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ナギが帰った翌日……あの凌辱の日から、ガルシアとシュリの公務は忙しさを増した。
受書式でのシュリの美しさが諸国に知れ渡るにつれ、その反響は想像以上に大きく、謁見待ちの各国の首脳陣達が続々と列を成したのだ。
だがまだ右手が使えないシュリは、あまり表には出ず、いつもガルシアの一歩後ろで、静かに控えていた。
その姿からガルシアは、まさしく “神の子を心服させた王” “神の父となった王” として、その名声は上がって行く一方だった。
そしてシュリは、あの日以来、ほとんど食事を摂らなくなっていた。
謁見や宴での立ち振る舞いは、今まで通り気品に満ち美しかったが、その微笑みは、凛とした中にも儚さを併せ持ち、見る者の心を奪い、期せずしてシュリは神の化身として、益々、神格化されていった。
「おはようございます、シュリ」
ラウが部屋に食事を持って行くと、シュリはベッドの上に座ったまま、じっと一点を……自分の右手を見つめていた。
声を掛けても全く動こうとはせず、挨拶も返ってこない。
ここ数日、シュリはずっとこの状態だ。
心が剥離した人形のように食事も満足に摂らず、公務以外の時間は、ただこうしてベッドに座っている。
ラウは黙って近付き、ベッドの横に跪くと、そっと右手に触れた。
「まだ熱を持っていますね。
あとで包帯を変える時に、何か冷やすものを……」
「ラウ……」
シュリがぽつりと呟いた。
「……何ですか?」
尋ねてはみても、シュリの口からは、それ以上何も聞こえてはこない。
「……シュリ……朝食が出来ていますよ。
何かお召し上がりにならなければ……。
出血は止まっても、まだ血は足らないのですから、お食事が無理なら、飲み物だけでも……」
その声にシュリはゆっくりと首を振る。
このやり取りも、もう何度目かわからない程だ。
ラウは小さく息を吐き、シュリを見つめることしかできなかった。
風が出てきたのか、窓のガラスが小さくカタカタと鳴る。
「ラウ……あの薬を……くれないか……」
その音に顔を上げたシュリが小さく呟いた。
「またその様な事を……。
あれはもうダメだと言ったでしょう?
今、新しい物を調合していますから、それが出来るまではこちらを……」
ラウがベッド横の箱に手を伸ばす。
「前の物ほど、痛みは取れないと思いますが……」
そう言って小さな包みを差し出すラウに、シュリはもう一度静かに首を振った。
「シュリ……」
それでもその薬を、シュリの左手の中に包み込むように握らせる。
自分の手を包むラウの温かな体温。
シュリは何かを言いかけ、わずかに顔を上げたが、またその言葉を呑み込んだ。
そんなもどかしさの中で、ラウの手にも力が入る。
子供を諭し、言い聞かせる親のように、ラウは視線を合わせ、じっとシュリを見つめる。
「シュリ、今日、私は少し街へ行って来ますね。
神国から医師団が戻ってくる日なので、その報告を聞きに行ってきます。
食事、少しでも摂ってください。
シュリが弱ってしまっては、せっかくジーナ様がお元気になっても悲しまれます」
“ジーナ” の名に、シュリは一瞬我に返ったような表情を見せる。
「よろしいですね?
食事は昼の分も置いておきます。
夕方には戻りますから、少しでも召し上がってください」
そう言うと、ラウはシュリの手と、胸の傷の手当てを済ませ部屋を出た。
その長い廊下の少し先に黒服の男が立っている。
自分を監視する男だ。
あれからもずっと、ラウに対する監視は続いている。
日替わりで人が代わる事から、側近を交代番にしてまで見張るつもりらしい。
そして相手も、もう慣れたものだった。
隠れるわけでもなく、堂々と廊下で待つその姿に、ラウの眉間にシワが寄る。
「まだ私を見張っているのか?」
すれ違い様にラウが冷たく尋ねても、職務に忠実なのか、何も答えはしない。
チラリと視線で見返すのみだ。
「今日はひとりで街へ出る。
陛下にも許可はいただいている。
ついて来るなら勝手にすればいいが、そんな暇があったらシュリ様の護衛をしろ」
苛立ちの中で吐き捨てるようにそう言い、背を向けて歩き出したラウの数メートル後ろを男が無言で追った。
受書式でのシュリの美しさが諸国に知れ渡るにつれ、その反響は想像以上に大きく、謁見待ちの各国の首脳陣達が続々と列を成したのだ。
だがまだ右手が使えないシュリは、あまり表には出ず、いつもガルシアの一歩後ろで、静かに控えていた。
その姿からガルシアは、まさしく “神の子を心服させた王” “神の父となった王” として、その名声は上がって行く一方だった。
そしてシュリは、あの日以来、ほとんど食事を摂らなくなっていた。
謁見や宴での立ち振る舞いは、今まで通り気品に満ち美しかったが、その微笑みは、凛とした中にも儚さを併せ持ち、見る者の心を奪い、期せずしてシュリは神の化身として、益々、神格化されていった。
「おはようございます、シュリ」
ラウが部屋に食事を持って行くと、シュリはベッドの上に座ったまま、じっと一点を……自分の右手を見つめていた。
声を掛けても全く動こうとはせず、挨拶も返ってこない。
ここ数日、シュリはずっとこの状態だ。
心が剥離した人形のように食事も満足に摂らず、公務以外の時間は、ただこうしてベッドに座っている。
ラウは黙って近付き、ベッドの横に跪くと、そっと右手に触れた。
「まだ熱を持っていますね。
あとで包帯を変える時に、何か冷やすものを……」
「ラウ……」
シュリがぽつりと呟いた。
「……何ですか?」
尋ねてはみても、シュリの口からは、それ以上何も聞こえてはこない。
「……シュリ……朝食が出来ていますよ。
何かお召し上がりにならなければ……。
出血は止まっても、まだ血は足らないのですから、お食事が無理なら、飲み物だけでも……」
その声にシュリはゆっくりと首を振る。
このやり取りも、もう何度目かわからない程だ。
ラウは小さく息を吐き、シュリを見つめることしかできなかった。
風が出てきたのか、窓のガラスが小さくカタカタと鳴る。
「ラウ……あの薬を……くれないか……」
その音に顔を上げたシュリが小さく呟いた。
「またその様な事を……。
あれはもうダメだと言ったでしょう?
今、新しい物を調合していますから、それが出来るまではこちらを……」
ラウがベッド横の箱に手を伸ばす。
「前の物ほど、痛みは取れないと思いますが……」
そう言って小さな包みを差し出すラウに、シュリはもう一度静かに首を振った。
「シュリ……」
それでもその薬を、シュリの左手の中に包み込むように握らせる。
自分の手を包むラウの温かな体温。
シュリは何かを言いかけ、わずかに顔を上げたが、またその言葉を呑み込んだ。
そんなもどかしさの中で、ラウの手にも力が入る。
子供を諭し、言い聞かせる親のように、ラウは視線を合わせ、じっとシュリを見つめる。
「シュリ、今日、私は少し街へ行って来ますね。
神国から医師団が戻ってくる日なので、その報告を聞きに行ってきます。
食事、少しでも摂ってください。
シュリが弱ってしまっては、せっかくジーナ様がお元気になっても悲しまれます」
“ジーナ” の名に、シュリは一瞬我に返ったような表情を見せる。
「よろしいですね?
食事は昼の分も置いておきます。
夕方には戻りますから、少しでも召し上がってください」
そう言うと、ラウはシュリの手と、胸の傷の手当てを済ませ部屋を出た。
その長い廊下の少し先に黒服の男が立っている。
自分を監視する男だ。
あれからもずっと、ラウに対する監視は続いている。
日替わりで人が代わる事から、側近を交代番にしてまで見張るつもりらしい。
そして相手も、もう慣れたものだった。
隠れるわけでもなく、堂々と廊下で待つその姿に、ラウの眉間にシワが寄る。
「まだ私を見張っているのか?」
すれ違い様にラウが冷たく尋ねても、職務に忠実なのか、何も答えはしない。
チラリと視線で見返すのみだ。
「今日はひとりで街へ出る。
陛下にも許可はいただいている。
ついて来るなら勝手にすればいいが、そんな暇があったらシュリ様の護衛をしろ」
苛立ちの中で吐き捨てるようにそう言い、背を向けて歩き出したラウの数メートル後ろを男が無言で追った。
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