華燭の城

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「で、どんな具合だ?」
 自分の執務室にヴィルが入って来たのを気配で感じると、ナギは読みふけっていた資料から顔も上げずに尋ねた。

「色々とオモシロイ物が出てきたぞ」
 ヴィルは手に持っていた分厚い報告書をナギの前に差し出した。
 
 ナギは黙って顔を上げ、ニヤリと笑うヴィルを見て、読みかけの資料を机の端に置き、差し出された報告書を手に取った。

「ほら、こいつだ。この前、俺が言ってたヤツ」

 印のあるページを指差し、そこにあった写真を指でトントンと叩きながら「ここ、読んでみろ」プロフィールを示す。
 それを見た途端にナギの表情が変わった。

「へぇぇ……。
 これが本当なら、親父の手も借りないといけないかもなぁ……」
 呑気な口調とは裏腹に、その声は珍しく低く鋭かった。
 
「まぁ、相手が相手だから、そうなるだろうな」
「借りられたら、どうにかなりそうか?」
「ああ、腕力なら任せとけ」

 会話を進めながらもナギは報告書を次々と捲っていく。
 途中で何度か驚きの声を発しながら、最後まで一気に読み終えると椅子から立ち上がった。

「早速、親父の所へ行ってくる。
 ここに書いてある事が事実なら、急いだ方が良さそうだ。
 ヴィル、許可が出たらどれぐらいでいける?」

「ああ、どうせ取っ捕まえるだけだろ?
 捕縛だけなら10分もあればいい。
 居場所ならもう見張りもつけているし、閣下のOKさえ貰えればいつでも」

 その応えにナギは思わず吹き出しそうになった。

「10分って……! あのなぁー!
 確かに捕まえればいいんだけどさぁ……。
 相変わらず、お前ってヤツは血の気の多いというか……」

 呆れた顔をしながらも、今はその血の気の多さと、帰国してから数週間足らずでここまで調べ上げ、対象に監視までつけていた仕事の速さに、ナギは感謝するばかりだ。

 そらから1時間もしないうちに、ナギは父親である帝国皇帝の許しを取り付け、ヴィルが指揮を執る自分の近衛一個小隊と共に再び国を出発した。




 午後近く、シュリはひとり、ベッドを降りた。
 ラウの縫合した脚の傷は、まだ痛みはあるものの、歩いた程度で口を開くことはない。
 ベッド横の上着を羽織り、部屋を出る。

 廊下ですれ違う役人達はシュリを見つけると、いつもと同じ様に……いや、それ以上に喜び、微笑み、道を開け、深々と首を垂れた。
 あの受書式の日にシュリが見せた神々しいばかりの美さと、凛とした強さは今も記憶に新しい。

 実際にあの場に居らず、噂だけで顛末を聞いた者は “事実” の上に、更に “想像” という産物まで加え、シュリの存在は国内外問わず、神そのものとなっている。
 そのシュリが目の前を……手の届く所を歩いている。
 この広い城内で出会えた偶然に喜ばぬはずがない。
 
 そんな多くの役人、使用人の尊崇の念を、シュリは痛い程感じ取っていた。
 だがそれを感じれば感じる程、シュリの心は痛んだ。
 
 自分の胸にある召魔……。

 今、握手を求められ、手を差し出されても、シュリは人に触れることさえ、躊躇しただろう。
 
 こんなきずを持つ自分が触れてしまったら……。
 穢れた自分が、純粋な人々まで汚すのではないか……。

 ガルシアに言われるまでもなく、シュリは本気でそう思っていた。

 ナギとの別れの日、抱擁ハグを拒否したのは、右手を見られたくなかった以上に、その思いが大きかったからだ。

 できる事ならば、ラウが触れる事さえも拒否したい。
 あの美しく優しいラウを、自分の穢れた血で汚すなど、考えただけで恐ろしく悲しかった。
 だがそんな事はラウが許してくれない。
 ガルシアも許さない。
 あの夜以来、ガルシアは、シュリを見世物のようにして、目の前でラウに犯させる事を、何度となく楽しんでいる。
 
 そしてそれ以上に、ラウへの想いを断ち切れない自分の気持ちが、ラウを拒否するなど出来るはずがなかった。

 こんなにも愛しいのに……。
 「触れるな」などと……。

 今でも苦しく、すぐにでもラウに強く抱き締めて欲しいとさえ思ってしまう。
 そんな自分がまた許せなかった。

 シュリはずっと、この葛藤の中で何も言えずにいた。
 口を開けばラウを求めてしまう。
 ガルシアの命令ではなく、自分自身の心が……。

 でもそれは……してはいけない……。
 でも……。
 でも…………でも…………。

 それはどこまで行っても出口の無い、永遠の迷路だった。
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