傍にいた俺に向かっただけだろうし、コーデリア様にも気付かれないと思ったのだろう。

 だがそれをコーデリア様は嗅ぎつけたに違いない。
 団長の単なる遊びも許すつもりはないのか、差し入れと称しては騎士団の執務室へ訪れるようになった。

 初めのうちは団長もコーデリア様に苦言を呈していたが、コーデリア様は懲りずにやって来る。
 俺も見かねて諫めたが、彼女は身分を笠にきて俺の言葉など聞かなかった。
 それでも業務に差し障りがあるので俺は諫言し続けた。
 それがコーデリア様の勘気に触れたに違いない。
 大方俺を悪者に仕立てた作り話を団長に耳に入れたのだろう。

 どちらにせよ、団長の庇護が受けられないのであれば、さっさと王都から出てあの女の魔の手から逃げ延びるだけだ。

 可能な限り急いで王都から遠く離れた実家へと帰ると、両親と兄夫婦に事情を説明して絶縁してもらった。彼らに迷惑はかけられない。

 幸い俺は今までの騎士団暮らしでそれなりの給金を得ている。
 俺一人ぐらいならどうとでもなる。

 実家で一泊だけさせて貰い、俺は更に王都から遠い田舎へと向かった。
 当然、実家とはかけ離れた場所を目指す。
 行き先は両親にも告げていない。でなければ、コーデリア様に見つかる可能性があるからだ。



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