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五話

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「————で、何でこうなるかなあ」

 その翌日。

 私はルークさんと共に魔物の討伐に————は向かわず、城の中でせっせと治癒魔法に勤しむ羽目になっていた。そしてその側にはルークさんの右腕とも言える臣下の一人、ロイドさんが私を見張っていた、、、、、、

 あの後、分かったと了承する空気になっていたと思ってたのに、ルークさんはあろう事か、女を前に出すワケにはいかないと拒絶。
 そこに、でも、と私が食い下がった事により、一人で勝手に魔物の討伐に向かわれたら敵わないと思われてか、護衛という名の監視役をつけられ、城で待機する事になっていた。

 だからこそ、思わずにはいられない。

 なんでこうなった————と。

 本当に、どこまでもルークさんはアイツに似ている。女が前に出るなとか、そういうところとか特に。そしてそれが決して侮っているが故に出てきた言葉でなく、本心からの心配なのだから一層タチが悪い。

 無理矢理にでも!

 とか思いもしたけど、彼のその感情のせいで一瞬にして気は萎えてしまった。

 ロイドさんもルークさんから私を外に出すなと厳命されているのか、常に私の近くにいる。
 だから、城を抜け出す余地もなくて、ため息を漏らさずにはいられなかった。


 そんな、折だった。

 城の外に出ていたであろう騎士が息を切らしながら脇目も振らず、中へと駆け込んでくる。

 そして、一直線にロイドさんの下へと向かい————領民の子供を助ける為に、ルークさんが一人で森の奥へと足を踏み入れてしまった。
 と、慌てた様子で紡がれた内容は、側にいた私の耳にまで届く事となった。

 その助力をと、駆け込んできた騎士は、ロイドさんを呼びに来たらしい。

「……なにも、今日に限って……っ」

 下唇を噛み締めながら、ロイドさんが呻く。
 でも、今は口を動かしている場合ではないとすぐさま、頭の中を切り替え、助けに向かおうと試みていた。

「私も、連れて行ってください」

 そんな彼に、私は言葉を投げ掛ける。
 今は一分一秒が惜しい時。
 だけど、それでもと私は言う。

「魔物が相手であれば、必ず役に立ちます、、、、、、、、

 私は躊躇なく、そう言い切った。
 それが冗談でも、見栄でもなく、本心からなのだとロイドさんは見抜いてなのか。

 数秒ほどの逡巡を挟んだ後、

「……一人で行動をされるくらいなら、一緒にいた方がまだマシか」

 そう、答えてくれる。

 ただ、やはりルークさんと同様、私が向かう事に対して安易に許容は出来なかったのだろう。

 だが、今回ばかりは仕方がないと割り切ってか。なんとか許可が下りていた。
 そして私達は、ルークさんが足を踏み入れた森とやらに向かう事となった。




 当初私が『聖女』の力を使おうとしなかった理由というものはとても単純で、面倒事は御免だと思っていたからだった。
 でも、ふと考えてみて、かつての親友の言葉を思い出してるうちに、そんな馬鹿らしい生き方をする理由がどこにあるんだと一瞬前の自分の思考が如何に愚かであったかを理解して、ならばと自由気ままに生きてやろうと思った。

 虐げられて、散々な扱いを受けて、家から実質追い出されて。それでも尚、周囲の目を気にして面倒事は御免だからひっそりと? ————馬鹿じゃないの。

 自分の事ながら、アホかと思った。

 なんで私が我慢し続けなきゃいけないのだと。
 前世の記憶のせいなのか。
 日に日にその感情が増幅されてゆき、やがて、なんで私は自分の力すらも周囲の人間に気を遣って控えなければならないのだと無性に腹が立った。

 そして、前世とはいえ、これは私の力なんだし、私が好き勝手に使って何が悪い。
 と、割り切る事にした。

 それもあって、私は昨晩、ルークさんに向かって言っていたのだ。
 魔物の討伐を手伝わせてくれ、と。

 私の力はその為にあるようなものだし、何より、かつての己の親友だった人間に似た人を手助けしたくもあったんだ。

 だか、ら————。


「————〝聖光よ、降り注げネメシス〟————」


 私は、紡ぐ。
 気ままに、好き勝手に生きるんだって決めたから。故に、『聖女』だった頃に乱発していた技であろうと、失われた秘術と呼ばれていた技であろうと、使ってしまえって思ったんだ。

「————」

 息をのむ音の、重奏。
 それは一体、誰によるものであったか。

 華奢な身体付きの女が、たった一言紡ぐだけで数多の魔物を滅ぼしてゆく。
 そんな現実離れした光景を前に、その場にいた人達は誰もが虚を突かれたように驚いていた。

 降り注ぐ光は、矢となり、剣となり、魔物達の身体を容赦なく貫いてゆく。
 そして、それが十数回と繰り返した後、漸く怪我を負いながらも、幼い少年と共に身を潜めていたルークさんと出会う事が叶った。

「……選定から外された人間とは思えない程、『聖女』染みてるな」
「そうでなければ、言い出しはしませんよ。魔物討伐に連れて行ってくれ、なんて」

 とはいえ結局それは、拒まれてしまったけど。
 と付け加えてやると、それもそうだったなとバツが悪そうにルークさんは目を逸らしていた。

 まるでその一言は、本来の『聖女』を知っているような、そんな口振りであったけど、言葉の綾か何かだろうと勝手に自己解釈をして話を進める。

「……優しいんですね」
「領主が領民を見捨てるわけがないだろうが」

 怪我を負いながらも、それでも未だ小さな男の子を背負い続けているルークさんに、当たり前の事を言うなと怒られてしまう。

 でも、ルークさんの言うその当たり前を当たり前と感じていない人なんて、ごまんといる事を私は知ってる。むしろ、そちらの方が当然という認識すら浸透している程だ。

 だけど、彼の中ではこれが当たり前。
 だから、申し訳ありませんと私は小さく笑いながら謝罪をした。

 そして、ルークさんに駆け寄るロイドさんや、臣下の方々を一瞬ばかり視界に収めてから、私は一人、踵を返す。

 みんな無事で良かった、良かった。

 そんな事を思いながら、今日は流石にこれで城に戻る事になるだろう。
 そう思っていた私にまだ何か用があったのか。ルークさんの声が飛んできた。

「なぁ、ルナ嬢」

 だから、足を止める。
 次いで、肩越しに振り返る。

「なんでしょう?」
アイシア、、、、という名前に、心当たりはあるか?」
「…………」

 それは、霞みがかった前世の記憶の中で唯一、強く記憶に残っている名前だった。
 それは、私の前世の名前、、、、、だった。だから思わず、驚いてしまう。

 ……でも、

「申し訳ありませんが、寡聞にして存じません」

 私はそんな彼の質問に、嘯く事にした。

 せっかく、実家やらの呪縛から解放されたというのに、次は前世の呪縛となっては流石に笑えない。
 だから、どんなキッカケ故にそう思ったのかは知らないけど、ルークさんが過去の私を知る人物であるならば、その言葉に肯定をする気はなかった。

 なにせ、今の私はルナ・メフィストなのだから。自由気ままに生きたいんだ。
 そんな想いを込めて、私は言葉を返した。

「そう、か」
「そういえば、明日から私も討伐に参加して良いですかね? これから長い間お世話になっちゃいそうですし、私も出来る限り手伝いたくて」

 今のうちに言っておかなきゃ。
 そう思い、口にしたは良いものの、何故かルークさんを含め、その場に居合わせた臣下の方から笑われてしまった。
 でも、その笑みからは、親愛に似た感情が見え隠れしていて。

 王都からやって来た貴族令嬢という事もあって、ルークさんを除いた臣下の方々から私はそれなりに警戒されていた————筈だったのに、気付けば、不思議と距離が縮まっていたようなそんな気がして、この際だから私も笑っちゃえ。

 そんな適当な感覚に身を任せて笑っていると、ルークさんから呆れられる羽目になった。

「……あぁ、それについてはもう構わない。が、」
「が?」

 魔物を退けられると証明してみせた手前、断るという選択肢はルークさんの中には無かったのだろう。
 ただ、何故か不自然に途中で言葉が止められた。

「オレは城から出るなと厳命しておいた筈だが?」
「………そ、それを言いますか」

 城に駆け込んできた騎士の方が呼びにきたのは私の監視役であったロイドさんだけ。
 そこに、私は入っていなかった。

 そういえば、無理矢理ついて来たんだったと思い出す。

 故に、どうして俺の言葉を無視してやって来たのだとルークさんから責め立てられている現状の理由を理解した。

 ……終わり良ければ全てよし。
 という言葉を知らないのだろうか。

「言うに決まってるだろ。今回は偶々、良い方向に事が運んだが、次もそうなるとは限らない」

 だから、オレの言葉には最低限耳を貸してくれ。そしてそれが認められなかったとしても、絶対に誰か一人は側においておけ。それが条件だ。

 そう言葉を締め括られる。

「……わかりました」

 頭が固いというか。
 過保護過ぎるというか。

「ならいいんだ。であれば、是非ともオレからも助力お願いしたい。これから、よろしく頼む」

 そして、頭を下げられた。
 追い出されついでに、政略の道具にされただけの貴族令嬢に、現辺境伯当主のルークさんが。

 その異様な光景と。
 やがて続けられる「助けに来てくれた事、感謝する」という律儀な言葉と。
 その他、性格諸々を私の中で私なりに纏めながら……

「……やっぱり、ルークさんは似てるなあ。どうしようもなく、あいつに、、、、

 いとも容易く風に攫われてしまう程、小さな声量で私はひとりごちた。
 でも、本来聞かせるつもりのなかったその言葉はルークさんの耳に届いていたのか。


「お前も、その無鉄砲さは相変わらずだな、、、、、、、


 言葉を返すように呟かれたルークさんのその小さな一言は、ギリギリ私の耳に届いていたけど————あえて、聞こえないフリをする事にした。





 それからひと月ほど経ったある日。

 どこからか何かの噂を聞きつけでもしたのか。
 実家から私宛てに手紙が届いていたからとその件で私を呼び出したルークさんから手渡されたが————私を毛嫌いしていた両親からの手紙であったので、中身すら見ずにルークさんの前である事もお構いなしに私は容赦なくビリビリに破いておいた。

 どうせ、ロクでもない内容である。
 読む価値なんて、これっぽっちもない。
 故に、

「ゴミ箱に捨てて来ますね」

 この一言で私は締めくくる。
 完璧であった。

 しかし、ルークさんはそう思っていないのか。
 あからさまに呆れながら、溜息を一度。

 その様子を前に、私はどうにか踏みとどまり、ゴミ箱に紙屑を投げ捨てる事を少しだけ後回しにする事にした。

「……何の手紙なのかと邪推したのかは知らないが、恐らくそれは、ルナ嬢の思ってるようなものではないと思うぞ」
「あれ? では、もしかして中身をもう既に」
「自分宛てでない手紙の中身を確認する趣味はない。だが、オレにもメフィスト卿からではないが、手紙が丁度届いていた」

 そう言って、執務室に設られたデスク。
 その側に置かれた椅子に腰掛けていたルークさんは、引き出しから一通の封の開けられた手紙を取り出した。

「————〝聖凪せいなぎ祭〟」

 告げられた一言は、私も知る行事の一つであった。

「恐らく、その手紙だったものに書き記されていた内容は〝聖凪祭〟についてだろうな」

 〝聖凪祭〟とは、聖女が新しく決まった際に催されていたと知られている祭りの一つ。
 今回は妹と王太子の婚約を周知させる為に、そういった廃れた祭りすらも行い、確固たるものにするつもりなのだろう。

 そして、私は先程ビリビリに破いた手紙へと視線を落とす。
 果たしてそこには何が書かれてあったのか。
 来いと書かれていたのか。来るなと書かれていたのか。はたまたそれ以外か。

 結構まずい事をしちゃった感が強かったけど、両親達あいつらの言う事はこれっぽっちも聞く気はないから、やっぱり見る前に跡形もなくビリビリにしておいて正解であったと私の中で落ち着く。

「その招待状がオレと、ルナ嬢に来ている。開催日は今からちょうど一ヶ月後。どうにも、国を挙げての祭りにするらしい」

 そう言って、取り出した手紙の中身を広げて見せてくれる。
 そこには王家の紋が刻まれた印が一つと、先程ルークさんが口にした言葉そのままの内容が書き記されていた。
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