ヒノキの棒と布の服

とめきち

文字の大きさ
上 下
96 / 175

第六十五話 フォン=ボーン伯爵

しおりを挟む

 品性の卑しいものは、その笑い方に表れる。
 それを見ると、その上役の品性も疑われるものだ。
 衛士は、どう見ても賄賂に染まった、腹黒い笑いを見せている。
 しかも、強いものには諂い、弱い者には威圧的に当たって見せる、底の浅さも見え隠れする。
 要するに下衆いのだ。

 カズマが懐に手を入れたのを見て、にやにやと笑いが深まった。
 賄賂が手に乗ってくるのを期待したのだろう。
 しかし、出てきたのは鋭い刀である。
 一瞬にして、衛士の六尺棒は細切れになり、地面に転がった。
「ひいいいい」
 すかさず、刀をしまうと、もう一度懐に手を入れる。
 衛士は、ごくりと喉を鳴らした。

 カズマが取り出したのは、ギルドカードである。
「俺は、俺の資格により、俺のできることをしている、なにか申し入れがあるならなんなりと承る。」
「は、ははあ。」
 衛士は、ギルドカードに刻まれた『伯爵』の称号に、脂汗をたらしはじめた。
「は、はくしゃく…」
 己の主人と同格の殿さまだ。
「なにか、もんくがありや?」
「い、いえ…」

「ならば帰ってそう申し上げるがよろしかろう。」
「は、はひ。」

 衛士は、風をくらって城門に走り戻った。

「殿さま~、いいんですかい?」
 先ほどの偉丈夫が、カズマに近寄ってきて聞いた。
「ああ?なにがよ。」
「いや、伯爵さまの衛士を追い払ったりしたら、後のタタリが。」
「なに、心配はいらん。フォン=ボーン伯爵が、何か言ってきたら聞いてやるわ。」
「へえ~。」
「それでも文句があるなら、街ごと焼き払ってくれようぞ。」
 カズマはしたり顔でうそぶいた。

「へええ?」
 アマルトリウスは、肩を揺らして笑っている。
「いまは、なにも言わず、みな腹を満たせ。まずは、そこが肝要だ。」
「へい。かしこまりました!」

 カマボコハウスは、とりあえず百棟完成した。
 城壁からは、二〇〇メートルほど離れている。
 これも、ボーン伯爵が何か言ってきたときに、文句を言わせないためである。
 城壁の外は、かなり荒れた土地で、痩せた感じがする。
 黒い森までは一キロほど離れているため、ウサギもあまりいない。
 疲弊した草原と言った感じか。
 揺れるススキの穂が、寒々としている。

「腹のふくれたものから、家を決めろ。外に名前を書く。」
「こ、ここで寝てもいいんですかい?」
「そうだ、仮住まいだが、なにもないよりは良かろう。」
「と、殿さま!我々にはゼニがねえ。」
「誰が金取ると言った、つか、お前らには払えまいが。」
「へえ。」
「だからいらん、とにかく雨風はしのげ。」
「「「わああ!」」」

 避難民は、カマボコハウスの前に立った。
「うああ、これなら寒くねえよう。」
「よかった、これで震えずに眠れる。」
 カズマは、ハウスの入り口に大きく名前を書き込む。
 ハンス・ペーター・クララ
「数がすくねえから、共同で使ってくれ。」

 ハウスの外れに、共同のトイレも設置。
 避難生活には、なくてはならないものだな。
「女子供は優先しろ。」
 次々と、入居が決まって行く。
 まだ、あぶれた老人などが、そこかしこにたむろしている。
「アマルトリウス、まだ作れるか?」
「お安い御用さ。」
「じゃあやろうか。」

 アマルトリウスは、その巨体を持ち上げるに匹敵する魔力を持っている。
 そのうちの数パーセントを土魔法に振ったところで、何ほどのこともない。
「ほい。」
 ぽんときのこが生えるように、カマボコハウスが増殖する。
「よし、それ行け。」
 カズマは精霊の光で、その姿が見えなくなるほど魔力を放出する。
 これでできないことは、なにもないのではないか?
「ほれ、あぶれたものはこっちに来い。」

 老人たちは、よろよろと家屋に入る。
「じいさん、どうだこれで。」
「ありがてえありがてえ、ダンナありがとうごぜえます。」
「なに、気にするな。」
 そう言って、おじいにウサギの毛皮を渡す。
「ほええ!」
「こんやは冷えそうだ、それ着て寝ろ。」
「へへえええええ」

 おじいは、その場で平伏して感謝した。
 横からその様子を見ていたお婆は、指をくわえている。
「ああ、オバーにもあるぞ。」
 手持ちの毛皮を放出して、みなに行きわたらせる。
「魔物一万匹は伊達じゃねえんだぜ。」
「カズマはいろいろ持ってるな。」
「ああ、売ってない素材もけっこうあるんだ。」

「ダンナ、すみません。」
「おう、お前か、どうした?」
「へい、オスカーと申しやす。」
「おお、俺はカズマ、これはアマルトリウスだ。」
「へい、家の中で炊く薪がねんです。」
「ああ、そうか。男衆で薪を作るか?」
「しかし刃物が…」
「まあ、斧くらいならある。」
 カズマは、二十本ほど斧を積み上げた。

「おお!これなら行けそうです。」
「そうだな、なんでもかんでも人頼みじゃいけないよな。薪作りは任せてもいいか?オスカー。」
「へい、賜りました。」
 出来るところは自分でするのが、今後の生き方を決める。
 だからみんながんばれ。

 かぽかぽと馬の蹄の音がしてきた。
「ここで何をしている。」
 居丈高な声が聞こえる。
 カズマは、ゆっくり顔を上げた。
 馬上には豪華な衣装の男と、その周りに綺羅綺羅しい鎧姿の騎士が一〇人ほど。
 声を発したのは、その騎士の中でもカブトに羽根飾りのある男である。

「見てわからんか?粥を炊いている。」
「だれの許可を受けている。」
「許可?野営するのに、誰かの許可が必要なのか?」
「野営だと?」
「そうだよ、旅の途中に野営するのは常識じゃないのか?」
「なにを勝手なことを言っている!」
「だから、冒険者が野営するのに、だれかが許可しないとダメなのかと聞いてるんだ!」
 カズマは、その場で立ちあがって、騎士に言葉を叩きつけた。

 騎士は一瞬たじろいだが、咳払いして立ち直る。
「それはそれだ、こんなに大勢で野営などと…」
「ああ、もうじきここから旅立つ、だから野営だ。」
「旅立つ?」
「ああ、ボーン伯爵領は、難民に冷たいと言うことがわかったので、他の場所に移動するのさ。」
「な、なんだと!」
「ボーン伯爵はケチで、難民に麦粥一杯出さない。これを冷たいと言わずして、どう言うのだ?」

「き、きさま!」
「言ったがどうした、本当のことだろう。よその領地に行ったら、せいぜい事情を話してやるさ。」
「きさま~!」
 騎士は馬から飛び降りて、麦粥の鍋を蹴り飛ばした。
 その辺に麦粥が飛び散る。

「てめえ…」
 カズマの静かな怒りが、精霊を呼んでいる。
「一粒の麦も作ったことのないやつが、よくも人の作った麦粥を蹴ったな。」
「け、けったがどうした!」
「こうしてくれる!」
 がきんと音がして、騎士のかぶったカブトが歪んだ。
 素手で殴って、鉄兜が歪むとか、カズマ怒り過ぎ。
 カブトは頬に喰い込んで、抜けなくなった。

 その上からさらにがんがんと殴りつける。
 もはや、カブトはその形を保っていなかった。

 さらに、カズマの怒りは収まらない。
「ひい…ひいいいいい」
 ぼきっと音がして、騎士の右腕が反対方向を向く。
「うぎゃああああああ!」
「足りぬ!」
 さらに、騎士の左足があさっての方向を向く。
 ぐきい!
「うぎゃあああああ!」

 騎士は泡を吹いて沈黙した。
「引かぬ!媚びぬ!顧みぬ!」
 ちょっとカズマさん、それはいかにも…
「うるせえ。」
 はい。

「おい!そこのデブ!」
 カズマの指さした先には、豪華な衣装の男。
 騎士たちが、その男を振り返る。
「わ、ワシ?」
「こっちへこい!」
「ななななななな」
「こねえなら、馬から引きずりおろすぞ!」

「あっわわわうぇあわわ」
 何言っているかわからないが、男は慌てて馬から降りた。
「てめえ、笑って見てるんじゃねえぞ、麦粥を拾え!」
「何を言う!私は!」
 男はなにか言い返そうとしたが、それより早くカズマは胸倉をつかんでねじり上げた。
「ひ・ろ・え!」
「あわわわわ」
 どさりと地面に尻もちをついて、カズマを見上げる。

 その頃になってやっと騎士たちが我に返った。
「きさま~!このお方をどなたと心得る!」
「はあ?カスのデブだろうが。」
「恐れ多くも、このボーン伯爵領の領主!フォン=ボーン伯爵さまである!」
 騎士は胸を張って言い放った。
「へ~、それで?」
「そ、それでって…あの、伯爵さまだよ。」
「ああ、伯爵なら俺も伯爵だ、よかったな。」

「しええええええ!」
 騎士は鼻水を引きずって驚いた。
 地面に座った伯爵も、鼻水たらしている。

「アマルトリウス!」
「心得たり!」

 ぐもんと空気が歪んで、そこには全高八〇メートルの巨体が現れた。
 ピンクの鱗も綺羅綺羅しい、スレンダーな竜身。
 翼長は、一八〇メートル!
 ばさりと広げると、その下に広々と影が広がる。

「あんぎゃああああああ!」

「うひいいいいいいい!」
 これには、騎士たちも馬上で漏らした。
 馬にはいい迷惑だ、馬たちはおびえ切って動きもできない。
 逃げる気力も起きない。
 もちろん、フォン=ボーン伯爵も、その場で座りションベン漏らした。

 がぼーん!

 アマルトリウスが空に向かってブレスを吐き出すと、空の雲がぽっかりと消えた。

「あひいいいいいい!」
 避難民たちも、その場で座り込んでしまった。
 逃げようとか、避けようとか、そんなことすら思いつかない、圧倒的な災害。

「さあ、フォン=ボーン伯爵、麦粥を拾え。」
 カズマは、黒い笑いを浮かべて、伯爵に迫った。
「あれ?」
 フォン=ボーン伯爵は、白目をむいて気絶していた。

「そこの騎士。」
「は、ははっ!」
 カズマは、正気のある騎士に声をかけた。
「まだ文句があるのなら、ボーンも災害を受けてみるか?」
「めめめ、めっそうもない!」
「ならば、主人を連れて行け、一両日のうちにはここを離れる。」
「か、かしこまって候。」

 騎士たちは、ションベン臭い主人を皆で担いで帰って行った。

「だ、ダンナ~。」
 オスカーは、震える足をなんとか前に出して、やって来た。
 すると、ふっとドラゴンが消えて、ピンクの髪をした少女が立っていた。
「あはははははは!あ~すっきりした。」
「あ~、ちょっとやりすぎたかな?」
「まあいいんじゃない?さっさと消えちゃえば。」
「それもそうか、オスカー夜が明けたら、みんなを西に向かわせろ。」
「西…ですかい?」
「そうだ、王国を目指せ、こんなところに居るより、ずっと好い生活をさせてやる。」
「はは、かしこまりました!」

「しかし、この騎士どうします?」
 すっかり忘れ去られた騎士は、そこで伸びていた。
「あ~あ、しょうがねえ、ヒール。」
 騎士の顔は、元に戻って行った。
「ま、足だけ治してやるか。ヒール。」
 骨折した足は元に戻ったが、折れた腕はそのままにした。
 カズマ、根性黒いぞ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,937pt お気に入り:4,652

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,103pt お気に入り:7,618

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,778pt お気に入り:7,092

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:17,957pt お気に入り:3,272

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:1,451

処理中です...