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第九十二話
しおりを挟む「うーん…やっぱりダメだね…さっきの子みたいな生徒はもういないのかい?」
「く、くそぉ…こんなの勝てっこないぞぉ…」
また一人ディンの前で生徒が膝をついた。
ヴィクトリアがディンに対して善戦し、合格宣言をされてから一時間以上が経過。
そのかんに十名を超える生徒がディンと戦ったが、ヴィクトリア以前の生徒のようにディンに軽くあしらわれていた。
自分とまともに戦える魔法使いが卒業生の中にいることを知り、傍目にも昂っていたディンは、しかしすぐに表情をつまらなさそうなものに変えた。
ヴィクトリアが特別であり、他の生徒は依然として自分と対等に戦えるような実力はないと悟ったからだ。
「さっきの子が特別だったのか…はぁ…がっかりだなぁ…」
失望された生徒が、悔しそうな表情で下がっていく。
「が、頑張らなきゃ…」
入れ替わるようにして疲れたようにため息を吐いたディンの前に出てきたのは、緊張して少し動きの硬くなっているシスティだった。
「お…!!今度はシスティか!!」
「これは面白くなるぞ…!!」
「あいつもヴィクトリアと同様、学年のエースだからな…!!いい勝負になるんじゃないか…?」
にわかに生徒たちが騒ぎ出す。
ヴィクトリア同様、システィの実力も学年の生徒たち全員が知っているほどで、ヴィクトリアがみせたような善戦をシスティがしてくれるのではないかと期待しているのだ。
「ん?騒がしいな。一体どうしたんだい?」
一方でディンは、少し様子の変わった生徒たちを怪訝そうな表情で見つめている。
「お、お願いします…!!」
システィが丁寧にお辞儀をする。
「あー、はいはい」
ディンがシスティを侮るように、おざなりな返事をした。
「いいぞ…」
俺は内心でほくそ笑む。
システィは強い。
ダブルである彼女は、若干ではあるがヴィクトリアをも凌ぐ実力を備えている。
彼女の武器はその直向きな真面目さ。
今まで俺の教えたことをまるでスポンジのように吸収し、メキメキと対人戦の実力を伸ばしてきた。
だが…システィの才能はそれだけじゃない。
「君もダメそうだね。ほら、さっさとかかってきていいよ」
「い、行きます…!!」
退屈そうなディンに、システィが構えをとる。
そしてほとんどよそ見をしながら、突っ立っているディンに向かって容赦なく本気の魔法を放った。
「なっ!?」
宙を舞うディンの体。
その瞳は驚きに見開かれていた。
帝国魔術学院の生徒としては珍しい平民身分のシスティ。
彼女の才能というのは…
「次々行きますよ!!」
…一見するとものすごく弱そうに見えることだった。
十分後。
「あ、危なかった…危うく僕が学院の卒業生如きに負けるところだった…」
「…っ…もう少しだったのに…」
片時も目を離せない、ぎりぎりの攻防だった戦いに決着がついた。
勝者は試験官であり帝国魔道士団のディン。
間違いなくこれまでで1番善戦したシスティは、あと一歩というところでディンに敗れてしまった。
「はぁ…はぁ…まさか…君がこんな実力を持っていたなんて…」
システィの実力を完全に見誤ったディンは、信じられない表情でシスティを見る。
「…っ…勝てませんでした…な、何が悪かったのでしょうか…」
システィは、あと一歩のところで勝負を逃したのがよほど悔しかったのか、下唇を噛んでディンを見上げている。
「と、ともかく…おめでとう…君も確実に合格だね…本当に驚かされたよ」
そんなシスティに、ディンはヴィクトリアにしたように手を差し伸べる。
「「「うおおおおお!!!」」」
「またしても合格宣言だ!!」
「さすがだなシスティ!!」
「すげぇえぞ!!」
卒業候補生たちから拍手が起きる中、システィはディンの手をとって立ち上がる。
「合格…?本当でしょうか…?」
「ああ…君が今までで一番の魔法使いだよ。本当に驚かされた。おめでとう」
「…っ!!やったっ…!!」
システィが嬉しげに飛び跳ねて、くるりと振り返る。
「よかったな」
目があった俺は小さくそう呟いて、ぐっと親指を突き出した。
システィが笑って頷く。
その背後では、ディンが少し納得がいかないというように表情を顰めていた。
「とんだ騙し討ちだ…全く、人は見た目にはよらないね…」
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