ベノムリップス

ど三一

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灼熱の初月編

第57話 嘘と本当

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ハナミが店の側で干物を食べていると、来賓を引き連れたサブリナ町長が物産展に現れた。町長はサブリナ特産の品々を紹介しながら店を巡る。グンカは町長集団の中から店の側で立ち食いしている警備隊員を見つけた。胸には2色紐の飾りがない為サブリナの警備隊員かと視線を外そうとすると、隊員が立っている店の店員が背中を見せた。白い頭巾の下から赤い長髪が伸びている。

「あの店員……」

既視感のある白装束の姿に、その店の看板を読むと、珍奇世界商店と記されている。よく見れば網焼きをしているのは以前見かけた事がある白装束の店員である。グンカは集団をこっそりと抜け出して、商品を渡している店員に近付く。ハナミはこちらにグンカが歩いて来るのを見て、サボっていると叱責されると思い帽子を若干目深に被り、齧った跡の残る干物で顔を隠した。

「……」
(見つかりませんように…)
「お任せ干物セットです…」

グンカは帰還したランから、ニスは知人と会って店の手伝いに行ったと報告を受けていた。てっきり喫茶うみかぜの2人のどちらかと遭遇したのだと思っていたが、このリリナグにおいて自然な真っ赤な髪色は滅多に見られない。そしてこの店の常連客。

「ニ…」
「ほうほう、こちらが…町長一押しの…」

グンカの横に、サブリナの隊長が立つ。はっとして後ろを見ると、町長の集団はすぐ近くまで来ていた。

「おや、リリナグの隊長さん、このお店をご存知で?」
「ええ、まあ…」

町長に話しかけられたグンカは、間接的にだが常連、とは言わなかった。あまり食いつかれても困る。サブリナの隊長は、白装束3人組の怪しい店の側に立つ警備隊員をじっと見る。制服はサブリナの物だが、干物で顔が隠れて誰だかはわからない。

「本来なら、物産展への出店基準はサブリナの町民か、サブリナで店を開いているか、なのですが、こちらの店はサブリナの特産を使用した商品も扱って頂いていて、それと…私の行きつけの店に商品を卸しているものですから…特別に」
「そ、そうですか…」

町長が乾物屋の列の最後尾に並ぶ。他の来賓達もそれぞれ興味のある店を覗いているようだ。グンカはどうしたものか、と思い、ニスの仕事ぶりでも見ていようとサブリナ警備隊員の隣に立つ。客が途切れたら一言声を掛けるつもりだ。一応サブリナ町長の提案の為、リリナグ側の代表としてこの場には居なければならない、という事情もあった。
「いらっしゃいませ…」
「例のタコを…貰おうか」
「例のタコ?…ある?」

町長のリクエストの品があるかニスが店員に聞くと、会計担当の店員がこくり…!と頷いて、物産展が始まってから一度も開いていない箱を開けた。店員がその中から長い葉に包まれた商品を取り出し、そのまま網の上に置いた。

「えっと…お会計が……!」
「……」

幾らか確認しようと店員の方を見たニスが、その指の動きを見て、はっと口布を抑える。そして町長にだけに聞こえる声で価格を伝えた。

「結構結構。こちらでいいのかな?」
「……」

町長は懐から財布を取り出し、価格分の金をそっと店員に渡した。

「たかっ……!」
「む?」

グンカの横の干物を持っている隊員は、渡された紙幣を見て思わず口から言葉が出た。グンカはその漏れ出た声に聞き覚えがあった。まさかと思い隊員の顔を見ると、干物で顔の口と鼻、右目を隠しているが、齧った跡から左目が見えた。その目はクマで下瞼が縁どられ、気まずそうにグンカの方を見た。

「お前…ハナミか?」
「……」
「ニスの後を追っていたが、話はもう終わったのか?何故干物で顔を隠している?」
「……事情があるんだよ。うちの町長の思いつきでそっちを振り回している立場だが、こっちも振り回されてんだ。今頃とっくに話を聞き終わって、捜査しながらリリナグ観光でもしてる時間だよ」
「……その干物」
「……美味そうだったんだよ。それに、このお嬢さんを見張ってるのに、ただ突っ立ってたんじゃバレバレだからな、こうして客として…潜入中だ」

正体が露わになり、ハナミは堂々と干物を頬張りだす。

「ありがとうございました…!」
「ふふ…旨そうだぁ…!」

町長が例のタコを受け取ると、そこで一旦客が途切れた。ふう、と息つく店員とニス。ハナミはむしゃむしゃと干物を食し、今度はイノシシの干物を手に持っている。とても捜査中とは思えない。

「お前…いつ話を聞くつもりだ?」
「知ってたのか。もぐ……俺が……お嬢さん…もぐ…に…話し…」
「そちらの隊長に許可を求められた。何か聞きたいのなら、日のあるうちに聞くことだ。我が家は就寝が早いからな」
「…もぐ」

ハナミは心の中で旦那きどりかよ、と思った。
口の中に干物が入っていなければ、その発言でグンカを怒らせていただろう。

「わかったよ。お嬢さん…」
「?……貴方…サブリナで…」

その顔を近くで見て、ニスはハナミの事を思い出した。

「アンタが持ってるっていうワンピースについて話を聞きたい。この物産展が終わったら、ここの警備隊の詰所に来て貰えるか?」
「夕食の支度があるから……」
「何、聞きたいのは世間話みたいな事だ。…疾しい事がなきゃ答えられる質問さ」
「……」

ニスは考える。おそらく応じた方がいいのはわかる。ハナミがワンピースについてどこまで知っているのか、どこまで捜査が進んでいるのか、協力者について目星がついているのか等取り調べ中に聞くことが出来たならば、ニスにとっても悪い話ではない。しかし、警備隊が持っている情報を何も知れずに、こちらの情報だけ引き出される可能性が高いとも思う。感情の窺い知れない口布の下、ニスはどう判断すべきか口を引き結んで思案していた。

「……本日の夕食調理開始時間は?」

グンカがニスに聞いた。

「6時ちょっと前…」
「ならば物産展が終わる17時から30分程取調室を貸す。17時半になったらニスは帰宅。ハナミ、お前は会合へ出席する予定があるだろう?それ程のんびり話を聞いている暇はない筈だ」
「…俺は会合には出ないつもりでいたが」
「リリナグの刑事部門との協力体制を強化すると決まっただろう?刑事部門長が出席せずにどうする。お前は俺が引っ張ってでも連れて行く」
「……っち、わかったよ。お嬢さん、30分だ」

グンカの提案にハナミが折れる形となり、ニスはそれならばと取り調べを受け入れた。

「それじゃ17時に詰所に来てくれ。俺はこれ食いながら、詰所の中ふらついてくるよ」
「ハナミ、美味そうなの持ってるな。ちょっと見せてくれ」
「じゃあな」

ハナミはサブリナの隊長と共に町長の集団の後ろに加わった。談笑しているように見えて、経緯を報告している。
それがわかっているグンカは、ふうとため息を吐いてニスに向き直った。

「頑張っているな」
「ええ……そっちも」
「この日差しで、焼き物の熱気で相当暑いだろう?水分は細目に取るように」
「そうね。でも、この服結構涼しいの…肩が出ているからかしら…」

グンカはニスを見下ろす。普段は隠れた肘から肩が惜しみなく晒され、太陽の光を受けて汗が光っている。腕を動かすと、一カ所に留まっていた光が下に上に流れ、何故だかそれを目で追ってしまう。

(……喉が渇く)

張り付くようにぴったりとした白装束は、その身体の隆起やくびれを強調している。頭巾と口布の隙間から見える首筋、そこも汗をかいているのか赤い髪が張り付いている。無言になって自分を見下ろすグンカの視線。何となくどこを見ているのか感じ取り、ニスは少し恥ずかしくなった。

(……何か、言った方がいいのかしら)

身体を隠すというのも今更の為、グンカの視線を視界に入れないように目を逸らす。
猛暑と羞恥で体が熱い。

「……これを」
「ハンカチ…?」

グンカが胸ポケットに入っていたハンカチをニスに差し出した。薄い青の涼しげな薄い布だ。

「これで拭え……帰ったら、返してくれればいい」

そう言い残してグンカは町長の集団の後に着いて行こうとして、制服を引かれた。

「何だ……?」

制服を掴んでいたのは勿論ニスで、口布を取って紅潮した頬を晒し、少し怒ったように眉尻を上げている。
体温が上昇し、自然な唇の色がより赤みを増している。

「洗って…!返すから…っ!」
「いや、自分で洗濯す…」
「……恥ずかしいから!」
「?…別に恥ずべきことなどない、同じ家に暮らしているのだし」
「……汗とか、香りとか…する」

グンカはただ善意からハンカチを差し出しただけであったが、ニスが何故恥ずかしがっているのか、言われて漸く理解した。制帽の中からぶわっと汗が噴き出る。

「き、気にするな……別に、回収して…いつもと同じように洗濯するだけだ…それに、明日は休日であるし…」
「私が洗うから…!!」

ニスの細やかな反抗に押され、頷いたグンカは今度こそ店から立ち去った。残ったニスは、預かったハンカチで遠慮がちに顔と腕を拭いた後に、白装束のポケットに仕舞った。そしてもう一つ洗わなければならない物に気がつく。

「この服…洗って返すから」
「……?」
「お買い物の時に返しに行くから…!」

グンカと同様に、こちらで回収して洗濯するとジェスチャーで伝える会計担当の店員。しかしニスはふるふると首を振って拒否を示した。

「……」

焼き物担当の店員は、ニスの気恥ずかしさを汲み取り、腕組みをして頷いていた。
彼は会計担当の店員の実父、会計担当は息子である。父は息子の未熟を面白そうに眺めていた。

「……!」
「…!…!」
「ありがとう、お疲れ様」

ニスは手伝ってくれた礼として、焼き立ての干物とアルバイト代を貰った。干物を貰ったから、とアルバイト代の方は遠慮したが、元々のアルバイトに支払うつもりで用意していた、という父のジェスチャーと共に、息子に干物と一緒に持たされてしまったので、有り難く受け取る事にした。近くの店の時計を見ると、今の時間は17時前。ニスは小走りで詰所に向かった。

「ハナミさん、はいお茶~」
「ありがとうな、ユンちゃん」
「早めに終わらせてくださいよ~?ハナミさんが会合に遅刻したら、うちの刑事部門が困りますから~」
「わかってるよ、きっかり30分。…来たな」

ニスは白装束から普段着に着替えていた。白装束は麻袋に入れて小脇に抱えている。ハナミは椅子から立ち上がり、取調室の扉を開けた。そして、どうぞと手で促す。ニスは臆した様子無く慣れたもので、真っ直ぐに取り調べを受ける側が座る場所に腰を下ろした。もはや懐かしくある、拘留されていた日々を思い出す。ハナミは取調室の扉に鍵を掛けて、ニスの向かいに座る。対峙する両者、という構図が出来上がった。

「有意義な30分にしようぜ…お嬢さん」
「……私に、答えられる事があればいいのだけれど。そちらの話を聞かないと…何とも」

お互いが、お互いの持つ情報を引き出そうと企んでいる。
それを表に出さないように、偽物の笑みを顔に貼り付けて。
30分が始まった。

「ほお、あれは貰い物…」
「ええ」ー嘘ではない。

「入っている文字は名前、という事でいいんだな…」
「そう」ー嘘ではない。

「誰から貰った…?」
「誰だったかしら……かなり昔だから記憶が曖昧で」ー嘘。

「何時頃手に入れた?」
「さあ…時期には疎くて」ー嘘。

「ティタンに聞いたけれど、事件に共犯者がいるって…?」
「どうだろうなぁ…いねえかもな」ーほぼ嘘。

「バッツという人が捕まったと聞いたわ……」
「ああ、今リリナグに居るよ」ー肯定。

「ワンピースの他には、盗まれた物は無かったの…?」
「……多分、そうだろうって物はある。気になる?」ー疑念。

「誰か…容疑者と捕まった人以外で…怪しい人が居るの…?」
「君」ー本当。

両者は、伝えても問題の無い情報、公表されている情報しか話さない。

「怪しいよなあ…だって、リリナグでも、サブリナでも扱ってねえ衣服なんだもん」
「さあ…私は貰った立場だから……この二つの町以外で作られているんじゃないの…?」
「町を出ていないあいつ、バッツが持ってた理由は?予想でいいから話してみて……一般の視点も興味深い」
「何故かしら……町の外から来た人から貰った?…サブリナの向こうの」
「それはどうだろうな…服に詳しい人物に聞いたが、どうもこっちでは見ない織り方らしい。こっちっていうのは大陸な。本当に珍しい、そして恐らく何人もの手製で手の込んだワンピース……バッツが買えるとも思えない、それも何着も。…あと、バッツは女相手の男娼とか、引っ掛けた女の伝手で仕事して生活してたからな。小遣いは自分で酒や服、アクセサリーに使って、貯金して一旗揚げようなんてタイプじゃない」
「……」
「だから、同じようなワンピ―ス着てるお嬢さんって、すっごく怪しいんだ。君の名前が入ってるらしいけど、変えようと思ったら変えられるからな。……なあ、まだ思い出せないか?誰から貰ったのか」
「……」ー覚えている、その全員を。

カモメが鳴く海岸の景色を思い出していた。

「お嬢さんは、バッツの女で…盗品を届ける為の運び屋か…?」
「……」

ニスの目が暗く沈み、ハナミの怠そうな瞳の奥の正義を見つめた。
一方ハナミは、光亡き目に宿る強い感情の迸りを見つけ、漸く何かが動きそうな気配がした。

「その目は…どういう意味かな……?」
「……今、貴方が口にした侮辱に対する…私の怒り…」

ー本当。
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