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Chapter 6 『枢機卿』
scene 21
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昔よく通ったファミレスに、懐かしい店内音楽。
目の前には、当時のままの広美の姿。
京一はすぐに、そこが夢の中の世界であることを理解した。この光景は、まるであの日そのものだ。
「……どうしたの? 急にそわそわして」
唐突に折りたたみ携帯を開きだした京一へ、彼女はうっすらと微笑みを見せる。そうだ。彼女はいつだって優しかった。
「いや、何でもない。ごめんよ」
「フフフ、変なの」
必死で笑顔を演じる京一。奥の席では三次会ぐらいのテンションの酔っぱらいどもが、しきりに「ありがとう2003年!」と連呼している。
「京一の会社は、忘年会終わった?」
「もちろん」
言葉少なく返して、携帯を見る。いい時間だ。
「あ……そろそろ帰らないとね」
空になったパフェの器を人さし指で触りながら、広美は言う。
「……」
返事に詰まる京一。先の展開を知っているだけに、彼女にはずっとここにいて欲しいのだが。
「そうだな」
所詮、夢の世界だ。ここで彼女を引き留めても現実の広美が戻ってくるわけではない。
「先、出てるね」
支払い時、広美を店外に出させるのは慣例だった。お決まりの流れに、京一は黙って頷く。
レジの店員から金額を聞き、財布をポケットから出す京一。
次の瞬間、
ガシャアアアアアア!
けたたましい音とともに、店の入り口に乗用車が突っ込んで来た。
あっという間に騒然となる店内。
青ざめた顔で怪我がないか確認してくるレジ係。
そんな中、京一はクソ冷静にただ立っていた。
本当なら、ここで広美の安否を気にするところなのだろう。が……
(もう知ってるんだ、俺は……だから、振り返らなくてもいいよな? 広美……)
すでに昔、一回見たんだ。アレをもう一度見ろという方が酷な話というものである。
「お客様! お連れ様が! お連れ様が!」
そんな京一の心中を知る由もない店員が、半泣きで彼の後ろを指差す。
うるさいなあ。
もういいんだよ。
そう思って目を瞑る京一。
と、
「……卿、枢機卿。到着致しましたよ」
親切な御者の声が、彼を悪夢から引き戻した。
*
随分と久しぶりに、当時の夢を見た。しかも、あれだけ当時そのままな夢は珍しい。
「大丈夫でございますか? うなされておりましたが……」
屋形に入ってきて、心配そうに声をかける壮年の御者。京一は大事ない旨を伝えると、彼のエスコートに従って馬車を降りた。護衛の騎士たちが注目するなか、京一は彼らを見回して言った。
「すみません。眠ってしまっていました。以後、気をつけます」
もちろん立場の違いを考えれば、枢機卿の彼に意見出来る者などいないのだが、それを差し引いても彼らの反応は穏やかであった。
「激務の中、ウイドキア中を奔走されているのです。少しの居眠りくらい、仕方ありませんよ」
そう言って笑う御者。彼の言葉に不快そうな素振りをする者はいない。
頭を下げてもう一度だけ謝罪の意思を見せると、京一は目的地である聖堂に目を向けた。
ラテカの南、そう遠くない位置に、この小さな町エイタムはある。いかにものどかな田舎町といった風情で、聖堂の周りにも木々が生い茂っていた。
(実家の近所の神社を思い出すな……何度来ても)
なんとなくそう思っている京一の前に、聖堂を管理している司祭が姿を現した。彼は丁寧に深く一礼をしてから言った。
「本日はわざわざお越しいただきまして、誠に恐縮に存じます。先にいただきました手紙に従い、既に懺悔室の準備は整っております」
「お手間をおかけしましたね」
「とんでもないことでございます。……ですが恐れながら、まずは少しばかり休まれては如何でしょうか? 休憩の準備も、一応出来てはおりますが」
「お気遣い感謝しますが、不要ですよ。私は少しでも多くの民の言葉を聞きたいのです」
聖職者としての振るまいも、20年近くやっていれば必然として板につくというものだ。京一の言葉に、司祭は深々と低頭する。
「恐れ多いことで……さぞ、皆も喜ぶでしょう。それでは早速ですが、懺悔室までご案内します」
司祭の先導に従い、聖堂の裏口から中へ入る。魔族の襲撃はラテカに集中しているが、ここに出現する可能性も否定するわけにはいかない。同行した騎士たちは全員、そのまま聖堂の警備についた。
懺悔室は非常に暗く狭い部屋だ。合わせて2畳ほどのスペースは真ん中を板で仕切られ、格子のついた小さな円い窓だけがふたつの空間をつなげている。窓に向かい合うようにして机が置かれているが、椅子は机に正対しておらず、横向きに配置されている。
燭台を持った案内役の修道士に促され、京一は椅子の向きを直さずそのまま座った。
机の上には、呼び鈴がこぢんまりとあるだけだ。京一がそれを手に取ると、修道士は一礼して部屋を出た。光源を失い、懺悔室は真っ暗になる。
……さてと。
気持ちを整えるため、少しだけ間を空ける。深呼吸を一度、伸びを一回、そしてまた深呼吸を、今度は二度して、京一は呼び鈴を鳴らした。
ひとりずつ狭い部屋に入り、己の胸の内に納められなくなった思いを吐露していく。やれ誰々が憎いだの、やれ妻子がいる誰々と寝ただのと、その内容は可愛いものからえげつないものまで多岐に渡った。来る者の容姿は暗闇で分からないが、声色を聞く限り、老若男女偏りなく感じた。
懺悔がひとり終わると、枢機卿が呼び鈴を鳴らす。これを合図に外から扉が開かれ、人の入れ替えをする。より神に近い枢機卿へ懺悔が出来るとあって、深夜までかかるのが常であった。
そして。
国中のどこの聖堂に行っても、この懺悔室へ必ず訪れる男が、ひとりいた。
彼は当然のように今回も姿を現した。割と早い時間である。京一も彼が来たことを、気配で一瞬にして感じ取った。
やや暗闇に慣れた目で彼を見ると、男は椅子の向きそのままではなく、こちらを向いて座っている。
お互いの目が合うと、男は深々と頭を下げて言った。
「……ゴーチェにございます」
京一は黙って頷いた。
目の前には、当時のままの広美の姿。
京一はすぐに、そこが夢の中の世界であることを理解した。この光景は、まるであの日そのものだ。
「……どうしたの? 急にそわそわして」
唐突に折りたたみ携帯を開きだした京一へ、彼女はうっすらと微笑みを見せる。そうだ。彼女はいつだって優しかった。
「いや、何でもない。ごめんよ」
「フフフ、変なの」
必死で笑顔を演じる京一。奥の席では三次会ぐらいのテンションの酔っぱらいどもが、しきりに「ありがとう2003年!」と連呼している。
「京一の会社は、忘年会終わった?」
「もちろん」
言葉少なく返して、携帯を見る。いい時間だ。
「あ……そろそろ帰らないとね」
空になったパフェの器を人さし指で触りながら、広美は言う。
「……」
返事に詰まる京一。先の展開を知っているだけに、彼女にはずっとここにいて欲しいのだが。
「そうだな」
所詮、夢の世界だ。ここで彼女を引き留めても現実の広美が戻ってくるわけではない。
「先、出てるね」
支払い時、広美を店外に出させるのは慣例だった。お決まりの流れに、京一は黙って頷く。
レジの店員から金額を聞き、財布をポケットから出す京一。
次の瞬間、
ガシャアアアアアア!
けたたましい音とともに、店の入り口に乗用車が突っ込んで来た。
あっという間に騒然となる店内。
青ざめた顔で怪我がないか確認してくるレジ係。
そんな中、京一はクソ冷静にただ立っていた。
本当なら、ここで広美の安否を気にするところなのだろう。が……
(もう知ってるんだ、俺は……だから、振り返らなくてもいいよな? 広美……)
すでに昔、一回見たんだ。アレをもう一度見ろという方が酷な話というものである。
「お客様! お連れ様が! お連れ様が!」
そんな京一の心中を知る由もない店員が、半泣きで彼の後ろを指差す。
うるさいなあ。
もういいんだよ。
そう思って目を瞑る京一。
と、
「……卿、枢機卿。到着致しましたよ」
親切な御者の声が、彼を悪夢から引き戻した。
*
随分と久しぶりに、当時の夢を見た。しかも、あれだけ当時そのままな夢は珍しい。
「大丈夫でございますか? うなされておりましたが……」
屋形に入ってきて、心配そうに声をかける壮年の御者。京一は大事ない旨を伝えると、彼のエスコートに従って馬車を降りた。護衛の騎士たちが注目するなか、京一は彼らを見回して言った。
「すみません。眠ってしまっていました。以後、気をつけます」
もちろん立場の違いを考えれば、枢機卿の彼に意見出来る者などいないのだが、それを差し引いても彼らの反応は穏やかであった。
「激務の中、ウイドキア中を奔走されているのです。少しの居眠りくらい、仕方ありませんよ」
そう言って笑う御者。彼の言葉に不快そうな素振りをする者はいない。
頭を下げてもう一度だけ謝罪の意思を見せると、京一は目的地である聖堂に目を向けた。
ラテカの南、そう遠くない位置に、この小さな町エイタムはある。いかにものどかな田舎町といった風情で、聖堂の周りにも木々が生い茂っていた。
(実家の近所の神社を思い出すな……何度来ても)
なんとなくそう思っている京一の前に、聖堂を管理している司祭が姿を現した。彼は丁寧に深く一礼をしてから言った。
「本日はわざわざお越しいただきまして、誠に恐縮に存じます。先にいただきました手紙に従い、既に懺悔室の準備は整っております」
「お手間をおかけしましたね」
「とんでもないことでございます。……ですが恐れながら、まずは少しばかり休まれては如何でしょうか? 休憩の準備も、一応出来てはおりますが」
「お気遣い感謝しますが、不要ですよ。私は少しでも多くの民の言葉を聞きたいのです」
聖職者としての振るまいも、20年近くやっていれば必然として板につくというものだ。京一の言葉に、司祭は深々と低頭する。
「恐れ多いことで……さぞ、皆も喜ぶでしょう。それでは早速ですが、懺悔室までご案内します」
司祭の先導に従い、聖堂の裏口から中へ入る。魔族の襲撃はラテカに集中しているが、ここに出現する可能性も否定するわけにはいかない。同行した騎士たちは全員、そのまま聖堂の警備についた。
懺悔室は非常に暗く狭い部屋だ。合わせて2畳ほどのスペースは真ん中を板で仕切られ、格子のついた小さな円い窓だけがふたつの空間をつなげている。窓に向かい合うようにして机が置かれているが、椅子は机に正対しておらず、横向きに配置されている。
燭台を持った案内役の修道士に促され、京一は椅子の向きを直さずそのまま座った。
机の上には、呼び鈴がこぢんまりとあるだけだ。京一がそれを手に取ると、修道士は一礼して部屋を出た。光源を失い、懺悔室は真っ暗になる。
……さてと。
気持ちを整えるため、少しだけ間を空ける。深呼吸を一度、伸びを一回、そしてまた深呼吸を、今度は二度して、京一は呼び鈴を鳴らした。
ひとりずつ狭い部屋に入り、己の胸の内に納められなくなった思いを吐露していく。やれ誰々が憎いだの、やれ妻子がいる誰々と寝ただのと、その内容は可愛いものからえげつないものまで多岐に渡った。来る者の容姿は暗闇で分からないが、声色を聞く限り、老若男女偏りなく感じた。
懺悔がひとり終わると、枢機卿が呼び鈴を鳴らす。これを合図に外から扉が開かれ、人の入れ替えをする。より神に近い枢機卿へ懺悔が出来るとあって、深夜までかかるのが常であった。
そして。
国中のどこの聖堂に行っても、この懺悔室へ必ず訪れる男が、ひとりいた。
彼は当然のように今回も姿を現した。割と早い時間である。京一も彼が来たことを、気配で一瞬にして感じ取った。
やや暗闇に慣れた目で彼を見ると、男は椅子の向きそのままではなく、こちらを向いて座っている。
お互いの目が合うと、男は深々と頭を下げて言った。
「……ゴーチェにございます」
京一は黙って頷いた。
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