華燭の城

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「シュリ様、お体を拭きましょう」
 
 部屋に戻るとラウは、シュリをベッドへと下ろし、温かい湯と布を準備すると、ガルシアの舌が這った首や肩をいたわるように拭い始めた。
 シュリはまだ茫然としたままほとんど反応せず、ただじっと天井の一点を見つめていたが、その手だけはギュッと腰まで掛けられた上掛けを握りしめていた。

 ラウの持つ布がシュリの胸へとかかると、シュリは「……ンッ……」と初めて反応を示した。

「痛みますか?
 かなり強くされていたようですから」

 赤く痣になった胸を温め直した布でそっと覆うと、それさえも拒むようにシュリは体を捩らせる。

「噛まれて傷が付いているようですね。 
 後で薬をお持ちしましょう」

 ラウはシュリの手を取ると、握る上掛けをそっと引き下げる。

「シュリ様、ここも少し触れますよ」

 上掛けを取り、露わになった下腹部を拭っていく途中、ガルシアの舌が這った場所で、ピクンとシュリの身体が震えた。

「……!! ……やっ……やめろっ……!
 私に触れるな……! ……出て行け!」

 反射的に叫ぶシュリの声にラウの手が止まった。
 
 そのままじっとシュリの顔を見つめていたが、
「わかりました。
 では、私は外に控えておりますので、何かございましたらいつでもお声を掛けてください」

 それだけ言うとラウは上掛けを丁寧に掛け直し、コツコツと杖音をさせて部屋を出て行く。
 パタンと扉が閉まるとシュリの瞳から一筋、涙が零れ落ちた。


 
 眠れそうに無かった。
 目を閉じると、あのガルシアの不快な行為が脳裏を巡り、触れられ、舐められた感覚が生々しく蘇る。
 ひどく気分が悪かった。

 あのガルシアの手で、舌で、自分は穢されたのだ……。
 神の子の化身として、高潔でいなければならない自分が……。

 怒りとも、悲しさとも判らない感情で胸が苦しくなり、ただただ悔しく神経が昂ぶり体が震える。
 それに追い打ちを掛けたのがこの部屋の寒さだ。
 暖炉の火が消えかかっているのか、石造りの城のせいなのか、温暖な気候の神国では考えられない程ひどく冷えていた。
 上掛けを肩まで引き上げ小さく身を丸めても、体の震えは一向に止まる事がない。

「寒い……」
 シュリはひとり、目を開けた。

 ラウ……。
 わずかに頭を上げてみたが、消えかかった暖炉の灯りしかない部屋は暗く、その姿は見えはしない。

 そうだ……。
 ラウは自分が出て行けと追い出したのだ。

 
 独り……。

 皇子だからと甘やかされて育てられた覚えは一切無い。
 学校もずっと家族と離れた寄宿制だ。
 それでも、今まで孤独だと思った事など一度もなかった。

 だが……。
 これからはここで独り、耐えるしか無いのだ……。
 ガルシアの……思い出すだけで虫酸の走るような、あのおぞましい行為にも……。
 ……それが神国のため、家族のため……。
 ……独りで……。

 シュリは鉛のように重い体を無理矢理に引き起こした。
 暖炉へ歩み寄ろうとして、初めて自分がまだ全裸であることに気付く……。

「ガルシア……」 
 小さく呟き唇を噛み、ベッドの上掛けを引き寄せ体にまとった。
 まだ力の入らない足でゆっくりと暖炉の前まで行き、横に積み上げてあった薪を掴んでいくつか無造作に放り込むと、舞い上がった火の粉の隙間からわずかに炎が上がり、暗かった部屋に薄明りが差す。

 シュリはそのまま大理石の冷たい床に、岩のように座り込んだ。
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