風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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七章

七話 ライラック -恋の始まり- その五

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「おい、伊藤!」

 放課後、獅子王先輩が直接、私の教室に尋ねてきた。
 大声で呼ぶから、私だけじゃなくて、みんなが獅子王先輩と私を注目している。
 は、恥ずかしい……あの人に羞恥心とかないの!
 私の気持ちなんてガン無視で、獅子王先輩は不機嫌そうな顔で私を手招てまねきして呼んでいる。
 やっぱり、大物だよね、獅子王先輩は。私なら大声で呼び出すなんて、絶対無理! 先輩だって、あそこまでは酷くない。
 獅子王先輩の恋愛相談があれだけとは思っていなかったから、予想はしていたけど……やっぱり、来ちゃったよ。
 私は心の中で溜息をついた。

「何、ほのほの、浮気?」
「獅子王先輩に乗り換えるし?」

 明日香とるりかの冷やかしが気に入らない。私がどれだけ先輩の事が好きか知っているくせに。

「ありえないから。私は先輩一筋です。相談に乗ってるだけです!」

 あ、鼻で笑われた! ひどい!

「だって、ほのほのに相談だなんて、ややこしくなるだけじゃない」
「トラブルメーカーだし」

 失敬な! 恋の伝道師(自称)、伊藤ほのかに向かって、なんたる無礼な発言!
 恋愛小説、恋愛漫画を三桁以上は読んでいる、まさに恋愛文学少女なのに!

「大丈夫だって! 私、失敗しないから! 獅子王先輩が呼んでるからいくね!」

 私は携帯を取り出し、ある人にメールした。

「お待たせしました、獅子王先輩」
「遅えよ! 何秒待たせる気だ!」

 何秒って……子供ガキか、おのれは!
 耐えて……耐えるのよ、忍耐の子、ほのか。怒ったら負けだから。

「私に要件って古見君の件ですか?」
「あたぼうよ。さっさといくぞ」
「ちょっと! 引っ張らないでください!」

 獅子王先輩が私の手首を握り、どんどん歩いていく。
 もう! 乱暴なんだから! 先輩とは大違い!
 先輩は空気読めないけど、ここまで強引じゃないんだからね! それに無理矢理手を引いて歩くなんて……そういえば、一度だけあったっけ。
 ハーレム騒動で、私の作戦がうまくいかず、落ち込んでいたとき、先輩が私の手を引いてどんどん引っ張ってくれた。
 今でも目をつぶれば思い出せる。先輩の大きな背中……大きくてごつごつした手……ああっ、先輩……。

「ねえ、あれ、獅子王先輩じゃない?」
「獅子王先輩と手を握っている子、誰?」
「やだ~、獅子王先輩が女の子と手を握ってるよ~……あのビッチ、殺す」

 はあ……獅子王先輩のせいで全て台無し。早くなんとかしないと、余計な反感買いそう……あと、ビッチっていた子、顔覚えたから。

「あ、伊藤。お幸せに~」
「うまくやれよ。玉の輿~」

 違いますから! 無理やり獅子王先輩が手首を握ってるんでしょうが! 分かってるくせに!
 もうもう! 私の友達ってどうしてこう冷やかしばかりなの!
 宿題みせてあげたよね! 合コンのセッティングしてあげたよね! なのにこの仕打ちは酷いよ~。
 私はドナドナのごとく、獅子王先輩に連れていかれた。



「で、なんでコイツを呼んだんだ?」

 獅子王先輩が不機嫌そうに先輩を指さす。
 私と獅子王先輩、先輩は、現在空き教室にいる。
 この教室は以前、獅子王先輩の相談を受けた場所で、現在は物置扱いになっている。なので、生徒はもちろん、先生も近寄ってこないから、相談にはうってつけの場所ともいえる。
 私が先輩をこの教室に呼んだ理由、それは考えがあってのことだ。
 まずは獅子王先輩を説得しなきゃ。

「先輩はアドバイザーです」
「アドバイザー?」
「そうです! 女の子だけでなく、男の子の視点からも意見を取り入れることで、より的確なアドバイスができるというもの! つまり、獅子王先輩の為です!」

 獅子王先輩は先輩を見定めるように睨んでいる。
 ここで拒否されたら困る。俺様の獅子王先輩なら、この言い方で説得できるはず。

「それに先輩はあのハーレム男、押水先輩を倒したお人です! 先輩がいれば鬼に金棒! 獅子王先輩の為に! 獅子王先輩の力になりたくて、先輩はここにいます! どうか、獅子王先輩の事を想う先輩の心意気こころいきを認めてあげてください!」
「そうか。それはご苦労、藤堂!」

 あはははははっ……。
 獅子王先輩は満足げに笑い、私は乾いた笑みを浮かべていた。
 先輩の顔が渋っているけど、ここは我慢していただかないと。

 今朝、私は先輩にお願いした。
 獅子王先輩の相談を一緒に受けてもらいたいこと、それを通じて獅子王先輩の事を改めて判断してほしい事を伝えた。
 先輩は同性愛を理解できないといった。なら、同性愛の事を知ってもらって、理解してもらって、私と橘先輩のどっちが正しいのか、判断する機会を与えてほしいとお願いした。
 先輩が少しでも同性愛を分かってくれたら、もしかすると、先輩は私の味方になってくれるかもしれない。
 先輩だけでも私の味方になってほしい。だから、必死にお願いした。

 私のお願いを、先輩は受け入れてくれた。
 私は嬉しくて、つい先輩に抱きついちゃった。
 その後も仲良く登校できたし、これで先輩と仲直りできたと思う。だって、いつもどおりの空気に戻れたから。

 キスの件は曖昧あいまいになったけど、今はきっと、それがお互いの為、追求しない方がいい。
 恋は焦らずに……ゆっくりと楽しもう。

「獅子王先輩、相談内容は何ですか?」
「古見を好きだと自覚できたが、何をしていいのか分からねえ。教えろ」

 獅子王先輩、相変わらず直球ですね。だからって、丸投げもどうかと思いますけど。
 でも、好きになったら一直線、好感が持てますよ。先輩ほどじゃないけどね。

「先輩はどう思いますか?」
「お、俺か?」
「アドバイザーでしょ? 期待してますよ?」

 先輩の恋愛観が分かるチャンス。見逃す手はない。先輩は私を睨みつけるが、期待のまなざしで見つめ返す。
 先輩は諦めたように溜息をつく。

「まずは相手のことを知るべきだ。敵を知り己を知れば百戦危うからず」

 せ、先輩らしい空気の読めないアドバイス。
 好きな人が敵ってことはないでしょ? 私はいつも先輩の味方ですよ?

「バカか、お前は。俺様が古見のこと、一番詳しいに決まってるだろ」

 これまた獅子王先輩らしい回答。無駄に自信があって偉そう。しかも、ツッコミのポイントが違う。
 でも、分かってるって思い込んでいる人ほど、その人のことが分かってないんだよね。

 ふふっ、ここは私の出番か。
 恋愛相談ってわくわくするよね。女の子は恋愛話が三度の飯より好きなのだ。(例外あり)
 しかも、相手は男の子。こんな経験、滅多めったにない。
 私は人差し指を左右に振りながら、先輩たちに提案する。

「仕方ありませんね。ここは恋愛マスター、伊藤ほのかが恋愛初心者の先輩たちを鍛えてあげましょう!」

 私はカバンの中から、この日の為に用意したブツを取り出す。

「れーあいーしゅみれーしょんげーむ、『ときめきTOMORROW ダッシュターボ!』」

 たーたたーたったたたーん!

「……」
「……」
「説明させていただきます! この『ときめき トゥモロー、ダッシュターボ!』はJKと疑似恋愛できちゃうソフトです! これで恋のレッスンをはじめましょう!」

 イエーイ!
 拳を高々とあげる私に、二人の反応は微妙だった。

「伊藤」
「はい?」

 先輩が怒った顔をしている。
 ふふっ、先輩が何をいいたいのか手に取るように分かっちゃいます。ですが、対応はばっちりですから。

「これは伊藤の私物か?」
「いえ。電子演算部が開発したソフトです。こんなこともあろうかと借りてきました! ゲームの持ち込みは禁止ですけど、学校で開発されたソフトの持ち出しは禁止されていませんよね? これって問題ないですよね~?」
「な、ないな」

 勝った。問題なければうるさく言ってこない先輩の性格、知ってるし。
 校則ではテレビゲームの持ち込みは禁止されている。だけど、学校で部活の活動として、ゲームを作ることは禁止されていない。
 例えるなら、学校にケーキを持ち込むのは禁止だけど、家庭部の実習で作ったケーキは認められるし、食べても問題ない。それと一緒のこと。

 私はさっそく準備に取り掛かる。
 ええっと、ノートパソコンは電子演算部からお借りしてきたから、コンセントに電源をさしこんで、起動すればOK。

「おい、そんなもので、本当に何をしていいのか分かるのか?」
「分かります! 獅子王先輩に必要なものは経験です! ボクシングだってスパーリングするでしょ? それと同じです!」
「トーシローがボクシングを語るな」

 獅子王先輩の眉がつり上がる。けど、対策はちゃんとしてますよ。
 私はぺこりと頭を下げる。

「それはすみません。ですが、私のいいたいことは分かってくれますよね? 獅子王先輩がどうしても嫌ならやめますけど……でも、やりもせずに逃げるのは、どうかと思いますが」
「俺様の辞書に逃亡の二文字はねえ。やってやるぜ!」

 ちょろい。つい、ニヤってしてしまう。
 だんだん、獅子王先輩の操縦そうじゅう方法ほうほうが分かってきた。
 獅子王先輩の恋愛経験値を積めるし、先輩の恋愛観も分かるし、一石二鳥! まさに名案!

 フフフ~ン♪
 獅子王先輩が右側で私が真ん中、先輩が左側に座る。
 それでは、ノートパソコンのスイッチオン!

 ピポッ。

 WIND7のロゴが表示され、パスワード画面がでてくる。ログイン名は山。パスワードは『KAWA』。単純だけど、私、好きだな~。
 どうでもいいけど、体格のいい男子高校生二人と、女子高生一人が肩を並べて恋愛シミュレーションゲームしてるのって、シュールな光景だよね。

「よく電子演算部がノートパソコンとソフトを貸してくれたな」

 先輩の仰るとおり、電子演算部がそんな簡単にパソコンとソフトを貸してくれるわけがない。
 これにはちょっとした裏技がある。

「電子演算部の部員さんがですね、アダルティ~なサイトを閲覧えつらんしていたので、そのことを指摘してきしてあげたら、こころよく貸してくれました」
「……脅迫きょうはくだろ」

 先輩は頭が固いな~、取引と言ってほしい。それに、交渉したのは私じゃないし。

「人聞きが悪いな~。橘先輩だって現場にいましたよ」
「脅迫確定じゃないか……そういえば、風紀委員室に最新モデルのノートパソコンがあったな。そういうことか……」

 ちゃっかりしてますね、橘先輩は。
 ちなみに、履歴りれきはパソコン側で消すことができても、プロキシーサーバーにはちゃんとログが残っているから、学校でサイトを見るときは注意してね。
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