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第3部 仇(あだ)

1:生存者

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(前書きです
これまで読んでいただきありがとうございました。
本話より第3部『仇(あだ)』に入ります。
そもそもの本作のタイトルが、これでした。
WEB掲載に当たり、これでは内容が分かりにくいであろうと想い、現行の如くにあらためました。
本話以降もよろしくお願い致します。)



 ラクダの世話を一から教えてくれたバクル。

 もう初老であったが、大の冗談好きで、アリーもいつも笑わせられておったヤズィード。

「アブド・アッラー(神の奴隷)なんて名前を俺につけるから、こうなってしまったんだ」
 と言いながら、酒をグビリとやるボルミッシュ。
 そして宴となれば、アリーにも、いつもお酒を飲ませようとした。

 そんななじみの者たち。
 そのいずれもが血まみれの中、のたうち回り、そして未だ安らかなる死を与えられておらなかった。

 腹に穴をあけた隊長が、口をパクパクと開いておった。
 そのアリーに呼びかけておるはずの声は、聞こえてこぬ。

 そしてアリーはハーリドを捜す。


 そして見つけられぬままに、悪夢から目覚めざめる。

 季節にかかわらず、全身汗だくであった。
 呼吸は荒くなっておる。
 コーランの開扉の章を唱えつつ、夜明けをじっと待つ。
 それがアリーの夜の過ごし方であった。

 そして昼。
 アリーの心中を占めるは、やはりあの出来事であった。
 どうしてあんなことが起きたのだろうか?
 なぜ、己だけ生き残ってしまったのだろうか?
 なぜ、生きるのがハーリドではダメだったのか?
 悪夢であってくれたならと、何度願ったか分からぬ。
 そうであれば、目覚めたなら、夢に過ぎなかったかと、ほっとできる。
 現実という名のめぬ悪夢。
 その中でアリーの時は止まっておった。
 生きることは、の中に留まることであった。
 これまで生きて来て、いやなことも辛いこともたくさんあったけれど。
 あの出来事の後、生きることそのものが苦しみとなっておった。


 そしてモンゴル軍がタラスからサイラームへと至る途中で、アリーが属する隊商は、その軍中に交易のためにおもむいた。
 その際、ヤラワチ様がその軍中におると聞いたが、たずねることはできなかった。
 ヤラワチ様もまた、あの出来事の登場人物であったゆえに。
 もし会えば、こう問わずにはおれぬであろうから。
 なぜ、オマル隊長を止めなかったのですか?
 なぜ、わたくしたちをオトラルに行かせたのですか?
 本当に和平の協定を結んだのですか?
 なぜ、皆を殺させたのですか?
 なぜ、己のみ生き残るという、むごき仕打しうちをさせたのですか?

 アリーは、サイラームなどのシルダリヤ川北岸の地とタラスを行き来する隊商に入れてもらい、糊口ここうをしのいでおった。
 あまりサマルカンドからは離れたくなかった。
 そして戻れる時の訪れるのを待ち望んでおった。

 父さん。母さん。兄さん。
 そして、バハール。
 妻の顔をひとときも忘れたことはなかった。
 というより、それをささえに生きながらえておった。
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