華燭の城

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「じゃあ、堅苦しいのはここまでな。
 皆も宴の続きを楽しんでくれ」

 ナギはこういう大広間の構造にも慣れているのか、二階ホールで指示を待っていた楽団の指揮者へ、迷う事無く視線を上げた。
 指揮者も「承知致しました」と言わんばかりに微笑み、小さく頷くと軽やかにタクトを振り上げる。

 再び優雅な管弦の音が響き始めると、親書を受け取れず身を固くしたままのガルシアの内心を、恐る恐るに探っていた来賓達の間にも、わずかな安堵の空気が流れ、鎮まり返っていた広間にも再び人の声が戻って来る。

 するとナギは玉座を立ち、跪いたままのシュリの元へ下りると、その手を取り、立ち上がらせた。
 そして「会いたかった……!」いきなり両腕を広げたかと思うと、強く抱き寄せた。

「おぉ……!」
 会場から驚きと喜び、感嘆の声が上がり、受書の瞬間を撮り逃していたカメラマンは、ここぞとばかりに一斉にカメラのフラッシュを焚いた。

「ンッ……!」
「ん? どうした?」
「……いえ……」

 強く抱きしめられ、思わず傷の痛みに呻いたが、シュリは何事も無かったかのように、穏やかに微笑んで見せる。

「シュリとは、いろいろ話したい事があったんだ!」
 瞬き続けるフラッシュに臆する事もなく、ナギはその手を取ったまま屈託なく笑う。

「学校、急に辞めただろ? どうしたのかと思って心配していた」
「えっ……」

 思わず、そんな……と言い掛けて慌てて言葉を呑んだ。
 それはシュリが初めて聞く事実だった。
 だが、考えてみれば当たり前の事だ。
 神儀のために取った十日間の休みなど、とうに終わっている。
 自分は人質であり、この城に、あの石牢に幽閉されているも同じ。
 再び学校に戻るなどあり得ないのだ。


「教授達に聞いても、わからないと首を振るだけだし。
 そしたら、神国を出てここに居るって聞いてな……正直、驚いた。
 三週間後には今年の馬術大会だったんだぞ? 忘れたのか?」

「いえ……」

「まぁ、色々と忙しかったのだろうが、国が変わっても学校は寄宿だし、来られない事はないだろう?
 馬術部のエースで、成績も全学年合わせてもトップクラスのお前が、急に辞めるなんて勿体ないぞ」

「……」

「実を言うと……私も、お前の馬を駆る姿が大好きで、練習しているのをこっそり見に行ってたんだ。
 年に一度のお前の晴れ舞台、今年も楽しみにしていたのになぁ」

「……はい、申し訳ありません……」

 後ろにはまだガルシアが立っている。
 振り向かずともわかるその強烈な威圧感に、シュリは言葉を続ける事ができなかった。
 そして何よりも、この想定外のナギの登場で、いつも以上に時間が経っていた。
 
 薬が切れかけている……。
 ひどく体が熱く、全身を刺すような痛みが広がっていくのがわかる。
 
 ラウにも内緒で内ポケットに忍ばせた薬の包みにそっと触れた。
 いつもは、宴の途中で飲み物と一緒に紛れさせ、誰にも気付かれぬように飲んでいたのだが、これだけ注目を浴びていたのでは、それもできない。

「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
 口数も少なく額に汗を滲ませるシュリに気付いたのか、ナギが顔を覗き込む。

「いえ、大丈夫……」
 
 そう言い掛けた声を、突然ガルシアが後ろから遮った。

「はい! 実は殿下……誠に申し上げ難いのですが……。
 シュリは先日から少々風邪気味でして、今ひとつ体調が優れません。
 父としても心配していたところなのです。
 できれば宴も休ませてやりたいと思っていたのですが、殿下からは、お見えになると連絡があったきり梨のつぶて
 仕方なく、毎夜、無理矢理に出席させていた訳でして。
 本日は殿下もお着きになられたばかり。
 如何でしょうか、今夜はもうお開きという事で、ゆっくりお休みになられては?」

 腰を折り、頭を下げながらもチクリと嫌味を言うガルシアに、ナギの後ろに立つヴィルの眉がピクリと動く。
 だがガルシアは、そんな近衛……たかが一兵にしか過ぎぬ男の表情になど動じるはずが無い。

 ガルシアが焦っていたのは、ナギとシュリが知り合いだったという予想もしていなかった事実。
 とりあえず、策を考える時間が必要だった。

「風邪か……大丈夫か?
 確かにこの国は寒いしな。
 気をつけるんだぞ?」

 そう言ってナギは優しくシュリの肩に手を置いた。
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