ベノムリップス

ど三一

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灼熱の初月編

第56話 物産展にて

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ランが追跡を申し出たのは、グンカの様子をこっそりと伺っていたからだ。可笑しな行動をするハナミの行き先にニスと白装束の二人組が居たのをランも目撃した。しかし大事無いだろうと思って、ふとグンカの様子を見ていると、腰が僅かに浮き上がり、それから腕を組み出した。本来、こうした催しでは腕組みは失礼に当たる。無意識からの行動かと思って、一言添えるつもりでランは立ち上がった。

(…隊長?)

グンカは指先で腕を叩きながら、ニスの消えて行った方向を見ていた。その表情は苛々として、心ここに在らず、訓練用地の林の向こうに意識が向いている。

(サブリナの刑事部門長が追いかけて行ったが……何か、ニスに関係が?)

考えるのは後回しにして、ランは先ず自分が追跡すると伝え、グンカを落ち着かせる事にした。グンカは隊長という地位にいる為、これからのスケジュールに集中して貰わねばならない。本来ならば、ランも隊長補佐として側に控えていなければならないが、頼める人員が居ない。ただでさえ忙しい時期で検問や出動に多くの人員を割いている。訓練が終わった隊員達もすぐに各々の職務に戻らなければいけない。ここは、ラン自ら追跡するのが、警備隊の職務を滞りなく遂行するための最善だと考えた。ランはハナミの背を追っていく。


警備隊の訓練用地は、林に囲まれた整備されたグラウンドと山地訓練に利用する山に分かれている。グラウンドの近くには警備隊の宿舎があり、リリナグ勤務の警備隊員達が寝食を共にしている。現在ハナミが居るのは、グラウンドを仕切る林の中。中は薄暗く、鳥の声や木々のざわめきが聞こえる。草は細目に刈り取られていて、隊員達も日差し除けで中を通るので自然と土の道が出来ている。

「どこに向かっている…?」

ハナミは木陰に身を隠しながら3人を尾行する。よく動きを観察すると、3人は身振り手振りで会話をしている様子であった。ハナミの位置からは会話は聞こえない。

「これ以上近付いたら流石にばれる…隠れて様子を伺う事を優先するか」

暫く林の中を歩いていると、ニスと白装束の2人組は別のグラウンドに出た。

「あそこは……」

ハナミは懐から紙の束を出した。合同訓練に参加する警備隊隊員に配布された書類だ。数枚捲ると訓練会場の地図を見つけた。ニス達が居るのは、物産展参加者の待機スペースで、荷物置き場や振る舞われる料理の下準備にも利用されている。必要に応じた広さの区画が与えられ、その紙を読めば代表者の氏名と、店があれば店名も確認できる。3人は待機スペースの中を歩いてゆく。周囲には忙しそうに物産展の準備をする参加者たちが居て、3人組に気にした様子はない。

「ここって警備はいねえのか…?当たり前みたいに入って行ったが…」

ハナミも林の中から出ると、3人の後を追って待機スペースに入った。すると、林の側のテントの近くに立っていた参加者がハナミに近付いて来た。

「あれ…パスを胸に下げていないと、ここには立ち入り禁止ですよ」
「ん?これでいいか?」

ハナミは片腕に駆けていた警備隊の制服を見せた。

「警備隊の方でしたか!どうぞ通ってください」
「ここに警備隊は居ないのか?随分不用心だが」
「あ、普段着ですけど、自分はリリナグの警備隊です。一般人に紛れて警備をしています」
「そうだったのか…俺の前にここを通った3人組は?パス付けてなかったろ?」
「参加者だとわかっているので」
「…物産展の?サブリナであんな恰好の奴見たことないぞ?」
「こちらでは有名ですが…悪い意味で…」

リリナグ警備隊員は苦笑いした。

「あ、すいません、一般の方が入って来たようですので、これで」
「おう、悪かったな邪魔した」

ハナミは再び白装束を追う。また怪しい人物として呼び止められる可能性があるので、警備隊の制服に久しぶりに袖を通した。以前の洗濯が悪かったのか、サイズが小さくなり少しきつく感じる。前のボタンまできっちり閉めて、ベルトと繋いでいた制帽も被ると、その姿は漸くチンピラ風の男からサブリナ警備隊員へと変わった。3人はさらに奥に進んで行くと、一つの真っ白いテントの前で立ち止まった。そして白装束の1人がテントから何か麻袋のような物を出してニスに手渡した。

「何かの受け渡し……?ワンピースじゃねえだろうな…」

明らかに怪しい二人組に疑惑の女という組み合わせ。ハナミは地図を読んで、申請されている名前を見た。そこには奇妙な店名と、やけに長い代表者の名前が記載されていた。あまりに名前が占めるスペースが多く、枠からはみ出していた。

「よくこんな怪しい店…申請が通ったな…。ん…?」

視界に捉えていた白装束二人組は荷物を持って物産展の方に歩いて行った。ニスの姿が見えない。

「見失ったか…?白装束の影から林に入ったのか?」

ハナミは白いテントの側まで小走りで近づくと、辺りを見渡した。特徴的な赤い髪は、どこを見ても見つからない。白装束が逃がしたのかと考えていると、テントの中から何か動く気配がした。

「……ここに隠れているのか?」

ハナミは、二枚の布から成る入り口の隙間に手を差し入れ、中で左右を引っ張る様に結ばれた紐を片手で器用に解いた。音を立てないように布は手で抑えながら、僅かな隙間から中を覗いた。

(居た……!あの女だ…!)

1つに纏めていた赤く長い髪を解く所だった。軽く手櫛で流れを整えると、白装束に渡された麻袋から衣類の様なものを取り出した。ハナミは一瞬、盗品のワンピースと同型の物かと目を凝らしたが、それは全く別物で、白装束の2人組と似た衣裳だった。拍子抜けだとハナミが溜め息を吐きそうになると、ニスはブラウスのボタンに手を掛けた。

「え……」

素早く一個、二個…とボタンを外し、中に着ていた肌着が露わになった。ハナミが布の向こうで動揺する。

(こ、これ捜査って言って信じて貰えんのか…!?もし重要な証拠が出てきたら、いや出てこなくてもだが…俺が着替えを覗いた痴漢で一緒に逮捕されちまう……!)

ハナミは葛藤の末、ブラウスを完全に脱ぐ前にテントの中を覗くのを止めた。

「ハナミ刑事部門長」
「うおっ!?」

急に背後から自分の名と肩書きを呼ばれて飛び上がる。たった今疾しい事を胸に抱えたばかりの為殊更驚いた。ハナミが背後を見ると、知人のユンに似た顔で雰囲気の違う警備隊員が立っていた。

「はあ……はあ……確か、ユンちゃんの双子の妹さん……だったよね?」
「はい、隊長補佐のランと申します…あの」

ランはハナミがテントに顔を近づけていた所を見ていた。何か捜査しているのだろうと思い、接近して本人に聞いてみることにしたのだ。念のため足音を消して、捜査の邪魔にならぬよう声を掛けたつもりだった。

「……ここで何を?」
「い、いや…怪しい白装束の2人組と、ニスって女が一緒に林に消えていくのが見えて……行方を探していたのだ」
「ニス?刑事部長殿がどうしてニスを…」
「あ~…ちょっと聞きたいことがあってね。それより妹さんはどうしてここに…」

その時、テントの入り口が開いた。

「ニス!」
「あれ…貴女…それと…」

ニスはハナミの方を見た。
以前サブリナで会った時とは服装が全く違い、別人のように見えている。

「それよりその恰好はどうした?」
「アルバイトの子が熱さで倒れちゃったみたいなの…それでさっき店員さんにお手伝いを頼まれて…」

ニスは、白装束の2人組こと乾物屋の店員達と似た格好に着替えていた。全て真っ白な衣装で、ノースリーブの上衣に、下が窄まった下衣。頭巾からは真っ赤な髪が伸びている。

「これを顔に着けたら完成」

手に持っていた白い布を鼻の上から後頭部に回し紐を結ぶ。すると珍奇世界商店の小さい店員が出来上がる。ランは成程なと、落ち着いた様子だが、ハナミはまずこの格好の意味を知りたい。

「この秘密結社みたいな恰好は何なのだ…?見るからに怪しいが…」
「商売をする時はこの格好をしなきゃいけない決まりって言ってた」
「まあ見慣れれば、気にならなくなるだろう。悪い奴らではないからな」

ニスが手伝いに行くと言うので、ランとハナミは物産展に着いて行った。

「!…!」

店員がニスに向かって手を振る。
こちらだと教えているようだ。

「いつものようにあの2人だけでは駄目なのか?」
「町以外のお客さんも居るから、中々伝わらないって」
「そうか……商品自体はいいのだがな…」
(伝わらない?)

ハナミの疑問はすぐに解消される。ニスが出張店舗の近くまで来ると、そこでは2人の白装束の店員が干物を炭火で焼いて販売していた。後ろには土産用の商品も用意されている。干物が焼ける芳ばしい匂いに、人々は目を留めるものの、その外見の怪しさと無言の接客という奇妙さに離れて行ってしまう。

「……旨そうな匂いはすんのに、全然売れてねえな」
「あ、1人来たぞ」

1人の客が恐る恐る焼いている干物が何か聞く。すると店員がジェスチャーで生き物の形を作った。それに首を傾ける客。何度も双方がコミュニケーションを取ろうとするが、通じ合えないでいた。

「……もしかして、どっちもしゃべれねえのか?」
「いえ、声は出せるけれど、商売に関わる時はしゃべっちゃだめなんだって」
「なんだそりゃ」
「彼らの宗教的、文化的なルールなのだろう」
「手伝ってくるね…」
「私も一つ買おう、とても…美味しそうな香り……じゅるり」
「職務中じゃないのか…?」
「まだ昼休憩を取っていない事を思い出した。訓練と会合の間の30分で休憩に入る予定であったから、2、3分程は問題ないだろう」

干物をじっと見つめるランの横顔に、ハナミは看守時代の同僚であったユンを思い出していた。食べることに目が無くて、恋人と食事するなら彼女にまず相談した方がいいと話題になっていた。かなりのグルメかつ食事大好きなのは、双子で同じ特徴を持っているようだと思った。ランが店の前に並ぶと、リリナグの町人の視線が乾物屋の店に集中する。小さな声で「ランちゃんだ」と呼ぶ町人たちの声がハナミにも聞こえた。

「これは何の干物だ?」

ランが店員に聞くと、チョキとグーを合体させて右から左へ跳ねるように動かした。

「う~ん……イノシシか?」

こくりと店員が頷く。そして指先で数字とゼロを作った。

「貰おう。魚の干物はあるか?」

店員は一度でわかる者は少数のジェスチャーで魚の種類を伝えた。ランは「アジ……?」と自信なさげに言う。しかし正解ではなかったようで、店員はもう一度ジェスチャーをして伝えようとする。

「サバ?」

ニスが答えると、頷いて金額を示す。ランはうむと納得して代金を渡した。ランはニスのすぐ横に移動して、さっそく焼き立て、炭の上の網から下ろしたばかりの干物の一つを頬張った。これは物産展用に加工した特別製のサバで、肉厚で食べ応えがあり、骨を丁寧に除去しているので遠慮なく齧り付ける。一口噛めば、ジューシーな魚の旨味と絶妙な味付けが口内に幸福を齎す。ランのクールな表情も、美味しさに蕩けていく。

「美味そうに食うな…」

サバを一度仕舞い、今度はイノシシの干し肉を焼いたものに齧り付く。店員はランの好みを知っているので、イノシシ特有の臭みをほんの少しだけ残した品を提供した。

「う~ん……油がさっぱりとして、肉は味わい深い…臭みの無いのも美味だが、やはりこの特有の香りが食味を…」
「あの……俺にも同じの貰える…?」

ランのコメントを聞いて、怪しい集団の作る謎の干物が、とても美味そうに見えてきたハナミの、その一言を皮切りに、列が形成されていく。ニスは店員の通訳と商品を焼き網から取って紙袋に包んで受け渡す役目を担当した。

「ふう…いいおやつになった…。では、私は戻る。頑張れよ、ニスに店員の方々」
「ありがとうございました…」

店員とニスがぺこっと頭を下げる。残ってサバを頬張るハナミは、本来の目的を頭の片隅に置きながら、いつ話を聞こうかと思案する。

ニスは額に汗しながら、残りの干物の枚数を確認し注文を取る。調理係の店員も熱気と炎と戦っている。干物屋に負けず劣らず周りの店の売れ行きも好調で、物産展の盛り上がりは当初の予想以上となり、それはサブリナ町長の耳にも入る事となった。気をよくした町長は、来賓席・幹部席に居た人々を引き連れて、自ら物産展の案内を買って出た。またも予定が狂わされたグンカは、苛々として町長の背を睨む。丁度そこにランが合流し、ニスの件を伝え、その後のスケジュールの調整をする事が出来たので、何とか苛立ちは収まった。


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