ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第三十八話 レジオ解放 その③

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 あいつ、鼻は敏感なんだろうか?
 豚は、トリュフを見つけられるくらい鼻が良いらしいが…
「ちくしょうめ、酸っぱい攻撃!」
 俺は、革袋からリンゴ酢を出して、鼻面にぶつけて見た。

「ごあ!」
 確かに効いてはいるが、ケロちゃんほどではないな。
「なにかねえかな?」
 手に当たったのは、赤い粉。
「しめた。」
 リンゴ酢の中に、その赤い粉をこれでもかと混ぜ込む。

「くらえ!」

 オークキングの眼前に赤い水が広がった。
 途端に目に激しい刺激が走る。
 とても目を開けていられない!
「ちくしょう!やっと見つけた野生のトウガラシだったのに!」
 赤い水の正体が、そんなものだったとわ!
「リンゴ酢と混ぜりゃあ、けっこうな刺激だろうぜ。」


 そりゃまあ、そうでしょうけどね。
 まったく悪どいことを考えるもんです。


 オークキングは、よろよろと前に手を出しながら歩いている。
 そのたびに、ずしりと地響きがする。
 ありゃあ、体重一トンは下らねえだろうなあ。

「短剣だって、アキレス腱くらいは切れるもんだぜ。」
 俺は、こそこそと後ろに回って、足首に短剣を突きたてようとした。
「うご!」
 オークキングは突然、その足を後ろに出した。

 奴にしてみれば、よろけた拍子の出来事だろうが、俺にとっては青天の霹靂。

「どえええええ!」
 見事に胸板にくらって、そのまま空中をさまよい飛んでいく。
 がしょん!
 俺の背中は、住宅の壁に激突して、ずるずると落ちた。
「ぐえええ」

 アバラ持ってかれた!

 背中は打撲だが、アバラは三本逝ってるな。
「ぐぶ!」
 ヤベえ、肺に刺さってる。

 俺の口から鮮血がほとばしる。

 これ、ぜってえ肺からの喀血だよな。
 胃袋じゃあこんなきれいな色にならねえ。

 俺は、両手を使ってずるずると這いずって逃げる。
 相手は目が見えねえ、大きな音さえ立てなきゃ、気付かれめえ。
「兄ちゃん!」
 ラルが大きな声を出して駆けよって来た。
「ばかやろう、声がでけえ。」

 オークキングは、甲高いラルの声に反応して、俺の方へ顔を向けた。
 まだトウガラシで目の周りは真っ赤に染まっているが、少しずつ見えてきているようだ。
「ご、ゴメン。」
「おまえ、あっちに行け。」
「でも!」
「その不用意な声が邪魔なんだよ。自分から危険を呼ぶんじゃねえ。」

「ああ。」
 ラルは、やっと気付いたようだ。
「くっ!」
 それでもよろよろ立ち上がると、なんとか横へ逃げる。
 マルクト広場の噴水の横だ。
「ぽ、ポーション…」
 石の噴水に寄りかかって、なんとかポーションを出す。
「はあ、痛みが引いてきた。」

 自家製の低級ポーションでも、痛み止めくらいにはなるもんだ。

 しかし、自分の逃げた場所が悪かった。
 オークキングは、噴水に頭から飛び込んだ!
 ばしゃあ!
「いけねえ!」
 オークキングは、自分の目を洗うと、俺に向かってにやりと笑った。
「ぐふぐふぐふ」
(ザクとは違うのだよ、ザクとは!)

 ギャグ言ってるヒマじゃねえ!

 俺は、痛むアバラを無視して、教会に向かって逃げた。
「ぎゃお!」
 うわ!
 ぼきい!
 足をつかまれた…ってえ!
 ばかやろ!
 折れたじゃん!

 そのまま教会の前に向けてブン投げやがった。
 俺は、だん!だん!と、石畳の上をバウンドして行く。

「ぐへえええ」
 ダメだ、右足逝ってる!
 脛から骨が出る開放骨折に、顔から血の気が引いて行く。
 もちろん、そのへんは血だまりだ。

「ああああああ」

 俺は、なんとかあとじさろうとするが、手も折れているらしく、動きもできない。
「がうううううう」
 オークキングは勝利に酔っているようだ。
 家屋の崩壊したところから、廃材を引きずり出してにやりと笑う。
「おい、そいつでブンなぐろうってえのか!」

 違った。

「ぐほおおおお!」
 ささくれた柱を、俺の腹にブッ刺しやがった!
 だめだ、これはどう見ても致命傷だ。
 かあちゃん、おれもそっちに逝くようだ。

 俺のハラワタが、ずるずる引っ張りだされる。
「ぐえええええ」
 意識が遠のく…


 万事休す。
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