華燭の城

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「こんな所に抜け道が……」
 
 そう呟くシュリの目の前で、巨大な夕陽が緋色と金の輝く円矢となり、濃紺の湖に溶けるように堕ちていく。
 遮る物も何も無く、真っ直ぐに目の前で……。
 それはそれは美しい光景だった。

 一日の終わり……。 
 だがシュリは、それだけでは無い――何か、巨大な物の終焉を見ているような錯覚に捕らわれていた。
 
 自分の中に、言い知れぬ不安のような、小さな暗雲が湧き上がるのを感じ、無意識のうちに指が、傍らに立つラウの手を求め、握り締める。

 そんなシュリに構いもせず、ガルシアは墓地の門戸を開け中へ入って行くと、中ほどでピタリと立ち止まった。
 周囲を警戒しているのか、それとも何かを探しているのか、何度か辺りを見回していたが、やがてくるりと振り返った。

「この辺りでいいだろう。あとはここで小僧が来るのを待つだけだ。
 シュリが騒がぬよう、しっかり捕まえておけ」

 その命令に、近くに居た二人の側近が、シュリの腕を両側からグイと掴み取る。

「んっ……!」
 痛む右手を取られ、シュリが顔を顰める。

「おい! シュリ様に手荒な事をするな!
 お怪我をされているのが判らないのか!」

 思わず隣のラウが声を上げると、ラウもまた側近達の手によって、取り押さえられるように両腕を掴まれていた。

「私は大丈夫だ、ラウ。心配するな」
 
 シュリは、隣で同じ様に捕らえられたラウに頷いて見せる。
 今考えなければならないのは、自分達よりナギの事だ。
 
 ガルシアのあの余裕……。
 “ここで待つ” というのは待ち伏せ……?
 だとすれば……罠……。
 ……ナギ……!

 拳を握り締めた。
 もしも、ここに罠が仕掛けてあるのなら、あのガルシアの過分な余裕も頷ける。
 一点のシミのようだった不安が、シュリの中でどんどんと大きくなり、広がっていった。

 クッ……どうすれば……!
 隣のラウを見た。

 だが、シュリの視線にラウは、無言のまま小さく頭を振る。
 “ここまで来ては、もう誰も止められません……”
 そんな声が聞こえた気がした。


 墓地の中程で、ナギ軍を迎え撃つように夕陽を背にして仁王立つガルシアと、それを守り、居並ぶ側近達。
  
 何としてもナギだけは守らなければ……。
 
 ガルシアから少し離れた場所で、ラウと共に両腕を掴まれ、捕えられるように立たされているこの状況で、自分に何が出来るのか……。
 気持ちばかりが焦っていた。


 湖を渡る風音だけが聞こえる。

 冷たい風がシュリの柔らかな髪を揺らし、陽も沈み、残輝もあとわずかになった頃、静寂を破り遠くで人の声がし始めていた。
 やがてそれは数を増し、確実に近付いて来る。

「来たな」
 ガルシアが小さく呟いた。

 しばらくしてそこに現れたのは、ナギを先頭に、ランプの松明たいまつを掲げた14、5名程の集団だった。

「シュリ!!」
 巨大な城の、棟という棟を探し歩き、やっと見つけたシュリの姿に、ナギが思わず叫ぶ。

 だがそのシュリは墓地の中で、黒服の男達に両腕を押さえられ捕えられている。
 それはどう見ても皇子の扱いではない。

「……シュリ! 大丈夫か!?
 くそっ……! お前達! 皇太子に対し何という行いだ!
 ガルシア!! シュリを離せ!!」

「殿下! だめだ! 来ては……!」

 “罠だ……!”

 そう叫ぶのより一瞬早く、
「シュリを黙らせろ!!」
 ガルシアの命で、シュリは掴まれていた右腕を後ろ手に取られ、背後から伸びた手に口を塞がれる。 

「……ン”ッッ!」

 砕けた右手を強く捩り上げられた痛みと、その無理な体勢で張り裂けそうに引き攣る胸の痛み。
 その両方で、シュリは思わずくぐもった呻きを上げた。
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