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第二章『共存と滅亡の狭間で』
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「それでは出発しますよ、大津さん。安全のための装置はちゃんと付けてくださいね」
ジョウジの指示に従って修也は椅子の上に深く腰を掛け拘束のための器具を装着していった。ワープによる衝撃防止のための措置である。
修也がワープによる処置を受けて胸を弾ませていると、突然ドカンと大きな音が聞こえてきた。ワープが始まったのだ。
修也は両目を閉じてワープによる衝撃に備えた。
「地球まではノンストップでワープを繰り返します。大津さん、気分が悪くなりましたら言ってくださいね」
カエデは操縦室の機器をいじりながら言った。
しかし気持ちの悪さを訴えたところでどうするのだろうか。修也は『痛い』と訴えたところで治療の手を止めない歯医者のことを思い出した。
ワープを重ねに重ね、修也たちを乗せた船が地球の日本にある宇宙船発着場に辿り着いたのは操縦室のデジタル時計が刻んでいたのは午後16時という文字だった。
三人を乗せた宇宙船は地球の重力に引っ張られて地上の上へと落ちていった。
宇宙船の階段を降りた先に待っていたのは未知の惑星の景色ではなく、見慣れた地球の夕焼けだった。
出発前に会社帰りに見上げた夕焼けと同じ蜜柑色の美しい景色だ。修也が思わず感嘆の声を上げていた時だ。
背後からジョウジが背中を突き飛ばしてきた。
「な、何をするんですか! ジョウジさん!!」
突然の攻撃を受けた修也は声を上げたものの目の前に現れたキャップ帽に青白い制服を着た男たちを指さされると何も言えなくなってしまう。
どうやら自分が呆然とした表情のまま夕焼けの空を眺めていたことで目の前に現れた回収業者の妨害をしてしまったことを悟ったのだろう。
照れ臭そうに頭を掻きながら修也は階段を降りていった。階段を降りた先は発着場の白いコンクリートの上だった。
しかし修也はそんなことは構いもしなかった。地球の大地をもう一度踏めたということが堪らなく嬉しかったのだ。
修也が地球の土を踏んでいる感触に思わず咽び泣いていると、会社から派遣されたと思われる回収業者が宇宙船の中にあった荷物をトラックに乗せてその場から慌ただしく立ち去っていった。
「なんだ。もう少しのんびりとすればいいのに」
修也はしばらく地球を離れていうこともあってまだ基準が地球のものに戻っていないらしい。
アンドロイドの二人はそんな修也を呆れた顔で見つめていた。
その時だ。修也の胸ポケットに入れていた携帯端末が鳴り響いていった。
修也が携帯端末を開くと、そこにはフレッドセンの文字が見えた。
「はい、大津です」
『もしもし大津さん。地球にはお着きになられたようですね?』
「は、はい。今現在は宇宙船の発着場に居ます」
『了解しました。恐らくこの後は検査等もございますので、我が社への到着は夜になると思われます」
「は、はぁ」
どこか気の抜けた返事になってしまったことは否めない。修也は自分でも情けないと思っていたが、電話口の向こうのフレッドセンは気にしていないようだった。
「そのため本日は顔だけ見せにきてください。こちらとしても無事を確認したいので』
「は、はい! 分かりました!」
修也は日本人独特の携帯電話を耳に当てながら頭をペコペコと下げる姿を二人に見られてしまうことになったが、修也は気にしていない様子だったが、その姿がどこか滑稽に見えてしまったのは何故だろうか。
その後に手荷物と人間ドッグのような徹底した病原菌検査を受けさせられた末に異常事態がないことを告げられ、修也はようやく帰宅を許された。
この時、修也は宇宙服から乗船時に持ってきたスーツに着替え終わっていた。
修也はスーツ姿のまま三人で空港を後にした。しかしこのまま自宅に戻るわけにはいかない。フレッドセンの指示に従ってメトロポリス社に帰る必要がある。そのまま家に帰ることができないのがサラリーマンの宿命である。
タクシーを使ってメトロポリス社に戻ると、入り口の前では例の青色のワンピースを着た女性が修也たちを出迎えてくれた。
「こんばんは~、そして大津さんお久し振りですぅ~! 私はぁ、宇宙に旅立ってしまった大津さんが風邪など引いていないかぁ、すごく不安だったんですよぉ~」
そうして青色のワンピースを着た女性はわざとらしく投げキッスを放っていったが、修也は苦笑いを浮かべるだけだった。幼児を相手にする保育士のような口調も相変わらずである。
そんな女性に案内されながらメトロポリス社の中へと入っていった。
エレベーターに乗り、社長室に案内されると、そこには社長室の椅子の上で立ち上がったまま三人を出迎えているフレッドセンの姿が見えた。
旅に出ている間も交易等の関係で何度かホログラフで顔を合わせてはいたが、こうして生で対面することは随分と久し振りであるかのように思えた。
修也が口を開こうとした時だ。先にフレッドセンが深々と頭を下げていった。
「大津さん、ジョウジさん、カエデさん、皆様本当にお疲れ様でした」
「そ、そんな社長! 頭を上げてください!!」
修也は前に言った時と同様に目の前から頭を上げるように言ったがフレッドセンはそれを無視して頭を下げながら話を続けていった。
「皆様がいなければ私は社長の地位を下されていました。本当に感謝してもしきれません。その証拠として……御三方には一ヶ月の休暇を与えましょう」
「いっ、一ヶ月ですか!?」
予想外の言葉を受けた修也は目を丸くした。
「おや、足りませんでしたか?」
「い、いえ、その、私は今までの人生でそんなに長い休みを経験したのは学生の頃が最後でしたので……その驚きまして……」
「そうですか、では学生時代以来の長い休暇を楽しんでください。その間にも給料は発生しますので御安心を」
「あ、ありがとうございます」
すっかりと萎縮した様子の修也は背を丸め必死になって感謝の言葉を述べていた。
「さてと、御二方にも同じ休暇を与えたいと思いますが、不運にもあなた方はアンドロイド……休暇は必要ないと仰るでしょう。そのため私の方で特別のボーナスを振り込ませていただきました。微量ですが何かの足しにしていただければ幸いです」
フレッドセンの言葉を聞いて二人は丁寧に頭を下げた。
最後にそのまま三人は社長室から出ていこうとしたが、その修也をフレッドセンは慌てて呼び止めた。
「待ってください。大津さん」
「は、はいなんでしょうか?」
修也は両肩をすくめながら恐る恐るフレッドセンの方を振り返っていった。
「一ヶ月後にまた会社の方に来てください。休暇の後には我々が新たに目を付けた惑星についての説明会を行いたいと思います」
「は、はい」
修也は残念そうに両肩を落としながら言った。どうやら一ヶ月の休暇の後にはまた旅に出る支度を始めなくてはならないらしい。
「一ヶ月後ですよ。一ヶ月後に必ずまた会社を訪れてください」
念を押されればご褒美という感覚も薄れていってしまう。社長のワンマンな態度にも困ったものだ。修也は苦笑しながら会社を後にした。
すっかりと夜の闇に包まれたオフィス街の端で修也は妻に電話を掛けた。
久し振りの電話だ。修也は胸を弾ませながら電話を鳴らした。
「もしもし、私だ。修也だよ」
『えっ、あなた!?』
電話口の向こうから驚いた声が聞こえてきた。当然だろう。今まで音沙汰もなかった夫から久し振りの連絡がきたのだから。
「その通り、今会社から戻るところなんだ。生憎と夕食を食べていなくてね。悪いけど、夕食を準備してくれないかな?久し振りにきみの手料理が食べたいんだ」
『わ、分かりました。でも、今は夕食の残り物しかないよ……」
妻の声が掠れていた。申し訳ないという思いが伝わってくるかのようだ。
だが、今の修也は一刻も早く妻の手料理を口にしたかった。自身が地球に戻ってきたという証拠を味わいたかったのだ。
「十分だよ、ありがとう」
修也はそう言って電話を切った。そしてそのまま地下鉄に乗って町田駅へと向かっていった。
地下鉄に揺られるのも随分と久し振りであるかのような気がした。
地球で暮らしている時は鬱陶しいとしか思っていなかった人混みが地球を離れ、宇宙で過ごしているうちに人ごみのありがたみを知ったのだ。
今の修也は地球での出来事なら地球での物ならば何にでも感動できそうな気がした。
ジョウジの指示に従って修也は椅子の上に深く腰を掛け拘束のための器具を装着していった。ワープによる衝撃防止のための措置である。
修也がワープによる処置を受けて胸を弾ませていると、突然ドカンと大きな音が聞こえてきた。ワープが始まったのだ。
修也は両目を閉じてワープによる衝撃に備えた。
「地球まではノンストップでワープを繰り返します。大津さん、気分が悪くなりましたら言ってくださいね」
カエデは操縦室の機器をいじりながら言った。
しかし気持ちの悪さを訴えたところでどうするのだろうか。修也は『痛い』と訴えたところで治療の手を止めない歯医者のことを思い出した。
ワープを重ねに重ね、修也たちを乗せた船が地球の日本にある宇宙船発着場に辿り着いたのは操縦室のデジタル時計が刻んでいたのは午後16時という文字だった。
三人を乗せた宇宙船は地球の重力に引っ張られて地上の上へと落ちていった。
宇宙船の階段を降りた先に待っていたのは未知の惑星の景色ではなく、見慣れた地球の夕焼けだった。
出発前に会社帰りに見上げた夕焼けと同じ蜜柑色の美しい景色だ。修也が思わず感嘆の声を上げていた時だ。
背後からジョウジが背中を突き飛ばしてきた。
「な、何をするんですか! ジョウジさん!!」
突然の攻撃を受けた修也は声を上げたものの目の前に現れたキャップ帽に青白い制服を着た男たちを指さされると何も言えなくなってしまう。
どうやら自分が呆然とした表情のまま夕焼けの空を眺めていたことで目の前に現れた回収業者の妨害をしてしまったことを悟ったのだろう。
照れ臭そうに頭を掻きながら修也は階段を降りていった。階段を降りた先は発着場の白いコンクリートの上だった。
しかし修也はそんなことは構いもしなかった。地球の大地をもう一度踏めたということが堪らなく嬉しかったのだ。
修也が地球の土を踏んでいる感触に思わず咽び泣いていると、会社から派遣されたと思われる回収業者が宇宙船の中にあった荷物をトラックに乗せてその場から慌ただしく立ち去っていった。
「なんだ。もう少しのんびりとすればいいのに」
修也はしばらく地球を離れていうこともあってまだ基準が地球のものに戻っていないらしい。
アンドロイドの二人はそんな修也を呆れた顔で見つめていた。
その時だ。修也の胸ポケットに入れていた携帯端末が鳴り響いていった。
修也が携帯端末を開くと、そこにはフレッドセンの文字が見えた。
「はい、大津です」
『もしもし大津さん。地球にはお着きになられたようですね?』
「は、はい。今現在は宇宙船の発着場に居ます」
『了解しました。恐らくこの後は検査等もございますので、我が社への到着は夜になると思われます」
「は、はぁ」
どこか気の抜けた返事になってしまったことは否めない。修也は自分でも情けないと思っていたが、電話口の向こうのフレッドセンは気にしていないようだった。
「そのため本日は顔だけ見せにきてください。こちらとしても無事を確認したいので』
「は、はい! 分かりました!」
修也は日本人独特の携帯電話を耳に当てながら頭をペコペコと下げる姿を二人に見られてしまうことになったが、修也は気にしていない様子だったが、その姿がどこか滑稽に見えてしまったのは何故だろうか。
その後に手荷物と人間ドッグのような徹底した病原菌検査を受けさせられた末に異常事態がないことを告げられ、修也はようやく帰宅を許された。
この時、修也は宇宙服から乗船時に持ってきたスーツに着替え終わっていた。
修也はスーツ姿のまま三人で空港を後にした。しかしこのまま自宅に戻るわけにはいかない。フレッドセンの指示に従ってメトロポリス社に帰る必要がある。そのまま家に帰ることができないのがサラリーマンの宿命である。
タクシーを使ってメトロポリス社に戻ると、入り口の前では例の青色のワンピースを着た女性が修也たちを出迎えてくれた。
「こんばんは~、そして大津さんお久し振りですぅ~! 私はぁ、宇宙に旅立ってしまった大津さんが風邪など引いていないかぁ、すごく不安だったんですよぉ~」
そうして青色のワンピースを着た女性はわざとらしく投げキッスを放っていったが、修也は苦笑いを浮かべるだけだった。幼児を相手にする保育士のような口調も相変わらずである。
そんな女性に案内されながらメトロポリス社の中へと入っていった。
エレベーターに乗り、社長室に案内されると、そこには社長室の椅子の上で立ち上がったまま三人を出迎えているフレッドセンの姿が見えた。
旅に出ている間も交易等の関係で何度かホログラフで顔を合わせてはいたが、こうして生で対面することは随分と久し振りであるかのように思えた。
修也が口を開こうとした時だ。先にフレッドセンが深々と頭を下げていった。
「大津さん、ジョウジさん、カエデさん、皆様本当にお疲れ様でした」
「そ、そんな社長! 頭を上げてください!!」
修也は前に言った時と同様に目の前から頭を上げるように言ったがフレッドセンはそれを無視して頭を下げながら話を続けていった。
「皆様がいなければ私は社長の地位を下されていました。本当に感謝してもしきれません。その証拠として……御三方には一ヶ月の休暇を与えましょう」
「いっ、一ヶ月ですか!?」
予想外の言葉を受けた修也は目を丸くした。
「おや、足りませんでしたか?」
「い、いえ、その、私は今までの人生でそんなに長い休みを経験したのは学生の頃が最後でしたので……その驚きまして……」
「そうですか、では学生時代以来の長い休暇を楽しんでください。その間にも給料は発生しますので御安心を」
「あ、ありがとうございます」
すっかりと萎縮した様子の修也は背を丸め必死になって感謝の言葉を述べていた。
「さてと、御二方にも同じ休暇を与えたいと思いますが、不運にもあなた方はアンドロイド……休暇は必要ないと仰るでしょう。そのため私の方で特別のボーナスを振り込ませていただきました。微量ですが何かの足しにしていただければ幸いです」
フレッドセンの言葉を聞いて二人は丁寧に頭を下げた。
最後にそのまま三人は社長室から出ていこうとしたが、その修也をフレッドセンは慌てて呼び止めた。
「待ってください。大津さん」
「は、はいなんでしょうか?」
修也は両肩をすくめながら恐る恐るフレッドセンの方を振り返っていった。
「一ヶ月後にまた会社の方に来てください。休暇の後には我々が新たに目を付けた惑星についての説明会を行いたいと思います」
「は、はい」
修也は残念そうに両肩を落としながら言った。どうやら一ヶ月の休暇の後にはまた旅に出る支度を始めなくてはならないらしい。
「一ヶ月後ですよ。一ヶ月後に必ずまた会社を訪れてください」
念を押されればご褒美という感覚も薄れていってしまう。社長のワンマンな態度にも困ったものだ。修也は苦笑しながら会社を後にした。
すっかりと夜の闇に包まれたオフィス街の端で修也は妻に電話を掛けた。
久し振りの電話だ。修也は胸を弾ませながら電話を鳴らした。
「もしもし、私だ。修也だよ」
『えっ、あなた!?』
電話口の向こうから驚いた声が聞こえてきた。当然だろう。今まで音沙汰もなかった夫から久し振りの連絡がきたのだから。
「その通り、今会社から戻るところなんだ。生憎と夕食を食べていなくてね。悪いけど、夕食を準備してくれないかな?久し振りにきみの手料理が食べたいんだ」
『わ、分かりました。でも、今は夕食の残り物しかないよ……」
妻の声が掠れていた。申し訳ないという思いが伝わってくるかのようだ。
だが、今の修也は一刻も早く妻の手料理を口にしたかった。自身が地球に戻ってきたという証拠を味わいたかったのだ。
「十分だよ、ありがとう」
修也はそう言って電話を切った。そしてそのまま地下鉄に乗って町田駅へと向かっていった。
地下鉄に揺られるのも随分と久し振りであるかのような気がした。
地球で暮らしている時は鬱陶しいとしか思っていなかった人混みが地球を離れ、宇宙で過ごしているうちに人ごみのありがたみを知ったのだ。
今の修也は地球での出来事なら地球での物ならば何にでも感動できそうな気がした。
応援ありがとうございます!
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