絶対零度の魔法使い

アルト

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2巻

2-2

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「アウレールって、は? え、うそ。アウレール? それ、本気で言ってんの?」

 ちゃんと説明するべきだが、アンバーの言うように今は余裕がない。
 アンバーが動揺しているうちに、俺はたった一言、言葉を紡いだ。

「凍れ」

 すると氷霧ひょうむが一瞬にして広がり、前方にいた魔物の群れの動きが止まった――否、俺が止めさせた。

「……」

 魔物たちは物言わぬ氷像となり、アンバーと残った魔物たちも驚いて動きを止めている。
 静寂せいじゃくの中、俺は語り始める。

「本気も本気さ。アンバーの運の悪さをいじるのはアウレールくらいでしょ?」
「この女がアウレールだっていうなら、あんたは……ってか、その横にいる魔物も気になるんだけど」
「俺はナハトだよ。今見せた通り、魔法が使えるようになったんだ。白い髪は……まぁ、その副産物といったところかな。こっちの大きな狼はウォルフっていうんだ。懐かれちゃって、今は一緒に行動してる。仲間、みたいなもんかな」


 攻撃に特化していないものの、アンバーも魔法使いである。
 正直彼女は、そこら辺の魔物であれば、束になって襲われても勝てるくらいには強い。
 だから、俺の変化を説明するならば、口で説明するよりも、見せたほうが手っ取り早いだろうと思って、派手な魔法を使ったのだ。

「なんとか納得してくれたかな?」

 アンバーに笑いかけながら、俺は告げる。

「……納得できると思う? あたしの知ってるナハトは全く魔法が使えなかったわ。どれだけ努力しても、魔法だけは使えなかった」

 一緒に暮らしていた頃、魔法が使えるようになりたくて、アンバーには長い間、魔法の練習に付き合ってもらっていた。
 だからこそ、安易に信じられなかったのだろう。

「うん。俺も、使えるようになるとは思ってもみなかった。だって、アンバーやアウレールにあれだけ迷惑をかけて手伝ってもらって、それでも無理だった。だから情けないけど、誰かに守ってもらおうとしていたわけだしね」

 自分の身を守るため。俺が多くの奴隷を引き取っていた理由の一つだ。
『奴隷狂い』という蔑称べっしょうで呼ばれていた俺が奴隷を買う、本当の理由を知っているのは、信じられる人間のみ。アンバーもそのうちの一人だ。彼女の表情が変化した。

「……本物?」
「だから初めから言っているだろうが。私は乗り気じゃなかったんだがな。ナハトが、シャネヴァにアンバーがいるから向かうと言って聞かなかったんだ」

 困惑するアンバーにアウレールが話し掛ける。

「一度決めたらテコでも動かないのは相変わらずってことね……分かった。そういう事なら、信じるわ……随分と見た目は変わってるけど、ナハトとアウレールだということは信じる。確かに、言われてみれば面影がある気がする。どうして、シャネヴァこんなところにいるのかは知らないけど、ひとまず手伝ってもらっていいのかしら? ナハト」

 アンバーがいぶかしげに尋ねてくる。
 彼女の視線の先には、先ほど一撃で始末しきれなかった魔物の姿があった。
 アンバーを巻き込まないように注意しながらだったので、加減しすぎてしまった。
 でも、アンバーはそれを知らない。
 さっきの攻撃が全力で、魔力を使い切ったと考えているのかもしれない。
 俺は笑いながら、首肯しゅこうした。

「勿論、背中は任せてくれていいよ」

 力を得た経緯や今の見た目の理由。アウレールの性別について。
 様々な疑問があるだろうに、俺たちの事を信じてくれたのは、ツェネグィア領で過ごした時間が濃密だったからだろう。
 それこそ血の繋がりはないけれど、家族とも呼べるほどに。
 俺は、アンバーのその信頼に応えるように、もう守られるだけの人間ではないのだと伝えるように、白く染まった息を吐き出しながら、口角をわずかに上げた。

「凍れ――《氷原世界ひょうげんせかい》――」

 そう言ったあと、凍えるほどの冷気にあてられて、木の枝に亀裂きれつが走る。
 一瞬にして辺り一面、氷の世界に早変わりした。凍っていないのは、俺を除けばアウレールとアンバーとウォルフだけ。
 ノスタジア公爵家の領地で痕跡を残したくなかったので、力を抑えた。あくまで魔物の動きを止める程度で、天候が変わるほどではない。
 しかし、それでもなお、アンバーはドン引きしているようだった。
 極寒の気温にあてられたからか、驚きからか、どちらが原因かは分からないが、しぼした声は震えている。

「信じるとは言ったけれど。言ったけれど、これがあのナハトの仕業っていうのは、改めて見ても信じられないわね。魔道具を使ったわけでもない……わね」

 彼女は呆気に取られながらも、そう言った。
 魔道具では到底、ここまでの威力は出せない。だから自力以外であるはずがないのだ。

「信じられないのも仕方がないよ。アンバーの言う通り、俺に魔法の才能は微塵みじんもなかったから」

 自分で己の身を守れないから俺は奴隷を買っていたのであって、魔法の才能があったならば、『奴隷狂い』などと呼ばれる事はなかっただろう。
 俺には『平凡』な才能すらなかった。正真正銘しょうしんしょうめいの、無。ないものは、ない。
 その事実がどうしようもない事など、俺が一番分かっていたはずだが……今こうして、力を手に入れた。

「色々とあって……氷の魔法だけは使えるようになったんだ。あんまり面白い話じゃないけど、アンバーが聞きたいなら後で全部話すよ。君は俺の大事な友達だから」

 俺のその言葉を聞いて、僅かながら残っていたアンバーの疑心が完全に晴れたようだった。
 胸の中で渦巻く感情を全て吐き出すような、大きな溜息の後、割り切った声音で彼女は淡々と話す。

「髪色も違うし、魔法も使えるし……もしナハトをかたった別の人間だったら、どうしようかと考えたけど、間違いなく本物ね。何があったかは、今は聞かないでおくわ。アウレールの性別が違っているのもまだ違和感があるけど……まあ、助かったわ。もっとも、この程度でくたばる気はさらさらなかったけどね」

 アンバーの言葉は決して強がりではない。彼女は紛れもなく、強い冒険者なのだ。

「これ、しばらくしたら溶けるのよね?」

 氷像と化した魔物の群れを一瞥して、アンバーは言う。
 一時的に仮死状態にしただけなので、彼女の言う通り、ほどなく氷は溶けるだろう。
 魔物を殺す必要はどこにもない。
 そんな事をすれば、ツェネグィアの奴隷館の事件同様、噂になるだろう。だから、ほどほどに凍らせたつもりだ。
 俺たちがここにやって来た理由は、名をあげる為でも金を稼ぐ為でもないのだから。

「溶けるけど、どうして?」
「ああ、よかった。あたしは変異種の依頼を受けたんだけれど、きなくさかったから途中で引き返してきたの。色々とよくない感じがするから、派手な行動はひかえたほうがいいわ」

 俺の疑問にアンバーが答える。

「きな臭かった?」

 アウレールがアンバーの言葉を復唱する。
 アンバーの運の悪さで仲間とはぐれたのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 魔物の群れも、『よくない感じ』とやらと何か関係があるのだろうか?

「……あの廃坑で、変異種を複数体見たって目撃情報があって、あたしたちはその調査に向かっていたのよ。依頼を受ける前から不自然だとは思ってはいたんだ――けれどその道中である噂を耳にしたの」
「噂っていうと?」

 思わずアンバーに尋ねる。

「これは、ある貴族による仕業なんじゃないかって噂よ。変異種を意図して生み出してるんじゃないかってね」
「意図して生み出すってそんなこと……」

 そんなバカげた話があるものか。
 そう思って、声を大にして言葉を返そうとした俺だったが、言い終わるより先にアンバーが首肯した。

「ええ、そうね。そんな事はあり得ないし、そもそもあってはいけない」

 意図的に生み出したとすれば、それは魔物を使った非合法な実験を行っている事になる。

「でも、絶対にあり得ないとは言い切れなくなってしまったの」
「……そう思うわけは?」

 確信を持っているような物言いのアンバーに、俺は聞き返す。
 すると、アンバーが溜息を吐きながら、奇妙な模様もようの描かれた紙を懐から取り出した。

「これよ」

 翼のようにも見える模様は、何かの紋章もんしょうだろうか……どこかで見たような気もするが、思い出せない。
 一体、俺はこれをどこで見たのだろうか。

「これが、廃坑付近にいた魔物の身体に刻まれてた。彼らは自然に生まれたんじゃないわ。それこそ、誰かが意図的に生み出したとしか考えられない。それもあって引き返してきたの。噂が正しいと思ったし、そうだった場合あたしの手に負える話じゃないから」

 アンバーの言う通りならば、人為的に変異種が生み出されている可能性は、極めて高いような気がする。
 だが、一体なんのためにそんな事をするのだろうか。
 いや、アンバーは貴族による仕業かもしれないと言っていた。
 このシャネヴァの近くに領地を持つ貴族は限られている。思わず、眉根を寄せる。

「……それで、関係してるかもしれない貴族の名前は?」

 喉の奥にひりつきを覚えながらも、俺は問う。
 シャネヴァにやってきた理由が理由なだけに、貴族と言われると反応してしまう。
 特別隠す事でもないと思ったのか、アンバーは躊躇ためらう様子もなく、話そうとした。
 ――しかし、名前を聞く事はなかった。

『ドゴォォォン!』

 彼女の言葉を遮るように、俺たちが来た道とは反対側から、耳をつんざく爆発音がとどろいた。
 俺たちの意識は、一瞬にしてそちらに移った。

「……おいおい」

 思わず、声がもれる。
 熱気がここまで届いている。灰が舞い、大きな火が視界に映り込む。
 地鳴りのような轟音ごうおんのあと、衝撃が数秒遅れて襲い来る。
 何があったのかは分からない。
 一つハッキリしている事は、今すぐにここから離れるべきという事だけ。

「またお前の運の悪さに巻き込まれるのか……」
「なんでもかんでもあたしのせいにしてんじゃないわよ、アウレールッ‼」
「あ、あの、ちょ、二人とも今はその、そんな事をしてる場合じゃないというか、その」

 二人の不機嫌なオーラに気圧けおされながらも、必死になだめようとする俺。
 緊張感とはほど遠く、アウレールとアンバーは互いへの不満を爆発させた。

「むしろずっとつきまとって、この悪運をあんたに押し付けてやるから!」

 アンバーがアウレールをにらみつけながら言う。
 最早子供の喧嘩けんかだ。
 そして、俺の言葉はちっとも届いていなかった。
 どうしてここまで二人の仲はこじれているのか。
 詳しい理由は知らないけど、相変わらずだなぁ。
 最終的にウォルフと協力して二人を物理的にがした。



    第三話


「そもそも、不自然って分かっていたのに、どうしてアンバーは依頼を受けたのさ。俺が知る限り、アンバーはそういう性格じゃないでしょ」

 俺はアンバーにそう問い掛ける。
 基本的に、彼女は面倒臭い事はできる限り遠ざけようとする性格だ。
 自分の運のなさを自覚している事もあり、普段は事なかれ主義を貫いている。
 ただ、情に厚くお人好しな性格なので、知り合いが困っているところを見て見ぬ振りはできない。

「大方いつものお人好しが発動したんだろう。誰かに頼まれ、どうして受けてしまったんだと後悔しながらも、渋々依頼をこなそうとした。こんなところか?」
「……もしかしてあんた、あたしの事を監視してた?」
「お前が分かりやすいだけだ」
「全部当たってるわよ、くそったれ」

 まるで実際に見ていたかのようなアウレールに、アンバーが悪態あくたいを吐く。

「はぁぁぁあ」

 アンバーは大きな溜息を吐いて、机に突っ伏した。
 ウォルフと協力してアウレールとアンバーを引き剥がしたあと、俺たちはひとまずシャネヴァに戻り、食堂にやってきた。
 ピーク時を過ぎているからか、閑散かんさんとしており、喧騒に言葉が遮られる事はない。
 独りごちるように呟くアンバーの言葉は、俺とアウレールの耳によく届いた。

「首を突っ込む気はあんまりなかったのよ。ただ、まあ、その、放っておけなかったというか。何度も頼まれたし、その、無視するのは気が引けたというか。流石に、そこまでの人でなしになれなかったというか……」

 一度そこで言葉を切り、アンバーはさらに続ける。

「――だってそうでしょう? 『子供たちを助けてくれ』なんて言われたら、断るに断れないじゃない」
「……子、供?」

 初めて聞く情報に面くらってしまった。
 もしや、あの廃坑に子供がいたのだろうか。
 ならば、あの爆発はまずいのでは……そんな事を考える。
 しかし、もし子供がいたのならば、アンバーが廃坑に向かう途中で引き返すという決断をするとは思えなかった。アンバーがさらにぽつぽつと語る。

「ナハトたちは知らないでしょうけど、最近立て続けに失踪しっそうが起きてるの。それも、子供限定でね」
「……」

 アンバーの言葉を聞き、顔が強張る。不快な感情を露骨ろこつに表情に出してしまった。
 だが、それだけでは変異種と子供が繋がらない。
 言い方からして、いなくなったのは一人、二人ではないのだろう。

「失踪した子供たちの多くが、身寄りのない孤児だった。あたしに助けを求めてきたのは、孤児院の院長。個人的に関わりがあってね」
「……関わり?」

 一体どんな関わりがあるのだろうか。
 俺が首を傾げると、アンバーは言い辛そうに、溜息を吐きながら答えてくれた。

「あんまり言いたくはないんだけれど、あたしの運の悪さは知ってるでしょ。三日に一回くらい財布を落とすから、稼いだお金は貯め込まずに、使い切ってやろうって思ってるの。でも、意外と使い道がなくて。だから、一年前くらいから余ったお金を全部孤児院に渡してたのよ。昔、少しだけ院長にお世話になったから……」

 落とした金を知らないやからに使われるくらいなら、子供たちにあげてしまったほうがいい。思い切りのよさに少し驚いたが、アンバーのお人好しな性格を考えれば、あり得ない話ではなかった。

「三日に一回ともなると……完全に呪われてるな。ぷぷ」
「だから、言いたくなかったのよ……‼」

 笑いを堪え切れない様子のアウレールに、アンバーは声を荒らげる。
 二人の喧嘩を大人しく見守っていては日が暮れてしまうので、俺は会話に割り込む。

「でも、どうしてそれと今回の依頼が関係あるんだ?」
「最初は院長に、子供たちは変異種に襲われたのかもしれないから見てきてほしいって言われて渋々依頼を受けたのよ。ただ、ある貴族が絡んでいるって道中で聞いて、恐ろしい考えが頭をよぎったわ」

 ――ある貴族。
 先程アンバーが言い掛けていた、変異種を意図して生み出しているかもしれないという貴族だ。

「そいつは孤児を始めとして、貧しい人たちに手を差し伸べていた善良な貴族……のはずだった。経営難におちいった孤児院に金銭的な援助をし、病をわずらった浮浪者には治療の機会を与える。まさに理想的な貴族だったわ」

 アンバーの言う事、全てが過去形だ。話し続ける彼女の表情が暗くなる。

「院長が王都におもむいた際に、その貴族が孤児院を訪れていたんだけど、たまたま彼が落とした紙を拾ったの。そこには子供の名前がズラッと書いてあって、その時は特に気にしなかったんだけど……」
「つまり、どういう事なんだ? 早く結論を教えてくれ」

 痺れを切らし俺がそう言うと、アンバーは意を決したように口を開いた。

「そこに書いてあった名前、皆ここ最近いなくなった子供たちのものだったのよ。紙を拾ったのは、かなり前の事だったから私もすっかり忘れてた。依頼の道中で彼の名前を聞くまではね。廃坑で現れた変異種と、いなくなった子供たち、どちらもその貴族のせいだとしたら……」

 それを聞いて、最悪の事態を想像した。

「もし、あたしの考えている通りだったら、廃坑に子供はいない。もっと見つかりづらくて、監視が行き届く場所に閉じ込めるはず。それもあって、途中で引き返したってわけ」

 アンバーの判断は正しい。
 あのまま依頼に向かっていたら、爆発に巻き込まれ、ただじゃ済まなかっただろう。
 その貴族は限りなく黒に近い気がするが、かなり厄介だ。
 表をつくろって、裏で悪事を働いている人間は狡猾こうかつで、準備に余念がないと相場は決まっている。
 間違いなく、万が一の対策はしているだろうし、無策で挑むのは無理がある。


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