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女を黙らせるにはこうするんだろ? 前編 朝乃宮千春SIDE
2/8 その七
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「ダメだよ、新見先生。『朝乃宮』に逆らっては」
「「「こ、校長先生!」」」
対策済み。
突然のことで、先生方は浮き足立っている。
「こ、校長先生はいいんですか! こんな小娘にいいようにされて!」
「かまわないよ。だって、このお方は我が校の運営に携わる朝乃宮家当主のご息女。分かりやすくいうと、社長の娘ってところかな。社長のご家族のご要望なら聞かないと。それが悲しき宮仕えだろ?」
全然悲しそうやないのがタヌキやわ、このお人は。
「そ、そんな……いくらその……学校は法で一族経営は禁止されてますし、理事長だって……」
「それなら問題ない。私も理事長も『朝乃宮』の分家の人間ですから」
「……はい?」
そう、二人は朝乃宮家の分家の人間。
結婚して苗字が変わっているので気づきにくい……いえ、あえて気づかれないようにしてるんやけど、校長の旧姓は『藤堂』。理事長は『上春』。
「本家には逆らえないってことです。というわけで、彼女の言うとおりにすること。これ、命令です」
「「「……」」」
「先生方、気を悪くさせて申し訳ございません。ですが、これは右翼派である先生方にもメリットのある話しやと思います。ウチの願いを叶えてくれるんなら、後は先生方にお任せします」
ウチは頭を下げてみせる。立場はウチが上やけど、目上の礼儀を示さんとな。
「任せるって……」
「右翼派が得するよう計らうってことです」
「……その願いとは?」
食いついてきた。
ウチが臨むモノ、それは……。
「仙石和志の退学と仙石グループの排除」
「「「……」」」
ごくりっと息をのむ音がする。
先生方も警戒しているのが分かる。この学校で仙石グループはそれほど影響力のある不良グループ。
仕返しが怖いんやろな。
「勿論、手は打ってます。警察の協力も取り付けてます」
「だ、だが、それだけでは……」
問題なことを伝えようとしたとき……。
「大丈夫。鎮圧部隊が派遣……」
「校長先生」
「おっと、口が滑ってしまった。申し訳ございません、朝乃宮姫」
わざとやろ。
ほんま、くえへんお人やわ。
「ち、鎮圧部隊?」
「……とにかく、先生方や生徒達に迷惑がかからないよう、努力致します。もう一度言います。
ウチにご協力ください。お願い致します」
ウチは深く頭を下げる。これはただのポーズ。
そうせな、先生方も納得いかへんから。自分の半分も生きてない小娘の言うことを聞くやなんて、理事の娘でもプライドが許さへん。
でも、こうして先生方が上、ウチが下という構図を見せかけでも作ることで、彼らのプライドを少しでも傷つけないようにする妥協点がこれ。
先生方は……。
「と、とにかく、厳罰化の内容は我々が決めてもいいのですね?」
「勿論です。ただ軌道に乗るまでは生徒会に任せてもらえません? 微調整しておきたいので」
「微調整ね……」
もう一押しいこか。
「それに先生方にとって目の上のたんこぶである理事長も黙らせますから」
「朝乃宮君、言葉が過ぎるよ」
「申し訳ございません」
「だが、そういうことなら認めようじゃないか」
今の理事は左翼派筆頭やからな。
今回の件で理事長も追放出来たらって思う。まあ、出来たらやけど。
出来へんかっても、もう王手飛車取り。必ず追い出す。
「……それでも、私は」
新見先生はまだ賛成してくれへん。
その理由は……。
「やはり、抵抗があります? 教え子の退学は?」
「……」
そう、新見先生は仙石和志の教え子。
仙石和志も新見先生の事は信用してる。
まあ、今はお互い訳あってよそよそしくなってるけど。
「もし、そうなら手を貸さなくても結構ですので、せめて静観してもらえませんでしょうか?」
「……考えさせてくれ」
新見先生の説得は失敗やけど、他の先生方の協力を取り付けたし、今はこれでええ。
次は……。
「生徒会副会長! 頑張ってください! 俺達でよければ協力します!」
「ありがとうございます」
「生徒会副会長! 負けないでね! 不良なんて学校から追放すればいいのよ!」
「期待に応えられるよう努力しますから、安心してください」
生徒達の理解と協力の取り付け。
「生徒会副会長! 頑張ってください!」
「おおきに。皆はんが安心して学校生活を送れますよう、努力します。それに旧校舎を取り壊しになれば、維持費も必要なくなるので、その分、部活や委員会の予算に回せますので」
「おおおおっ! 予算アップ! いいね、それ!」
「ちょっと! 予算が欲しいから協力するんじゃないでしょ!」
「そ、それはそうだけど!」
皆がウチの顔色をうかがう。
ウチはニッコリと微笑む。
「ええんとちゃいます」
「いいの!」
ウチは何の問題もないことを説明する。
「ウチら生徒会は部活や委員のお金を管理してます。お金は有限ですし、綺麗事では運営できません。それなら、必要のないところから流用するべき。皆はんもそう思いますやろ? 皆はんが楽しい学校生活を送るのに必要だからお金の使い方を変える。ただ、それだけです。ウチら生徒会も助かりますし」
「……だよな?」
「……そうだよね。必要なくなるのなら……私達が使ってもいいんだよね?」
「何の問題もありません」
正当化出来る理由さえあれば、人は自分の利益のために何でもする。どんな残酷なことでも……居場所を奪うことでも……。
ウチは笑顔で人の輪に入り……欺く。
ただし、協力者には相応の報酬は払う。そうせえへんと、協力してもらえへんし、信用を得られえへんから。
罪悪感からやない。手駒にするため。
その為に……ウチは生徒会副会長になり、皆に得するよう動いてきた。
その一割をウチの報酬としていただく。
それだけの関係。
こうして、ウチは自分の願いのために動いた。
やること多過ぎるわ……けど、手応えは感じてる。
仙石グループ殲滅への包囲網は着々と準備が出来てる。
これなら、今日中には仕込みは完成する。
遠巻きに仙石グループのメンバーがウチを睨み付けてるけど、ただそれだけ。
公衆の前で暴力沙汰を起こせば、自分たちが不利になることを理解してる。だから、ウチが一人になるのを待ってるけど、あまい。
それを踏まえ、ウチは移動している。
必ず人目が着くように……。
覚悟しとき、あんたら。藤堂はんを傷つける害虫はウチが駆逐する。
警戒は必要あらへん。気兼ねもない。
ただ……全力で叩きのめす。最後の最後まで……。
「……」
「……」
なんやろ……藤堂はんの様子がおかしい……。
放課後、ウチは藤堂はんと合流して桜花ちゃんのお迎えに向かっているんやけど……藤堂はんの顔が怖い。
何か思い詰めた顔をしてる。
せっかく二人きりで楽しいお話をしたいのに、何の会話もない。北風が寒くて、身も心も凍えそう……。
仙石和志のこと、まだ気にしてるんやろか?
そんなん気にせんとウチの事、想ってくれてたらいいのに……。
ウチ、藤堂はんの為に頑張ってるのにな……。
はぁ……がっかりや……。
でも、ウチの為に本気で怒ってくれて……護ると言い切った藤堂はんにがっかりなんて言いたくないけど……やっぱり、ウチのこと、もっと気にかけて欲しいって思ってる。
それに……胸の奥が言いようのない、締め付けるようなせつない痛みがちくちくして……悲しんでいいのか、喜んでいいのか、よう分からへん。
これが恋?
苦しいけど、咲の言うとおり、人生最良の日かもしれへん……。
いえ、恋をすると、毎日が最良かも……。
「朝乃宮」
「……はい」
「明日、宇佐美桜花を連れて、本土へ遊びに行かないか?」
「……」
えっ? 遊びに行く?
いきなり、なに?
確かに桜花ちゃんを遊びに連れて行けば、大喜びするやろうけど……桜花ちゃんの為か……なんや、ガッカリやわ……。
「いや、違う……」
違うん! えっ? 遊びに連れてってくれへんの!
ウチの事、大事な家族って想ってるならデートの一つや二つ! 誘え!
何なん! もう!
何が言いたい……。
「なあ、朝乃宮……無理だってことは分かっているんだ……俺達もガキじゃない……いや、ガキだけど、お互い立場がある……それでも……ほんのわずかなときだけでも……生徒会副会長や風紀委員じゃなくて……ただの高校生として、何もかも忘れて……ただ、その……俺は……俺は……」
「……」
ウチはそっと藤堂はんの手を握る。
藤堂はんは驚いたようにウチを見つめる。ウチはただ、見つめかえす。
藤堂はんはきっと……。
「……俺はひとときでも、朝乃宮には煩わしいことから解放したいんだ……生徒会副会長や『朝乃宮』に縛られていたら疲れるだろ? きっと、朝乃宮は俺を護る為にいろいろと動いてくれている。それは嬉しいし、ありがたい。でも、その為に朝乃宮がいろんな人に気を遣ったり、騙したりするのは……見たくないんだ。せめて、俺と一緒にいるときくらいは……息抜きをして欲しい……俺達は家族だろ? それなら……俺は……朝乃宮には自分らしくいられる場所を用意したい……肩肘張らずに自然と笑えるような……そんな場所を用意したいんだ……ダメか?」
……呆れた……ほんま……そんなこと考えてたなんて……。
ほんま……ウチは……。
「藤堂はん、おおきに」
「な、なら! どこか息抜きに遊びに行かないか! 俺、女の子と遊びに行く事なんてないからそういうこと詳しくないけど! それでも!」
「けど、ウチは藤堂はんの気遣いが、誰よりもどんな言葉よりも元気づけられますし、報われた気持ちになります。ウチの事、心配してくれておおきに。ウチの事、元気づけようとしてくれてありがとうな。ウチは藤堂はんの心遣いで胸が一杯です。ウチにとって……藤堂はんの隣は何よりも安らげる場所ですから」
いつ以来やろう……素直におおきにって言えたのは……ありがとう、やなくておおきにって自然と言葉が出てくるのは……。
朝乃宮家では、ウチは異端扱いされていた。誰も優しい言葉なんかかけてくれなかった。
だから、心を閉ざしていた。
それなのに、このお人は……。
遠慮なく堂々とずけずけとウチの心に踏み込んでくると思ったら、必死になって、たどたどしい言葉でウチを元気づけようとしてくれてる。
ウチの事、助けようとしてくれている……。
他の人はウチの力に畏怖するか、利用しようとするのに、藤堂はんは……心配してくれてる。
はぁ……藤堂はんの言葉や挙動に、ウチはいつも振り回されっぱなしや。
嬉しくて……せつなくて……悲しくて……それでも、目が離せなくて……だから、藤堂はんの為に何かしたくて……。
なあ、藤堂はん……ウチがどれだけアナタに感謝しているか、百分の一も通じてないんやろうな……。
心が……魂が震えるほど喜んでいることを……ウチがどのくらい藤堂はんに感謝してるか……それこそ、一晩でも二晩でも話しても話しきれないほど、この想いが大きくなっていることを少しは知って欲しい。
藤堂はんだけにはウチの正直な気持ち、知って欲しい……。
アナタにだけは……。
はぁ……確かに今日は人生最良の日や……こんなに嬉しいことはない……。
藤堂はんは少し残念そうな顔をしてる……って思うんは、ウチの自意識過剰?
ウチと遊びにいけなかったことが残念?
でも、ウチな……今、もの凄く幸せやねん。これ以上、幸せになったら嬉しくて死んでまうかも。
んん? ちょっと待って……。
何か引っかかる……今、ウチ、もの凄く凡ミスした気がするんやけど……待って、待って。
藤堂はんは最初、桜花ちゃんと一緒に遊びに行こうと誘った。
でも、その後、ウチを元気づける為に遊びに誘った……それって……。
ウチの事、大事な家族って想ってるならデートの一つや二つ! 誘え!
……デートのお誘い?
えっ? えっ? えっ?
待って待って待って待って待って待って待って待って待って。
もしかして……もしかしなくても……ウチ……デートのお誘い……断ってもうた?
「「「こ、校長先生!」」」
対策済み。
突然のことで、先生方は浮き足立っている。
「こ、校長先生はいいんですか! こんな小娘にいいようにされて!」
「かまわないよ。だって、このお方は我が校の運営に携わる朝乃宮家当主のご息女。分かりやすくいうと、社長の娘ってところかな。社長のご家族のご要望なら聞かないと。それが悲しき宮仕えだろ?」
全然悲しそうやないのがタヌキやわ、このお人は。
「そ、そんな……いくらその……学校は法で一族経営は禁止されてますし、理事長だって……」
「それなら問題ない。私も理事長も『朝乃宮』の分家の人間ですから」
「……はい?」
そう、二人は朝乃宮家の分家の人間。
結婚して苗字が変わっているので気づきにくい……いえ、あえて気づかれないようにしてるんやけど、校長の旧姓は『藤堂』。理事長は『上春』。
「本家には逆らえないってことです。というわけで、彼女の言うとおりにすること。これ、命令です」
「「「……」」」
「先生方、気を悪くさせて申し訳ございません。ですが、これは右翼派である先生方にもメリットのある話しやと思います。ウチの願いを叶えてくれるんなら、後は先生方にお任せします」
ウチは頭を下げてみせる。立場はウチが上やけど、目上の礼儀を示さんとな。
「任せるって……」
「右翼派が得するよう計らうってことです」
「……その願いとは?」
食いついてきた。
ウチが臨むモノ、それは……。
「仙石和志の退学と仙石グループの排除」
「「「……」」」
ごくりっと息をのむ音がする。
先生方も警戒しているのが分かる。この学校で仙石グループはそれほど影響力のある不良グループ。
仕返しが怖いんやろな。
「勿論、手は打ってます。警察の協力も取り付けてます」
「だ、だが、それだけでは……」
問題なことを伝えようとしたとき……。
「大丈夫。鎮圧部隊が派遣……」
「校長先生」
「おっと、口が滑ってしまった。申し訳ございません、朝乃宮姫」
わざとやろ。
ほんま、くえへんお人やわ。
「ち、鎮圧部隊?」
「……とにかく、先生方や生徒達に迷惑がかからないよう、努力致します。もう一度言います。
ウチにご協力ください。お願い致します」
ウチは深く頭を下げる。これはただのポーズ。
そうせな、先生方も納得いかへんから。自分の半分も生きてない小娘の言うことを聞くやなんて、理事の娘でもプライドが許さへん。
でも、こうして先生方が上、ウチが下という構図を見せかけでも作ることで、彼らのプライドを少しでも傷つけないようにする妥協点がこれ。
先生方は……。
「と、とにかく、厳罰化の内容は我々が決めてもいいのですね?」
「勿論です。ただ軌道に乗るまでは生徒会に任せてもらえません? 微調整しておきたいので」
「微調整ね……」
もう一押しいこか。
「それに先生方にとって目の上のたんこぶである理事長も黙らせますから」
「朝乃宮君、言葉が過ぎるよ」
「申し訳ございません」
「だが、そういうことなら認めようじゃないか」
今の理事は左翼派筆頭やからな。
今回の件で理事長も追放出来たらって思う。まあ、出来たらやけど。
出来へんかっても、もう王手飛車取り。必ず追い出す。
「……それでも、私は」
新見先生はまだ賛成してくれへん。
その理由は……。
「やはり、抵抗があります? 教え子の退学は?」
「……」
そう、新見先生は仙石和志の教え子。
仙石和志も新見先生の事は信用してる。
まあ、今はお互い訳あってよそよそしくなってるけど。
「もし、そうなら手を貸さなくても結構ですので、せめて静観してもらえませんでしょうか?」
「……考えさせてくれ」
新見先生の説得は失敗やけど、他の先生方の協力を取り付けたし、今はこれでええ。
次は……。
「生徒会副会長! 頑張ってください! 俺達でよければ協力します!」
「ありがとうございます」
「生徒会副会長! 負けないでね! 不良なんて学校から追放すればいいのよ!」
「期待に応えられるよう努力しますから、安心してください」
生徒達の理解と協力の取り付け。
「生徒会副会長! 頑張ってください!」
「おおきに。皆はんが安心して学校生活を送れますよう、努力します。それに旧校舎を取り壊しになれば、維持費も必要なくなるので、その分、部活や委員会の予算に回せますので」
「おおおおっ! 予算アップ! いいね、それ!」
「ちょっと! 予算が欲しいから協力するんじゃないでしょ!」
「そ、それはそうだけど!」
皆がウチの顔色をうかがう。
ウチはニッコリと微笑む。
「ええんとちゃいます」
「いいの!」
ウチは何の問題もないことを説明する。
「ウチら生徒会は部活や委員のお金を管理してます。お金は有限ですし、綺麗事では運営できません。それなら、必要のないところから流用するべき。皆はんもそう思いますやろ? 皆はんが楽しい学校生活を送るのに必要だからお金の使い方を変える。ただ、それだけです。ウチら生徒会も助かりますし」
「……だよな?」
「……そうだよね。必要なくなるのなら……私達が使ってもいいんだよね?」
「何の問題もありません」
正当化出来る理由さえあれば、人は自分の利益のために何でもする。どんな残酷なことでも……居場所を奪うことでも……。
ウチは笑顔で人の輪に入り……欺く。
ただし、協力者には相応の報酬は払う。そうせえへんと、協力してもらえへんし、信用を得られえへんから。
罪悪感からやない。手駒にするため。
その為に……ウチは生徒会副会長になり、皆に得するよう動いてきた。
その一割をウチの報酬としていただく。
それだけの関係。
こうして、ウチは自分の願いのために動いた。
やること多過ぎるわ……けど、手応えは感じてる。
仙石グループ殲滅への包囲網は着々と準備が出来てる。
これなら、今日中には仕込みは完成する。
遠巻きに仙石グループのメンバーがウチを睨み付けてるけど、ただそれだけ。
公衆の前で暴力沙汰を起こせば、自分たちが不利になることを理解してる。だから、ウチが一人になるのを待ってるけど、あまい。
それを踏まえ、ウチは移動している。
必ず人目が着くように……。
覚悟しとき、あんたら。藤堂はんを傷つける害虫はウチが駆逐する。
警戒は必要あらへん。気兼ねもない。
ただ……全力で叩きのめす。最後の最後まで……。
「……」
「……」
なんやろ……藤堂はんの様子がおかしい……。
放課後、ウチは藤堂はんと合流して桜花ちゃんのお迎えに向かっているんやけど……藤堂はんの顔が怖い。
何か思い詰めた顔をしてる。
せっかく二人きりで楽しいお話をしたいのに、何の会話もない。北風が寒くて、身も心も凍えそう……。
仙石和志のこと、まだ気にしてるんやろか?
そんなん気にせんとウチの事、想ってくれてたらいいのに……。
ウチ、藤堂はんの為に頑張ってるのにな……。
はぁ……がっかりや……。
でも、ウチの為に本気で怒ってくれて……護ると言い切った藤堂はんにがっかりなんて言いたくないけど……やっぱり、ウチのこと、もっと気にかけて欲しいって思ってる。
それに……胸の奥が言いようのない、締め付けるようなせつない痛みがちくちくして……悲しんでいいのか、喜んでいいのか、よう分からへん。
これが恋?
苦しいけど、咲の言うとおり、人生最良の日かもしれへん……。
いえ、恋をすると、毎日が最良かも……。
「朝乃宮」
「……はい」
「明日、宇佐美桜花を連れて、本土へ遊びに行かないか?」
「……」
えっ? 遊びに行く?
いきなり、なに?
確かに桜花ちゃんを遊びに連れて行けば、大喜びするやろうけど……桜花ちゃんの為か……なんや、ガッカリやわ……。
「いや、違う……」
違うん! えっ? 遊びに連れてってくれへんの!
ウチの事、大事な家族って想ってるならデートの一つや二つ! 誘え!
何なん! もう!
何が言いたい……。
「なあ、朝乃宮……無理だってことは分かっているんだ……俺達もガキじゃない……いや、ガキだけど、お互い立場がある……それでも……ほんのわずかなときだけでも……生徒会副会長や風紀委員じゃなくて……ただの高校生として、何もかも忘れて……ただ、その……俺は……俺は……」
「……」
ウチはそっと藤堂はんの手を握る。
藤堂はんは驚いたようにウチを見つめる。ウチはただ、見つめかえす。
藤堂はんはきっと……。
「……俺はひとときでも、朝乃宮には煩わしいことから解放したいんだ……生徒会副会長や『朝乃宮』に縛られていたら疲れるだろ? きっと、朝乃宮は俺を護る為にいろいろと動いてくれている。それは嬉しいし、ありがたい。でも、その為に朝乃宮がいろんな人に気を遣ったり、騙したりするのは……見たくないんだ。せめて、俺と一緒にいるときくらいは……息抜きをして欲しい……俺達は家族だろ? それなら……俺は……朝乃宮には自分らしくいられる場所を用意したい……肩肘張らずに自然と笑えるような……そんな場所を用意したいんだ……ダメか?」
……呆れた……ほんま……そんなこと考えてたなんて……。
ほんま……ウチは……。
「藤堂はん、おおきに」
「な、なら! どこか息抜きに遊びに行かないか! 俺、女の子と遊びに行く事なんてないからそういうこと詳しくないけど! それでも!」
「けど、ウチは藤堂はんの気遣いが、誰よりもどんな言葉よりも元気づけられますし、報われた気持ちになります。ウチの事、心配してくれておおきに。ウチの事、元気づけようとしてくれてありがとうな。ウチは藤堂はんの心遣いで胸が一杯です。ウチにとって……藤堂はんの隣は何よりも安らげる場所ですから」
いつ以来やろう……素直におおきにって言えたのは……ありがとう、やなくておおきにって自然と言葉が出てくるのは……。
朝乃宮家では、ウチは異端扱いされていた。誰も優しい言葉なんかかけてくれなかった。
だから、心を閉ざしていた。
それなのに、このお人は……。
遠慮なく堂々とずけずけとウチの心に踏み込んでくると思ったら、必死になって、たどたどしい言葉でウチを元気づけようとしてくれてる。
ウチの事、助けようとしてくれている……。
他の人はウチの力に畏怖するか、利用しようとするのに、藤堂はんは……心配してくれてる。
はぁ……藤堂はんの言葉や挙動に、ウチはいつも振り回されっぱなしや。
嬉しくて……せつなくて……悲しくて……それでも、目が離せなくて……だから、藤堂はんの為に何かしたくて……。
なあ、藤堂はん……ウチがどれだけアナタに感謝しているか、百分の一も通じてないんやろうな……。
心が……魂が震えるほど喜んでいることを……ウチがどのくらい藤堂はんに感謝してるか……それこそ、一晩でも二晩でも話しても話しきれないほど、この想いが大きくなっていることを少しは知って欲しい。
藤堂はんだけにはウチの正直な気持ち、知って欲しい……。
アナタにだけは……。
はぁ……確かに今日は人生最良の日や……こんなに嬉しいことはない……。
藤堂はんは少し残念そうな顔をしてる……って思うんは、ウチの自意識過剰?
ウチと遊びにいけなかったことが残念?
でも、ウチな……今、もの凄く幸せやねん。これ以上、幸せになったら嬉しくて死んでまうかも。
んん? ちょっと待って……。
何か引っかかる……今、ウチ、もの凄く凡ミスした気がするんやけど……待って、待って。
藤堂はんは最初、桜花ちゃんと一緒に遊びに行こうと誘った。
でも、その後、ウチを元気づける為に遊びに誘った……それって……。
ウチの事、大事な家族って想ってるならデートの一つや二つ! 誘え!
……デートのお誘い?
えっ? えっ? えっ?
待って待って待って待って待って待って待って待って待って。
もしかして……もしかしなくても……ウチ……デートのお誘い……断ってもうた?
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